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鬼姫  作者: 鎌月瀬川
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アブローシュ

―父は犬に、母は鬼に食べられた。


―嫌だな……。

紅の瞳、そして肩まで伸びた金髪を下げた幼い少年が浮遊する細かな装飾が施された白い車の中に座りながら窓の外を見ていた。その幼い手には体に似合わない細長い銃が握られていた。その少年の隣には浅黒い肌をもつ同じ紅の瞳と金髪の青年が鎧をまとい座り、前方にもまた青年と同じような姿をさせた年配の男が座っていた。少年ははあと息を吐きだし後ろを走りついてくる人を乗せる小さな翼の生えた白い大きな犬を見て口をつぐむとはあと息を吐きだし前を見る。

「本当にあれを捕えるのか?怖いぞ」

「心配ございません。捕えるのはまだアブローシュの子供です。一度お見せしたあの程度です」

「……大きなものは?」

「おりません。野性のアブローシュは外には出ませんからね。子供の内だけです」

「出ないとは言ってるが、戦では……」

「あれは飼われているからです。そして必ず一頭は所持しておかなければなりません。レオナルド様の兄君様も、その従弟も」

「分かった。分かったから」

レオナルドがそう嫌そうに告げるとはあと息を吐きだし、青年が話しかける。

「ご心配には及びません殿下。もし何かあれば父が追いかけます」

「ユーリ。其れでは意味がないぞ」

「最後は殿下にお譲りすればよいだけです」

男がため息をし、レオナルドはユーリに同感とうなずく。

「私もそちらがいい。あまり動物はいじめたくない」

「……いじめではなく、これは大切な事です。大人になるための一つの儀式でもあります。そして、ヒューマンデビルを操る者達から身を守るための唯一の対抗手段ですぞ」

「それが嫌なんだ…」

レオナルドが小さくぼやくと窓の砂漠を見渡し、男ははあとため息をすると席に座り直す。ユーリがレオナルドを見るも車が止まるとああと声を出す。

「目的地へと到着したようです。お支度をしましょう」

「……分かった」

ユーリがはいと返事を返すとかけていたマントをレオナルドへと羽織らせ、手袋をつけさせ、レオナルドはいやいやながらも大人しくしていった。

そして、レオナルドが身支度を終えユーリ達と共に外へと出ると、小さな翼の生えた犬、アブローシュ達を従えた男たちが傍でお辞儀をしており、レオナルドはゴーグルの下で複雑そうにその真ん中の道を行き目の前の一匹のアブローシュへと向かう。それはレオナルドに近づき鼻をこすると、レオナルドはそのアブローシュの顔を撫でる。

「私はイルマがいればいいのに……」

「それは私の息子のものですので駄目ですよ。人慣れをしているだけで、相手が居なければアブローシュは再び野生と化し」

「分かっている。ラガスは相変わらず同じ事ばかり云う。母上が言ってたぞ。それが年を取った証拠ですと」

並んでいた者達が吹きだし体を震わせながらも笑いをこらえ、ラガスが顔を赤くしいらだち笑んで見せる。

「これは復習ですっ。お前達も笑うなっ。ユーリっ。あちらが来る前に仕度をしろっ」

「分かりました。後怒られないで下さい」

「御前が笑っているからだろうっ」

ユーリが軽く笑いながらレオナルドの元へと向かうと抱き上げそのイルマへと乗せる。レオナルドはイルマに寄りかかるもすぐに上半身を起こし遠くの砂地を見ると前を指さし後ろにまたがり乗ったユーリへと話す。

「ユーリ。あそこに何か建物が」

「はい。恐らく古代の建物でしょう」

「ああ。ではここも元は街か何かがあったんだな?」

ユーリが手綱を握りながらはいと返事を返すと振り向いたレオナルドへと話す。

「そうです。名は分かりませんが、話ではとても賑やかな町だったとの事です。ですが今は、砂の下に埋もれているのでしょう」

「ああ。何だか、悲しいものだな」

ユーリがはいと返事を返す。

「そうですね」

レオナルドがわずかに息をつきうなずき、そして片目に傷が入ったアブローシュへと乗ったラガスが声を上げる。

「では出立する!見つけ次第追い込むように!目的はルノガシュだ!」

―ああ……。角ととても長く、翼もまた長いアブローシュか……。

レオナルドがそう思いながら、返事を返すユーリの元で軽く身をかがめるとふうと息をつき、ユーリは返事を再び返すとレオナルドを見下ろす。

「殿下。しっかり捕まってください」

「分かった。ならよろしく頼む」

ユーリがはいと返事を返し前を向きイルマを走らせ、ユーリはイルマに軽くしがみ付く形で、だが徐々に上半身をあげ目の前の砂漠に埋もれた錆びた何かが書かれていたであろう巨大な看板を通り過ぎると、レオナルドはそちらを見ていくもユーリが注意を促すとうなずき再び前を振り向いた。


軍服を身に着けた黒髪、黒い瞳の男が砂漠の中身を伏せ隠れながらアブローシュ達を走らせるそのレオナルドたちの一党を見る。その内の一人が黒い文字が描かれたその手のひらへと向け話す。

「こちら烈。アーキストの者達を確認。南方へと移動中、どうっ」

その首に剣が刺さると男は血を吐きだしその場に倒れた。その後ろに槍を手にした金髪と紅の瞳をもつ男が居り、それより離れラガス率いるレオナルドたちがその場で止まる。レオナルドがその光景を見てユーリを抱きしめ口をつぐむ。

