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イベント01:輝く笑顔を向けられた

 私は字書き系腐女子である。PNペンネームは今はない。


「……いまいち」


 セルフツッコミを入れて、ため息をつく。


 昨夜かわいい店員さんの笑顔のスチルを思い出してから、どうやって帰宅したのか、おぼえていない。

 一人暮らしで良かった。家族がいたなら、確実に不審がられて問いつめられていただろう。

 そして今日が土曜日で良かった。仕事だったなら、ミス連発で大変なことになっていた。

 半日以上眠ってようやく少しおちついたので、記憶を整理して、要点を書きだしてみた。

 字書きとして長い間活動していたせいか、文字にしたほうが考えをまとめやすい。

 改めてノートパソコンの画面を見つめる。



●この世界は、前世でプレイ予定だったスマホアプリゲーム『攻略するべきかされるべきか、それが問題だ』、通称『するされ』のものである


 前世の記憶は曖昧だが、なぜか『するされ』に関連する知識だけははっきり残っている。

 前世の私は今世と同じくオタクで腐女子で、『するされ』をプレイするのを楽しみにしていた。

 一番わかりやすい電話の変遷で技術レベルを比較してみると、前世の子供の頃と死ぬ前あたり、今世の子供の頃と現在では同じような流れみたいだから、ゲームの世界に転生ではなくタイムリープなのかもしれないが、かわいい店員さんが『するされ』の攻略対象だという妙な確信がある。

 違うゲームと勘違いしている可能性も考慮して色々検索してみたが、『するされ』に該当するようなゲームは見つからなかった。

 タイムリープだとしてもパラレルワールドだとしても、確かめようがないので、ゲームの世界だという前提で考えることにする。



●『するされ』は開発途中であり、詳細は不明だが、ゲーム開始時に主人公プレイヤーの性別と性格、攻略対象の性別と性格を選択できると公式サイトで明かされていた


 『するされ』を開発していたのは、無名の小さなゲーム会社だった。

 会社の公式サイトでほぼ毎日更新されていた『開発日誌』によると、開発のきっかけは社長らしい。

 『しばらく行方をくらませていた社長が久しぶりに出社したとたん、「ベガスで荒稼ぎしたから、めちゃくちゃ金と手間がかかる一般的じゃないゲーム作ろうぜ」などと言い出した』そうだ。

 ストーリーは、ありがちな攻略ものだ。

 主人公プレイヤーは二十代半ばの会社員で、攻略対象は『指導係の先輩社員』・『大学の同期の友人』・『なじみの店の大学生バイト』の三人、それぞれのルートに入ると一年かけて各種イベントが起こり、選択肢によってエンディングが変化する。

 ただし、主人公の性別と攻略対象の性別をそれぞれ選択できるので、男×女・男×男・女×男・女×女がプレイ可能らしい。

 さらにそれぞれの性格を積極的(肉食系)か消極的(草食系)の選択ができるので、タイトル通り攻略することも攻略されることもできる。

 女(草食系)×男(草食系)や男(肉食系)×男(肉食系)などのニッチなC P(カップリング)も楽しめ、しかもそれぞれのCPごとにイベントが違って、各イベントごとにフルボイスでスチルがあって、そのうえエンディングはフルアニメで三種類ずつになる予定という。

 ネットでは『意味がわからない』とか『開発頭おかしい』とか『ニッチすぎるだろ』とか『脚本家と絵師が過労死しそう』などという絶賛の言葉があふれていたし、私も心底同意した。

 とはいえキービジュアルとして公開されていたのは、攻略対象の女性三人のスチルだけだった。

 それ以降の情報がないのは、開発途中で前世の私が死んだからのようだ。



●かわいい店員さんは『するされ』の攻略対象の一人である


 前述したが、なぜかかわいい店員さんが『するされ』の攻略対象だという妙な確信がある。

 今世のリアルかネットで見かけたという可能性も考えたが、人の顔をおぼえるのが苦手な私がこんなにはっきり記憶しているのだから、間違いないと思う。

 私好みのかわいさだから記憶に残ったのかもしれないが、そもそも前世の私が『するされ』を知ったのは、大ファンだった神絵師さんがイラストを担当したという宣伝告知を見たからなので、その絵師さんが描いたスチルと同じ顔のかわいい店員さんが私好みなのは当然だった。


 かわいい店員さんは大学生っぽく見えるし、『なじみの店の大学生バイト』枠だろう。

 攻略対象の女性三人は、それぞれ梅・桃・桜をイメージして描いたと絵師さんが語っていた。

 かわいい店員さんは桃イメージで、スチルの四隅には桃の花が描かれていた。

 公式サイトでは名前はまだ明かされていなかったが、かわいい店員さんの名前は『桃園 咲弥』だから、イメージだけでなく名前にも含まれているようだ。

 店の名札には読みガナが無いからなんと読むかはわからないが、『ももぞの さくや』だろうか。

 『さや』かもしれないが、かわいすぎる気がする。ボーイッシュな彼女には『さくや』の方が合っていると思う。



 そこまで読み返して、大きくため息をつく。


「最後にして最大の問題は、私の立場、だよねえ」


 今世の私は派遣社員で、現在の職場の社員さんは『指導係の先輩社員』込みで全員既婚だし、『大学の同期の友人』で今もつきあいのある相手はいないので、攻略対象ではないのは確定だ。

 かわいい店員さんを攻略対象だと認識しているから、私が主人公プレイヤーで彼女のルートに入ったのかもしれない。

 組み合わせとしては、女(草食系)×女(草食系)だろうか。

 恋愛関係に発展しなさそうだし、今の私は主人公よりだいぶ年上なので、ゲームが始まらなかった世界という可能性もある。

 サポートキャラやモブという可能性もあるが、ゲームに関する知識がほぼ無いので、どうすればいいかわからない。

 しばらく悩んだ末に、開き直った。


「……じゃあ、何もしなければいいか」


 内容がわからなくても、ジャンルが攻略ゲーなのは間違いないから、攻略に関わりそうな行動を起こさなければいい。

 具体的には、攻略キャラであるかわいい店員さんと関わらなければいいはずだ。


 だが、あの笑顔を見られなくなるのは、正直寂しい。

 

「……うーん」


 カフェオレを持ってきてくれた時の、輝く笑顔を思い出す。

 心臓に悪いほどのまぶしさだったが、それは私が『客』だからで、特別扱いされたと勘違いするほど拗らせてはいない。

 『客』と『店員』の距離を守って接するなら、問題ないはずだ。


「よし、それでいこう」


 今後の方針を決めて、ようやく肩の力が抜けた。


この話は、恋愛ものではなくコメディ(勘違い)ものです。

主人公が勘違いにいつ気づくのか、生温かく見守ってやってください。


誤字などがありましたら、右下の『誤字報告』から連絡いただけると助かります。

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