オープニング
リハビリ作です。よろしくお願いいたします。
金曜の夜、会社近くのカフェで夕食を食べるのが、最近の小さな楽しみだ。
「いらっしゃいませ! ご来店ありがとうございます!」
自動ドアを通って一歩店内に入ったとたん、近くで聞こえた明るい声に、視線を流す。
白の長袖ポロシャツと黒のデニムジーンズと濃紺のエプロンの制服を着たかわいい店員さんが、三つ先のテーブルを拭いていた手を止めて私を見ていた。
久しぶりに見た輝く笑顔がまぶしい。
ゆるみそうになる口元を隠すように軽く頭を下げて、カウンターに向かった。
注文はいつも同じだから、上に貼ってあるメニューを見る必要はない。
「いらっしゃいませ。ご注文お伺いいたします」
「チーズとベーコンのカルボナーラを胡椒抜きで。
食後にホットのカフェオレSサイズを砂糖無しで。
以上です」
「かしこまりました」
男性店員さんがてきぱき対応してくれて、支払いして番号札をもらって、奥に進む。
店内は半分ほど埋まっていたが、壁際の二人用テーブルが一つ空いていたから、そこに座った。
やはり隅はおちつく。
斜め掛けしてるバッグを取り、上着を脱いで軽くたたんで、向かいの椅子の背に掛ける。
バッグを膝に抱えるようにして座り直し、おちついたところで、改めて店内を見回した。
「いらっしゃいませ、ご来店ありがとうございます」
いた。
かわいい店員さんは声がよく通るから、どこにいるかすぐにわかる。
ぼんやり店内を見ている風を装いながら、かわいい店員さんが働く様子を眺める。
男女共通の制服がよく似合う、スレンダーな体型。
少しハスキーだけど、よく通る声。
黒髪ショートカットが引き立てる小顔。
三次元の美醜には興味がない私でもわかる、整った顔立ち。
何より笑顔がかわいい。
私は二十代前半に小売業で接客をしていたからわかるが、営業スマイルは簡単なようで難しい。
パートなのに社員と同様に部門担当にされ、発注や売上維持やら他のパートとの軋轢やらでストレスが溜まり、笑ってるつもりだが本当に笑えてるのかわからなくなって、笑うのがつらくなって、結局辞めた。
だが、彼女の笑顔は自然で、こちらまでつられて笑顔になりそうなぐらい明るい。
本人も楽しそうだし、接客業向きなのだろう。
ぼんやり考えながら見守っていると、トレイを持った男性店員さんが近づいてくる。
「お待たせしました、チーズとベーコンのカルボナーラ胡椒抜きです」
「どうも」
「ごゆっくりどうぞ」
目の前に置かれた皿をじっくり見て、本当に胡椒がかかってないか確認してから、眼鏡をはずした。
折りたたんで、皿から少し離れた隅に置く。
起きている時は基本ずっとかけているが、目を休ませるために食事の時ははずすようにしている。
のんびりと食べながら、かわいい店員さんの声に耳を澄ます。
小さい頃から、周囲の友人と好むものが違うことは自覚していた。
中学でクラブのマンガ好き部長の啓蒙を受けて、オタクになった。
妄想を形にしたくて字書きになり、いつの間にか腐海に沈んでいた。
中学から大学までずっと女子校で、数少ない友人もオタクだったから、よけい悪化した。
身の回りのおしゃれには全く興味がなく、マンガや趣味のものに小遣いをつぎこんだ。
生身の男にはまったく興味がなかったが、大学生の頃、なぜかしつこく告白されて、生身の男の生態観察兼ネタにするために何人かとつきあった。
そんな理由だったせいか、すぐに別れたくなったが、相手はなぜか私に執着して別れてくれず、泥沼の修羅場を続けてようやく別れる、ということが何度か続いて、もうこういうのはいいやと吹っ切って以来、32歳になった今でも気楽な『おひとりさま』だ。
恋愛も結婚もしたいと思わず、こどもが欲しいとも思わないから、一生ひとりで趣味にのめりこんで生きていくつもりだ。
萌える対象は二次元だが、生身でももふものの生き物とかわいい女性は別枠だ。
性的な対象としてではなく、遠くから見て愛でる。
女性がかっこいい男性に見惚れたり、男女問わず赤ん坊というだけでかわいがるのと同じように、私はかわいい女性やきれいな女性を愛でるのが好きなのだ。
今の職場には愛でたい女性はおらず寂しかったが、この店のかわいい店員さんを知ったおかげで、金曜のだるい仕事をがんばれるようになった。
かわいい店員さんは毎回いるわけではないが、たまに出会えるとレア感があってなお良い。
先週も先々週もいなかったから、今週も期待していなかったが、久しぶりに見れて嬉しい。
GW明けで溜まった仕事を片付けるのに苦労したが、良い気分で週末をすごせそうだ。
のんびりと食べ終わり、皿をテーブルの端に寄せて、紙ナプキンで口元を拭く。
水を一口飲んでほっと一息ついた時に、トレイを持ったかわいい店員さんが近づいてきた。
「失礼します。食後のカフェオレをお持ちしました」
「あ…………どうも」
とっさに言葉が出ず、妙な間が空いてしまったが、かわいい店員さんは幸い気にしなかったようで、丁寧な手つきでカフェオレのカップが載ったソーサーをテーブルに置く。
今までは注文時にカウンター越しに話したのが一番近かったが、最短距離を更新してしまった。
間近で見られたのは嬉しいが、笑顔がまぶしすぎて心臓に悪い。
「お済みのお皿お下げしてよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」
にっこり笑った店員さんの笑顔が、何かとダブる。
「…………ん?」
皿をトレイに載せて去っていく後ろ姿をぼんやりと見送り、カップを手に取った。
ゆっくりとカップを口元まで持っていき、慎重に温度を確かめる。
猫舌だから、うかつに口をつけると火傷してしまう。
そっと一口飲んでみる。ちょうどいい温度だった。
ほっとしながらもう一口飲み、カップをソーサーに置いた瞬間、思い出した。
「…………スチル、だ」
そう、あれはスチルだ。
カウンターを背後にして、手にトレイを持ち、輝く笑顔を浮かべた、かわいい店員さんのスチル。
スマホアプリゲーム『攻略するべきかされるべきか、それが問題だ』の、開発途中のデータとして公開されたスチルの一枚だった。
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