「やはりやだ……」

「殿下」

「ユーリ」

ラガスがその場へと来るとユーリがはいと返事を返す。

「急ごう。もうすぐ確認した場所だ」

「はい」

「もうやだ帰りたい」

「ここまで来たのでしたら、必ず捕えて戻りましょう。ルノガシュは天恵の兆しです」

「天恵の兆しでも嫌な物は嫌だ……」

ラガスがふうと息をつき、ユーリがラガスを見る。

「父上。恐らくもうあちらに伝わっているはずです。殿下の身も危ういので引き返しましょう」

「……致し方ないか。ユーリ。他の者達を連れて先に戻れ。私はもう少し先に進みルノガシュを見つける。その後其方へと誘いこむ」

「分かりました。では、ご無理をせず」

「分かっている。チャールズ。アウラ。キム、ジーン。ついてこい。他は殿下の護衛をしながら戻れ。私達はルノガシュを見つけ誘い出す」

男たちが返事を返し、ユーリもまたはいと返事を返すとイルマの方向を後ろへと向ける。レオナルドははあと息をつき、ユーリはイルマを走らせ前へと男たちと共に進んだ。


レオナルドがユーリから軽くマントを脱がせてもらうと白い車の中へと入る。次に汗を拭ってもらい、もらった水をこくこくと飲む。そしてはあと息を吐出し口元を軽く手で拭う。ユーリは水差しを手にしながらしゃがみレオナルドへと話す。

「やはり、アブローシュの生息地をとられるとこちらも痛手ですね」

「ユーリの時はどうだった?」

「はい。私の時もそうでした。父上と護衛の者達と共に今のイルマを敵に見つからないよう探し、捕まえましたので。私の友人の中には命を落とした者もおります」

レオナルドがそれを聞き不安な面持ちをしながら口をつぐみ、ユーリは失礼と告げ頭を下げる。

「申し訳ございません」

「……いい。そうか。やはり、危険なんだな……。なあ。其れだったら。ヒューマンデビルたちはどうなんだ?私達はそちらを」

「駄目です」

レオナルドがため息をし、ユーリはその頭をあげ話す。

「それはいけません」

「どうして?そうすればこういった危ないことをせず、従える者が出来るだろうに」

「確かにそうです。ですが、ヒューマンデビルは危険です」

「そうしたらアブローシュも危険だ。あちらは犬と呼んで危険視しているし。こちらはあちらの黒鬼というもの達をヒューマンデビルと呼んで危険視……。あー面倒だ。何もかも面倒だあ」

レオナルドが両手を上げ頭を上げるとその頭と手をおろし大きく息をつき、ユーリがはいと返事を返す。

「確かに面倒ではありますが、アブローシュは天の犬。地の鬼たちを付き従うものは」

「失礼いたします」

レオナルドがその頭をあげ、ユーリが立ちあがり入ってきた男を振り向くと軽く頭を下げた。

「殿下。ルノガシュが見つかったと知らせがありました」

「え?」

「ラガス殿たちがこちらへと誘っているとの事です。ご準備を」

レオナルドがうなずき、ユーリがはいと返事を返すとレオナルドへとひざまずく。

「では参りましょう」

「……分かったが、周りは」

「護衛を致します。急ぎ仕度をしましょう」

レオナルドがため息をしうなずくと複雑そうにし、ユーリはそのレオナルドの仕度を急ぎ行っていった。そして、ラガス達がアブローシュにまたがりながら角と小柄ながらも長い翼の生えた白い子犬の周囲をゆっくりと速度を合わせ囲み進ませていた。その犬は恐ろしげな視線を周りのアブローシュ達へと向け必死に誘われるがまま走り、ラガスは前の合流する者達を見て良しとうなずく。

「速度をおとせ。警戒を怠るな」

男たちがはいと返事を返し速度を落とし、犬は怯えながらそれに合わせ走る。そしてレオナルドが囲むそれを見てあっと声を出すと表情を曇らせた。

「かわいそうだ……」

「ああしなければ逃げてしまいます。後、すぐです」

「……分かった」

ユーリがはいと返事を返すとイルマを止め砂地に居り立ちレオナルドをおろすと、レオナルドは怯える犬の元へと向かう。犬は後ろへとたじろぎ、近づいてきたレオナルドへと今度は牙をむけ威嚇をすると、レオナルドがうっと声を出し身を引く。

「うなっているぞ……」

「問題ありません。印を」

「ラガス殿!」

ラガスがはっとしくそっと声をだし、レオナルドがびくっと震えるが、目の前の犬がアブローシュ達の間を抜けかけ去っていくと、レオナルドがあっと声をだし足をむかわせるが、近づいてくる砂埃と空を飛ぶ車、そして黒い角の生えた者達を見てひっと声を出す。

「ヒューマンデビルっ」

「殿下っ」

ユーリがレオナルドを抱きすぐにイルマへと乗せるとまたがり、ラガスは槍を手にし声を上げる。

「ユーリ!すぐにレオナルド様を連れていけ!私達はこちらで足止めをしておく!」

「分かった!気を付けて!」

「誰にいっている!」

ユーリがふっと笑いうなずく。だがすぐに表情を引き締め震えるレオナルドを抱く。

「殿下。しっかりおつかまり下さい」

「あ、ああ」

「はい。イルマ!ロウ!!」

イルマが吠え鳴くと、他のアブローシュ達も吠え鳴き始めた。そして小さな翼が横へと広がり大きくなると今度はばさりと一度羽ばたかせてすぐに前へとかけはしり勢いをつけ羽根を動かし高く飛び上がると今度は足を動かしながら空を飛びあがった。レオナルドはユーリにしっかりとしがみつきながら残ったラガス達を見おろし、ラガス達は向かってくる巨大な黒い鬼と、刀を手にした男たちとその剣をうちならしていく。レオナルドがあっと声をだし、ユーリが話す。

