イベント10:ルート確定した?
風邪が悪化したため、前話の加筆も今話の推敲もできてません。
申し訳ありません。
十二月二十八日から、私の派遣先の会社は休みに入った。
電気系統の工事をするためにフロア全体を停電にしないといけないそうで、休みが普段より一日早くなったのだ。
普段なら休みが長くなったと喜んで引きこもるところだが、今回は、いや夏休みに引き続き今回も、帰省することにした。
今回の年末年始を母がひとりですごす、と聞いたからだ。
昨年の夏に父が病死した後、近くに住む姉一家が頻繁に訪ねてきて、年末年始も一緒にすごしたと聞いた。
義兄や甥とはあまり接点がなかったから、数日とはいえ一緒にすごすのは気まずくて、私は帰省しなかった。
その後も月に二回以上は週末に遊びに来ていたらしいが、だんだん間隔があいていったらしい。
そして、今回の年末年始は、近所に住む友人一家とスキーに行ってもいいかと、十一月に入ってすぐ訊いてきたらしい。
母は、どちらかというと私と同じようにひとりが気楽だと考えている人だから、姉一家が気遣って訪ねてきてくれるのは嬉しいが、ひとりでも別にいいと思っていたらしい。
だから、『どうぞいってらっしゃいって、言ってやったわ。あの子らさわがしいから、犬さんも私もおちつかないもの』と電話で話してくれた時に笑っていた。
『だったら、私、行ってもいいかな』となんとなく言ってみたら、『別にいいけど、特にもてなしはしないわよ』『普通でいいよ』ということで、帰ることにした。
その時点で二十九日の新幹線のチケットを予約購入したが、十二月半ばに休みが一日早くなるとわかり、二十八日に振替した。
おかげで新幹線は空いていたが、実家は大阪に近い和歌山県だ。
かなりの田舎なので、新幹線と在来線を乗り継いで数時間かかる。
各停しか停まらない最寄駅付近にはタクシーもいないし、寒い中を歩きたくなくて、乗換駅からタクシーを使ったが、実家にたどりついた時にはぐったりしていた。
「ただいま、疲れた……」
「おかえり、お疲れさん」
母と言葉をかわしながら実家に入る。
子供の頃は母より父に懐いていたが、成長するにつれ父とは考えが合わずに言い合いになることが増え、大学進学時に家を出て以来、卒業後も関西を転々として実家に戻らずにいた。
交際相手とのもめごとを機に関東に引っ越してからは、よけい疎遠になった。
逆に母とは考え方が似ていたから、ずっと仲良くできていて、メールや電話でやりとりしていた。
実家は5DKの庭付き一戸建てで、両親と姉と私の四人で暮らしていた頃は少し狭く感じていたが、母と犬しかいない今では、やけに広く感じた。
「いらないものは捨てまくったから、だいぶすっきりしたでしょ」
「そうだね」
「一階はだいたい片付いたけど、二階にはまだ山ほどあるのよ。
ゴミの日のたびにちょっとずつ捨ててる。
春までにはなんとか終わらせたいかな」
「大変だねえ」
日曜大工が趣味だった父は、『何かに使えるかも』といろんなものを溜め込んでいた。
食品トレイや、花束の包装フィルム、通販品の緩衝材、はてはカップ麺の容器まで、母がゴミとして捨てようとしたものをゴミ箱から取りだして溜め込んでいたが、父の死後にすべて捨てたそうだ。
一人になって寂しいかと思っていたが、ゴミの分別や処理で意外と忙しいらしい。
他にも、仲の良い近所の奥様と散歩に行ったり、女性専門フィットネスクラブに通ったり、そこで友達になった人達とでかけたり、しているらしい。
もうすぐ還暦なのに、引きこもりの私よりよほど活動的だ。
だが、昨夜お風呂に入っていた時に、浴槽から立ち上がろうとした際に足を滑らせて背中をぶつけて、まだ痛いと聞いて、心配になった。
「そういうこと、よくあるの?」
「よくってわけじゃないけど、まあ時々ね。
もうババ様だからね、しかたない」
「そうだけど……」
私は遠方で暮らしているから、何かあってもすぐには駆けつけられない。
姉一家は車で一時間かからないところに住んでいるが、共働きのうえに子供がまだ小さいから、母の様子を頻繁には見にこれない。
周囲には頼れる相手がいるとわかってはいるが、心配は心配だ。
「……私、帰ってこようかな」
ぽろりと落ちた言葉に、母は驚いたような顔をしたが、私の手元を見て苦笑する。
「そうねえ、犬さんが前の状態じゃ無理だっただろうけど、今ならいけそうねえ」
「うん」
膝に抱いた犬の背を撫でながら、私も苦笑する。
私がいない間に飼われた犬は、ほぼ室内飼いだったせいか父と母以外の人間は恐いらしく、昨年帰省して初めて会った時も、今年の夏も、私は不審者扱いで、ほんの少し動くだけでキャンキャン吠えられた。
小型犬で声が高いから、頭に突き刺さるような声で鳴き続けられて、大変だった。
近寄ることも撫でることもさせてもらえず、遠くから写真を撮るのがせいいっぱいだったが、今回はなぜか大歓迎で、足元でおなかを見せてごろんと横たわり、『さあ撫でろ』と要求された。
ずっと足元をうろちょろしていて、椅子に座ったとたんに膝にのせろと要求され、のせたら撫でろと要求され、今に至る。
母が言うには、撫でる係だった義兄が最近来ないから、私が繰り上げになったらしい。
「今なら、犬さんに下僕として認められたみたいだし。
それに、都会暮らしに疲れてきたし。
やっぱり田舎のほうがおちつく」
根っから引きこもりの私にとって、都会は人が多いというだけで疲れる。
そのうえ職場では仕事以外の話をできるような人がおらず、趣味が合う数少ない友人ともめったに会えず、ストレスがたまっているのか、なかなか眠れない日々が続いていた。
精神的にも肉体的にも、安らぎがほしかった。
「でも、また契約更新したって言ってなかった?」
「あー、うん、次の三ヶ月の契約、もう更新オッケーしちゃったから、来年三月までかな」
「じゃあそこまでは働きなさいよ。今すぐどうこうってわけじゃないんだし」
「うん……」
一応一ヶ月前に話をすれば契約期間中でも辞めることはできるが、母としては自分はそこまで弱ってないと思っているのだろう。
昨夜風呂場で足を滑らせたような突発的な出来事が心配だが、契約を打ち切って帰ると言うと、反対されそうだ。
もともと派遣の仕事を転々として長続きしてないことによく小言を言われていたし、せめて契約期間は守ろう。
「じゃあ、来年三月の契約満了まで働いて、四月に、帰ってきていいかな」
「いいわよ」
「ありがと」
ふいに、かわいい店員さんの笑顔を思い出す。
これもまた、ルート分岐なのだろうか。
恋愛関係に発展していたなら、遠距離恋愛ルートなのかもしれないが、今の状態なら、バッドエンドだろうか。
強制イベントなどで邪魔が入らなければ、確定だろう。
少しだけ、寂しい気がした。
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