「下っ端たちです。王宮騎士の父上たちがそう簡単には破れません」

「ああ…だが」

「大丈夫です。それより早く行きましょう」

レオナルドがうなずき、ユーリがはいと返事を返すと真下の車を通り過ぎ、今度は底の見えない谷を架ける橋を、そして遠くの巨大な湖へと上空を走らせ向かった。


レオナルドが湖の水を直接口をつけ飲むと頭をあげ大きく息を吐出した。そして今度は水を顔につけ洗っていく。傍にはタオルを手にしたユーリと槍を銜えるイルマが座っており、ユーリは頭をあげ、その頭をふるうレオナルドを見てふっと笑うと膝まづきタオルで顔を拭う。

「殿下。アブローシュ達ではないので」

「良いだろう。こうやって気持ちよさそうに頭を振るうからな」

ユーリはふっと笑いレオナルドはタオルから顔を上げると辺りを不安げに、だが心配そうにその顔を曇らせ見渡していく。ユーリがそれを見て声をかける。

「大丈夫です。ここはこちらの領土です。そして、父上たちも必ず戻ります」

「……ああ」

「ギャン」

槍を銜えたイルマがそう言いにくそうにだが声を上げると後ろを振り向き、レオナルドがすぐに後ろを上空を飛ぶアブローシュ達を見る。ユーリが立ち上がりふうと息をつきこちらへとおりてきたラガス達を見る。アブローシュはおりるとすぐにその翼を小さくさせ止まり、ラガスがアブローシュからおりそのマスクを外すと近づいてきたレオナルドを振り向き笑む。

「ラガス。大丈夫だったか?怪我は?」

「ございません。それに、弱い連中ばかりでした」

「父上。ご無事で何よりです。後、偵察隊でしたか?」

「ああ。あちらの攻撃部隊ではなかったからな。あの数だがすぐに引き返していった」

ユーリがはいと返事を返し、レオナルドがうなずく。ラガスはレオナルドへとひざまずき話す。

「もうしばらく休みましたらまたあちらへと戻ります」

「え?なぜ?車とかならこちらにあるぞ」

「いえ。逃げたルノガシュを見つけます」

レオナルドが嫌そうに顔をゆがめると唇を尖らせる。

「もう良い……。あれは私を嫌っているからいい」

「いえ。最初は必ず威嚇するだけです」

「だが、またああいった者達が来れば…」

「今度はこちらの領土に誘い込みます」

「……ラガスはいつもそうだ。父上とか伝統とかそう言ったのに従う」

ラガスが息をつき、レオナルドはユーリを抱き締め顔をうずめる。

「伝統など勝手に人が決めて作ったのなら、勝手にやめていいじゃないか。なのになぜ従うんだ……」

「レナルド様。それが人だからです。例え勝手に作ったにせよ辞めたにせよ人はそれに従い人生を送ります。我々もそうです。レオナルド様と同じ年の頃にはアブローシュ達を見つけ従い、今では生涯の友として共に暮らしております」

「…そうだ女になればいい」

「は?」

レオナルドは振り向くとラガスを指さす。

「八歳になった男児はアブローシュを捕まえると言うが、女はない。なら女として暮らせばその伝統は意味をなさないぞ。どうだ?」

「…」

男たちが口元を抑え震え、ラガスが呆れむっとするレオナルドを見てため息をし頭を振る。

「こうなっては致し方ありません」

「何がだ?」

「必ずルノガシュを見つけてこちらへとこさせますのでお待ちください。ユーリ。レオナルド様の傍で見張っていろ。ラノス。リード。休んだらまたあちらへと野営の仕度をして向かうぞ」

男たちが笑いをこらえながらはいと返事を返すと、レオナルドが声を上げる。

「嫌だ!ぜーったいいやだ!ラガスの馬鹿!年より!ええい!この寝取られ男!」

ラガスがぴたりと止まり、その場がしんと静まり返ると、ユーリが戸惑いレオナルドにしゃがみ焦り声を出す。

「レオナルド様。それは」

「聞いたぞ!母親を寝取られたと!それで…」

レオナルドが口をつぐみ、ユーリが背筋をわずかに震わせ睨み付け見下すラガスから視線をわずかに外す。ラガスは口をつぐみ汗をにじませるレオナルドへと話す。

「もう一度、お伝えします。ルノガシュを見つけてこちらへとこさせますのでお待ちください。ユーリ。お前は傍で見張り、学習をさせておけ」

「はい…」

ラガスが踵を返し離れ、男たちが複数その後に続き離れた。レオナルドは俯き、ユーリがレオナルドの肩に両手を置きわずかに息をついた。


―一体、どうしてあんなに怒ったんだ。他の者たちは笑って話していたのに…。

レオナルドが寝具の中布団に丸まり表情を曇らせていた。そこは車につながれた荷台部分で、外ではユーリ達が槍を手にし見張りをしていた。レオナルドは頭を中へと入れるとむすうとむくれ布団をあげ上半身を起こす。

「私が悪いんじゃない。後、ルノガシュルノガシュとそこまで追いかけなくていいだろう」

しんと静まり返るその中でささやくように告げると、レオナルドは再び体を倒す。だが再び起き上がり寝具からおり靴を履いた。


「何をしておられるのですか。レオナルド様」

「国に帰ったら覚えていろ……」

よくある縄の罠にかかったさかさまの宙づりになったレオナルドが憎々しげに探していたユーリと兵二名たちを見ていく。ユーリが応えずナイフを取り出し、兵二名がレオナルドを支えるとユーリが早速縄を切り外していく。レオナルドが支えられながらずっと鼻を鳴らすと暗い森の奥を、そして見張りをする男たちとナイフで縄を切り外すユーリを見下ろす。

「ユーリ」

「はい」

「お前の祖母は何だ?私が耳にした話では」

「寝取られたですね」

「うむ」

レオナルドがうなずき、ユーリはわずかに息をつくとその手を止めレオナルドを見上げる。

「祖母は寝取られてはおりません。あちらのものに襲われたのです」

「え?あちらのもの?」

「泰正皇国。そして、その子供を授かったのです。敵側の」

レオナルドが驚き、ユーリは再びナイフで縄を切断していく。

「私が生まれた頃に祖母はおりませんでした。話では自害をしたとの事です」

「自害…」

「はい。周りから差別を受け無視をされ蔑まれ、私の父もまたその対象として見られたからです」

レオナルドが戸惑いおろおろとする。

「なぜラガスが?関係ないではないか」

「はい。ありません。ですが、家族ですからね。母は父の為に其の命を自ら絶ったのです。あちら側の子が生まれる前に」

「…子と共にか?」

ユーリがはいと返事を返しナイフを入れレオナルドを抱き立ち上がると傍にいたイルマへと乗せる。

「こちらはどうか周りのものや他の者達、そして父にも内密にお願いいたします。殿下がお耳にしたのはおそらく、死んだ祖母を知っている方々のお話からでしょう」

レオナルドがうなずき、ユーリがはいと返事を返す。

「未だ、父はそういった者達から良い目で見られてはおりません。ですが、それにも屈せず、団長の座につきました。私にとって父は誇らしい存在です」

「…誇らしいか」

レオナルドが俯きはあと息を吐出すとユーリを見る。

「私はどうだ?」

「まだ分かりません」

「…そうか」

がさがさと音が鳴り響くと唇を尖らせふてくされていたレオナルドがびくっと震え、ユーリがレオナルドへと話す。

「心配ございません。獣や敵でしたらイルマが吠えて知らせます」

「な、なら他は?ほえないが?」

「それは仲間でしょう。他の子犬のアブローシュ」

がさりと角の生えた犬が頭を出すとその場の空気がしんと硬直し静まりかえる。レオナルドがそれを見て目を見開き、ユーリが汗をにじませるとしっと声を出す。

「静かに…す」

「待て!」

「殿下っ」

犬がびくっと震えるとすぐに頭を引き、レオナルドはイルマからすぐにおり走っていくとユーリもまたその後をすぐに他の者達と追い掛ける。

「なぜここに!」

「まさか団長たちが!」

「それより殿下です!殿下!お待ちください!くっ」

ユーリが邪魔な枝を剣で切り落とし急ぎ先を行くレオナルドを男たちとイルマと共に追いかける。レオナルドは急ぎ走り逃げる犬を手を伸ばし追いかけた。

「待って!ねえ!お願い待って!待ってったら!」

「殿下お待ちください!」

「殿下!!」

レオナルドが後ろを必死に追いかけるユーリ達をちらりと見るがぐっと口をつぐみ再び逃げる犬を追いかける。

―ここで、挽回すれば…。そうすればラガス達も…。

ユーリが沙良にはなれていくレオナルドを見て顔をゆがめ、男が一人声を上げる。

「私とユーリが追いかける!すぐに応援を呼べ!」

「分かった!」

「殿下あ!!止まってください!!」

「殿下!!其方は崖です!!うあっ!?」

男がぐんと上へと引かれると口を開ける植物を見て顔をゆがめ、ユーリは男を見上げ立ち止まるとすぐに絡みついてきた蔓を剣で払う。

「ドリアード!イルマ!」

イルマが歯をむきだし男を絡める蔓を噛みしめ千切ると、男は地面に倒れるがすぐに向かう蔓を剣で急ぎユーリと共に切り裂いた。

レオナルドは前へ、前へと進むが声が聞こえなくなるとその足を遅め徐々に立ち止まり辺りを見渡すと静まり返った森を見る。

「ユーリ…。イルマ?あれ?どこ…。ユーリ!ユーリ!イルマア!」

レオナルドが声を一生懸命上がるがそれは森の中で消えた。レオナルドは再び声を上げ名前を呼ぶも何も反応がないと分かるとくしゃりと顔をゆがめ震え涙をにじませる。

「どこぉ…。どこ行ったの…。返事してよ…」

レオナルドがぐすりながら下をむくとしゅるしゅると動く蔓を見てはっとし後ろへと急ぎ後じさり前へと走る。それは狙いを定める様にレオナルドを追いかけ、レオナルドは必死に後ろを見ながら顔をゆがめ前へと走る。

「やだ!いやだ来るな!やだ!くるっ。うあああああああああ!!!」

その足が崖に、そして顔をゆがめ声を上げながら暗く何も見えない谷底へと落下した。


「レオナルド様が!」

報告を受けた兵が声を上げる。ラガスが驚き声を上げると歯を噛みしめすぐさまほかの兵たちへと声を上げる。

「急ぎ戻り捜索だ!あちらは一体何をしているんだ。ユーリの馬鹿めがっ」

ラガスが顔をゆがめすぐさま身支度を整えるとアブローシュへとまたがり空をかけ、兵たちもまたその後に続き夜空をかけ飛んで行った。


「いた…。うー…」

むくりと小さな影が起き上がると目をこすりながら巨大な影と暗闇の中光る紅の小さな二つの点を見上げる。

「歩瀬。なんじゃこれは?」

『子供だ』

「へ?うわ」

何かがぶつかるとそれはぎゅっと抱きしめ捕まえる。そして角の生えた犬と目が合うとわあと声をだし体を撫でた。だがうんと声を出すと下を見おろし気絶したレオナルドを見て首をかしげた。


ユーリがその頬をラガスへとはたかれるとぐっとこらえすぐに頭を深く下げた。

「申し訳ありません。父上…」

「本当だ。すぐに捜索を夜通しおこなうぞ。覚悟しておけ」

「はい」

ラガスがはあとため息をししゃがむとユーリへと話す。

「無事に殿下を見つけよう。イルマも寂しがっているからな」

ユーリが涙をにじませ落とすとはいと返事を返しうなずき、ラガスはああとうなずくと立ち上がり男たちへと指示を出す。

「国には?」

「は。お伝えいたしました。もう間もなく救援部隊が到着いたします」

「分かった。なら到着次第別れて捜索をする。ドリアードがいるからな。ランプたちには気をつけろ。ユーリ。お前は私と共に行動だ」

「はい」

立ちあがったユーリが返事を返すと、ラガスがああとうなずくがいらだちその拳を握りしめる。

「そして見つけ次第一度許しを得てはいいな?」

「…その許しは…」

「ラガス殿!救援部隊が来ました!」

ラガスが分かったと声を上げすぐに指示を出すとユーリもまたその指示通りに動き、こちらへときた男たちと共に整列を行った。それを、砂漠で黒ひげをはやした男が機械式の双眼鏡から覗き見ており、男はそれをおろす。

「何かあったようだな」

「あちらがですか隊長?」

「ああ。もしかしたら、あの最後に連絡のあったレオナルド。あちらの王子…」

傍にいた男がはっとすると不敵に笑みを浮かべ、その男もまた笑んで見せると後ろにいた男たちを見る。

「すぐに増援を呼べ。こちらが先に見つけるぞ。あちらの見つけものをだ」

男たちが返事を返し敬礼をするとすぐさま行動し動いた。


―お前は口が達者だが度胸がないな。

―私はそれでいいです。そして兄上の下で支えれば。うわ。

青年がレオナルドを上へと突然上げるとすぐに抱き直す。レオナルドはむっとし、青年はふっと笑いその鼻を指で軽く抑える。

―そう言う訳にはいかないんだレオ。国を支える者ならば口だけが達者だけではな。

―ですから兄上の下で。

―私の下は駄目だ。見れば分かるだろう?

青年が服をはだけさせ痩せこけた体を見せると微笑み、レオナルドはむすうとし手にした管をもち見せる。

―これを外しても歩けるではありませんか。こんなもの入りませんよ。

―そうだな。だが、必要なんだ。それはなぜか。私が苦しくてしょうがない。歩けてもほんの少しだ。だからお前がうらやましいよレオ。

―私にそう言われても…。

レオナルドが口をつぐみ、青年がふふっと笑うとレオナルドの頭を撫でる。

―そうだな。後こんな私でも、ルークを友にした。

傍にいたアブローシュを振り向き顎を撫でると、それは気持ちよく目を閉じ顔を擦り付ける。レオナルドは青年を抱きしめ口をつぐむ。

―そ、それはまだ兄上が…度胸があるからです。

―はははっ。ごほごほっ。ごほっ。

青年が咳き込み笑うと、外にいた従者があわててかける。

―殿下。

―大丈夫だ。ごほっ。レオが。おかしなことを、ゴホッ。いったから。

―おかしくありませんっ。

青年がはあと息を吐出し軽くせき込むとふっと笑いむくれたレオナルドを見おろし頭を撫でる。

―レオ。お前もアブローシュを見つけろ。友がいるのはとてもうれしい事だ。うれしくてしょうがない。

―じゃあ私が居なくてもいいんですね。

―そう言った意味じゃない。レオ。

青年がレオの頭を包み額を合わせその目を閉じると、レオはむくれながらその目を閉じる。

―家族と友は違うんだ。

―違う?

―ああ。頼りになる存在だ。頼りになってこれからも一緒にいてほしいと思う。どんなに寂しい時でも悲しい時でもうれしい時でもな。勿論家族もだし、いずれは出来るお前の相手もだ。

―相手?

―女性だ。

レオナルドが首を傾げるとその目を開け離れる青年を見る。青年が微笑みレオナルドの頭を撫でる。

―レオ。生涯を共にしていく良い人や友たちを見つけていけ。それを見つけるのはお前が必要な度胸が大切だ。話、触れて、わかりあって、そして、心許す者と共に一生涯を大切に、幸せに…―。


レオナルドがその目を開け小さなさしこまれた光を見た。そしてむくりと起き上がると小さな開けられた天井の屋根にさしこまれる光と、かけられた毛皮を、今度は鉄の帽子を見て近づきそれに触れる。

「兜?ああ、国の誰かの家か…」

『起きたか?』

「ん?」

レオナルドが振り向くがカッと目を開け口をあんぐりと開け汗をにじませた。そしてレオナルドをすっぽりと巨大な影が覆い尽くすと、レオナルドはすぐさまはいずり前へと逃げ手にした棒を五つの角をはやした紅の目をさせる巨大な黒い皮膚を持つ者へと向ける。

「ヒュっ、ヒューマンデビルっ!来るな!来るな!ラガス!ラガスユーリ!イルマアあああっ!」

「きゃん」

レオナルドがびくっとしその足元にいる角の生えた犬を見下ろすとすぐさまその棒を震えながらむける。

「おおお前!お前こいつの仲間だったのか!私を誘うためにここに!」

「朝から元気じゃ。元気」

再びびくっと震えると小さなものへとそれをむける。それはぼさぼさの長い黒髪を携えじいとレオナルドを見て近づくと、横髪をかき分けその顔をわずかに見せ紅の瞳でレオナルドへと近づき棒を取り上げると語りかける。

「駄目だぞ。これは大切な物だ」

「も、物」

「くうぅん」

レオナルドがはっとしその小さなものへと体をこすりつける犬を見下ろす。それはしゃがみ頭をぐりぐりとこすり付け抱く。

「これこれくすぐったいぞ。どうじゃ。歩瀬がお前と連れてきたんだ」

「…歩瀬?」

『俺だ』

レオナルドがびくっと震え五つの角と口元から牙をはやした者を、歩瀬を見上げる。歩瀬はその場に胡坐をかき座るとその小さなものは胡坐にちょこんと座り汗をにじませるレオナルドへと話す。

「歩瀬と言うんだ。一緒に暮らしておる」

「…こ、ここに?」

「そうだ。外へ来い」

「う、うわ」

それがレオナルドを引っ張り扉を出ると犬がその後を追いかけ、歩瀬がじっと見ていくが立ち上がりのそりのそりと体をかがめ外へと出た。そして、レオナルドが驚き轟音をとどろかせる滝と早く流れるその急流を見て行きふらつき後ろへと下がるがぐいと引っ張られるとびくっとしその小さなものを抱く。

「食べ物がある」

「た、食べ物…」

「ああ」

それは後ろを指さすと、レオナルドは震えながら後ろを振り向き滴が滴った地面に生えた野菜と米を見て驚く。

「え…」

「そこで育てて食べておるんじゃ」

「…これらを?」

「そうじゃ。だが一番の好物は育てられんから残念じゃ」

「好物?」

「うむ。パンじゃ」

レオナルドが目をパチッとさせ憤って見せるそれへと話す。

「パンなら…。私の所でいくらでもあるぞ」

「本当か!それはよいな!」

「…」

「後時折、上にいっては獣をとって肉を食べるぞ」

「…に、にくっ。それは人か?人なのか?」

「人は食えぬ。な?」

『ああ』

レオナルドがびくっと震えその小さなものを強く抱きしめ、歩瀬は震えるレオナルドの背と小さなものを見下ろす。

『ユウナ。上へと帰すぞ』

「うむ」

「お、お前は…」

ユウナが目をパチッとさせ震えるレオナルドを見下ろすと、レオナルドは恐ろしげにユウナを見上げる。

「あ、あちらの、ヒューマンデビルを従える、く、国のものか…」

「ヒューマンデビル?」

『俺の姿をした者達の事だ。俺のような者』

「な!なんでそっちはそんなに口達者だ!あちらはあーとかうーとかしか言わんぞ!」

レオナルドが震える指で歩瀬をさすとすぐにユウナを抱きしめる。

『俺は他の者達とは違う。頭がいい。理解が出来る。其れならば話もできるだ。ただそれだけだ』

「良く分からぬがうむ。それと、歩瀬が教えてくれたんだ。言葉も文字も」

「…お前は、両親は?ここにずっと暮らしているのか?」

「食べられた」

「え…」

レオナルドがユウナを振り向くが。

『父親はアブローシュに』

レオナルドが震えるも歩瀬を振り向き、歩瀬は自分を指さす。

『母親は俺の同族。お前達が言うヒューマンデビルに食べられた。ユウナは二つの国の血をひく者だ』

「…え?」

「そうだ。歩瀬が話す通りだ。私はよく分からないがそうだ」

レオナルドがユウナを振り向くと、ユウナは両手を腰に当て話す。

「お前のようなものを見るのは久しぶりだ。父上と同じ肌の色をしている。髪もそうだ」

「…そ、そうか?」

「うむ。だが母上は髪と瞳が黒と黒だったぞ。後優しかった。父上もそうだ。優しかった」

ユウナがえへんとなぜか偉そうにしてみるがうつむき震えぼろぼろと涙を落とす。レオナルドがそれを見て驚き戸惑い、ユウナはずっと鼻を鳴らす。歩瀬がああとうなずきレオナルドへと話す。

『ユウナは砂漠にいた所を俺が拾った。二人の願いでな』

「願い…。えと…」

『秘密だ。後、今すぐに上へと連れていく。ユウナ』

「うむ。ずっ。ずうっ。分かった」

ユウナがごしごしと目をこすると赤くなった鼻をすすり歩瀬を見てうなずき手をむける。

「行くぞ歩瀬。えーと。誰だ?」

「…レオ。レオナルド」

「レオレオナルド?」

「違う。レオナルド。レオは家族がいってくれる名だ。えーと」

『もう一つの名前。親しいものが話す名前の事だな。ユウナ。お前が言われたとおりだ』

「え?」

「分かったぞ。あと私はユウナでいい。名前は長いから面倒くさい」

レオナルドがユウナを見上げる。

「せめて、長くても教えろ…。私も教えたぞ」

「むう。仕方ないな。クレアだ」

「それでどうしてユウナだ…」

「知らない」

『分からん』

レオナルドが呆れるもユウナはぎゅっと抱きよいしょよいしょと前へと歩瀬をめがけ進む。レオナルドはそれが分かるとびくっと震えあたふためくも。

『目隠しをさせろ。ここの居所を知られては駄目だ』

「うむ」

「うぐっ」

ユウナがぎゅっとレオナルドを抱くと、レオナルドはその中でぐいと手を必死におす。だが持ち上げられるとびくりと震え硬直した。ユウナはレオナルドを抱きながら歩瀬に抱かれるもきゃんきゃんと吠える犬を見て歩瀬に伝え犬も持ち上げてもらうと抱きしめた。レオナルドはごくりと喉を鳴らすも体がはずみ動くとユウナを強く抱きしめその目をぐっと閉じ、ユウナは崖を飛び昇る歩瀬に抱かれながら上を見上げ近づくもう一つの大地を見上げていった。そして上の地面へと到着するも大地を蹴り飛びながら移動する。ユウナはきょろきょろと当たりを見渡すとすんすんと鼻を鳴らす。

「臭い」

『火薬だな。レオはどうだ?』

「動かなくなったぞ。レオ。おーい」

青ざめ気絶したレオナルドをユウナがぺしぺしと叩くも歩瀬がそれを見て話す。

『そのままにしておけ。起こしても悪い』

「そうじゃな」

『ああ。後、アブローシュ達の群れが見えた。其方の傍へと下して戻るぞ』

ユウナがうむとうなずくと気絶したレオナルドを抱きしめ歩瀬と犬を抱き進む森の中を目にしみていった。


―殿下。殿下っ。

レオナルドがその目を開けるとはっとしすぐにがばっと上半身を開け飛び起きた。それを傍にいたユーリや他の男たちがほっと安堵の息をつき見おろしていく。ユーリは森の中辺りを見渡すレオナルドへと話しかける。

「良かった…。殿下御無事で」

「あれ?え?ここは…」

「野営地から一キロ先の所ですそして失礼を」

「え?」

レオナルドが上を見上げるもすぐにその顎を下へと、そしてその頭をラガスが殴りつけた。レオナルドは頭を押さえ震え、ラガスは立ち上がりむっとし見下す。

「二度と勝手な事を致しませんように。どれだけ人に迷惑をかけたかお分かりですか?」

「う、ぐ…う、う…」

「父上。父上も悪いのですからね」

レオナルドがぼろぼろと涙を流しながらユーリを見上げ、ラガスがため息をし告げる。

「確かに私も悪かった。申し訳ございませんでした」

ラガスがひれ伏せその頭を下げると、レオナルドが頭を押さえながらずっと鼻を鳴らす。

「ぐしっ。良い…。ず。私が、ぐす。勝手に、すん。したのが悪かった。から。勝手に、ぐす。追いかけたのが、悪かったから。ずっ。痛い…」

「申し訳ございません。父が」

ユーリが抱き付いたレオナルドの頭を撫でると、ラガスがその頭をあげレオナルドを振り向く。

「急いで国へと戻りましょう。あちら側が攻撃部隊を引き連れて来たようです。お話はその後で」

「わ、分かった」

ラガスがはいと返事を返し立ち上がると指示をだし、ユーリはレオナルドを抱き上げすぐに車へと走り向かった。そして、レオナルドが囲むアブローシュと男たちを走る車の中で見ると、座り直しうつむく。ユーリは隣に座りレオナルドへと話す。

「レオナルド様」

「ルノガシュは取られた」

「え?」

ユーリが眉を寄せ、レオナルドは足を揺らし告げる。

「ルノガシュだがとられたんだ」

「とられたとは…。一体誰に?」

「黒髪の赤い目をしたものだ」

「え?」

ユーリは今度は驚き、レオナルドははあと大きく息を吐出す。

「あと…五本の角をはやしたヒューマンデビルだ。ヒューマンデビルだが驚いた。だって話せるんだ。人語を理解して、人と暮らしていたんだ。いや暮らしていたか?あんなぼろ小屋に?あ、そうだ。ルノガシュが捕らえて」

「…殿下。落ち着きましょう。後、あちらでお休みしましょう。そしてヒューマンデビルに五本の角をはやした者はおりません」

「いない?だが確かに五つだ」

ユーリが戸惑うと頭を振り話す。

「それはないかと…。聞いた事も見た事もありませんし。人語とは…」

「ホセと言っていたぞ。それからえーと。そうだ柔らかかった」

「…は?」

「あの小さなものは柔らかかった。何だ胸が」

「……」

レオナルドがむうと両手を見ていくも、その額をユーリが抑え熱を測るとむくれて見せる。

「幻覚にやられたか。殿下。戻ったらすぐにお薬を飲み休みましょう」

「お前は酷い」

「ひどくありません。そして真剣です。これ以上殿下に何かあれば私は…」

ユーリが口をつぐみうつむくと、レオナルドはそれを見て口をつぐみうつむく。

「…そのすまなかった。うん。お前の言う通りにする…。心配をかけさせて悪かった」

レオナルドがユーリへと手を向けぎゅっと抱くと、ユーリは涙をにじませ震えながらレオナルドを抱きしめた。レオナルドは表情を曇らせるも徐々に涙を浮かばせるとぐしぐしと鼻を鳴らし泣きじゃくっていった。


「―無事なら良い」

こけた頬をさせた青年が微笑み頭を下げるユーリへと話す。その自身の膝の上では眠るレオナルドがおり青年がレオナルドを見おろし頭を撫でるがユーリを振り向く。

「ユーリ。これからもレオを頼む」

ユーリがはいと返事を返すもその表情を曇らせ頭を上げ、青年はふっと笑いレオナルドを見おろし話す。

「レオにはとても驚いた。私でさえ恐ろしい夜の森を一人でかけて、追いかけていったそうだからな。ふふ。とてもすごい。この年で出来る事ではない」

青年が眠るレオナルドを抱き上げるとその背を撫で笑みを浮かべ、レオナルドはその目を開け呻きながら青年を抱きしめる。

「兄上…」

「ああ。起こしてすまない」

「いえ…」

「あとレオ。きちんと他の者達に謝罪をするんだぞ。夜通しお前を探し、今度は父上たちに怒られているんだからな」

レオナルドが俯き弱々しくはいと返事を返し、青年はああとうなずくとその背をたたき耳元へと告げる。

「あと。すごいな」

「え?」

「夜の森をかけたと聞いた。追いかけて。友になれなかったが、夜が明けた後も一人で眠っていたのだろう?森の中で」

「…はい」

レオナルドがそう返事を返すと、青年がああとうなずき微笑みレオナルドを放し其の顔を見る。

「すごい度胸だな。人に沢山迷惑をかけて、そして夜の森で眠れる。お前はそれだけ度胸もあるが、ふふ。度胆も抜いている」

「度胆?」

「とても驚かせたと言う訳だ。人をたくさん驚かせた。それをするにはとんでもない度胸が必要だ。私でも真似が出来ない。だからすごい」

レオナルドがうなずくとにへらと笑んで見せるも鼻をつつかれるとしゅんとする。

「だが、迷惑をかけた。きちんと謝罪をするんだぞ。そこにいるユーリにも、ラガス達にもだ」

「…はい。分かりました」

「ああ。そしてレオ。これからたくさん良い友と良い者達を見つけていけ。私よりも沢山だ」

ユーリがわずかに口をつぐみ額を合わせる二人から視線をそらし、レオナルドは目を閉じながら笑み、微笑みその目を閉じる青年へとはいと返事を返す。

「分かりました。そして兄上の所に連れてきます。沢山たくさーん」

「ふふ。ああ。楽しみにしている」

レオナルドがはいと明るく返事を返し、青年がああと答えその返事を返した。


「五本の角をはやしたヒューマンデビルと?」

「はい。もしかしたら吸い込まれた花粉。其方が見せた幻影かも知れませんが、あちらが引き次第周辺を探してみます」

赤いじゅうたん、そして大きなシャンデリアと柱、窓、壁、天井と見事な細工が施された大部屋のその奥、豪奢なイスに座った赤いマントに王冠をかぶった年配の男がおり、その前方にラガスたちが膝をつき頭を下げていた。そしてラガスがその目の前の国の王へと頭を下げ続け、王がラガスの言葉にああとうなずく。

「分かった。それとまたお前には悪いが、レオナルドの事を頼む。他の者はついていけないようだ」

「分かりました。次は重々気をつけます。誠に申し訳ございませんでした陛下」

王はただうなずき、ラガスはその頭を深く王へと下げた。


ラガスが潜めき合う者達を気にせず通路を歩くも立ち止まりその先の森と広がる砂漠。そして沈む夕日を見てわずかに息をつく。だが、その場にユーリが来るとすぐに歩を進めユーリに近づく。

「ユーリ。殿下の元にいたのではないのか?」

「…はい。その…。エリック殿下が、謝罪はレオナルド一人でとの仰せで…。私は終わるまで付き添わぬように。それまで休んでおけと言われました」

「本当に似ておられる」

ラガスがはあとため息をし分かったとうなずく。

「なら、いずれ私の部屋にも来るな。そうなれば部屋で待っておく。ユーリ。お前は戻って来るまで甘えておけ」

「その、良いのでしょうか?」

「良い。エリック殿下がそう仰せならば従うのが当たり前だ。屋敷へと戻っておけ」

ユーリがはいと返事を返し、ラガスがああとうなずきユーリを連れその場を離れた。そして、

「…こ、今回はすまなかった。悪かった…。気を付けるし、えと、あーだこーだと言わない。うん。言わない」

レオナルドがあたふためきながらラガスを前に告げるとその頭を下げ、ラガスがはあと息をつくもふっと笑う。

「いえ。こちらこそ申し訳ございませんでした」

「うむ。中々痛かった」

「それは何よりです。後、次は気をつけます」

レナルドが息をつきラガスを見上げる。

「またあそこか…」

「いえ。もうあの場所は危険ですので、もっと安全な場所で行いましょう」

「…分かった。する」

ラガスが目をパチッとさせじいと見おろすと、レオナルドがそれを見てむっとする。

「何だ?」

「いえ。初めとは違って…」

「悪かったな。どうせ私は弱虫小虫と言うものだ。だがラガス。お前は妻に逆らえ切れない弱虫小虫だろっ。私よりもま」

「教育がまだ必要ですね…」

レオナルドが震えいらだち笑むラガスからすっと顔を背け、急ぎ逃げようとするもラガスが捕えすぐにその部屋へと引きずり込んだ。それをこっそりとユーリが見てため息をし、ラガスと同じ年を取っている額に傷のある男がクククっと笑っていく。

「早速口達者な王子は説教だな」

「ロジャー殿…」

「ユーリ。お前も早く屋敷に戻らなければ父親から怒られるぞ。入るか?」

「…いえ。これ以上は」

ロジャーが吹きだし声を上げ笑うとユーリの背を叩きその頭を撫でる。

「なら行け」

ユーリがはいと返事を返すと頭を下げその場を気にするように離れていく。ロジャーがそれを見てふっと笑うと声が聞こえるその部屋を見て肩をすくめてみせ踵を返しその場を去った。


夜―。

―疲れた今日は…。

ぐったりと窓に腕を乗せ伏せたレオナルドがそう思うとその頭をあげ目の前の森を見る。そしてはあと息をつきそよぐ風を浴びる。

―夢…だったのか?だが、とても暖かかったし…。あれもいたし…。鬼…。

レオナルドがぶるりと震えると寒々と腕を撫ですぐに窓を閉めこわごわとベッドへと向かい中へと入り頭まで潜るとはあと息を吐出しその目を開ける。

―夢でもまた会いたいな…。会いたい。会って…確かパンとか言ってた。そうパン…。

レオナルドが徐々にその目を閉じると一度あくびをし、今度は眠たげにその頭をあげ顔を出した。そして暗闇の中その目を閉じすうと静かに眠りについた。


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