青空と影と箱、そして翼
僕はやっと気が付いた。
殆ど素肌を丸出しにした僕の体を、冷たい、刺すような風が撫でる。
隣には風に髪をなびかせながら、足をガクガク震わせて君が立っていた。
「あっ、あぁっ、や、やっと気づいたんですね!」
君は目を回しながら声を震わせ、僕にしがみついた。
そこでやっと自分達の置かれている状況を理解した。
青い青い青空。
下の下の遠く下には米粒サイズのミニマムな街並みが見える。
僕らの足元には、一畳ほどのサイズしかないブロックが、僕らを乗せて宙に浮いていた。
周りには同じようなブロックがいくつか浮かんでいる。
「……いや、どうしてこうなったの!?」
「わ、分かりませんよ!?なんか変な夢を見てたと思ったら、気付いたらここに……きゃあ!」
強風にあおられ、君の体が宙に投げ出されそうになる。
咄嗟に僕は君を抱きかかえると、飛ばさせまいと支えた。
周囲に浮いているブロックはだんだんと上の方へ向かって連なっており、最上部に浮いているブロックには、見覚えのある輝きが見えた。
僕と君は顔を見合わせる。
「……行くしかない」
「ほ、本当にですか?本気で言ってるんですか?」
「それ以外に方法ないよ多分!とにかくこの空間から抜け出さないと……っ!?」
直後、雲を裂き、唸り声を上げながら巨大な黒い影が現れた。
それは龍のように細長く、見覚えのある赤い瞳の目を持っている。
「アイツ……!」
「やっぱり……飛ぶよ!」
僕は君の手を強く掴むと、意を決してブロックから飛び降りた。
直後、下の方から強烈な上昇気流が吹き上げ、僕らの体を宙へと舞い上がらせる。
その風の勢いに乗って、次のブロックへ飛び乗ると、影がブロックに体当たりして、ブロックは街へと堕ちていった。
「ひぃ!」
君は怯えている。
無理もない。
僕だって怖い。
今にももよおしてしまいそうなくらい。
それでも先に進まなければここからは出れないのだ。
あの影に喰われるか、足を滑らせて堕ちるか。
行動を起こさなければ、そのどちらかのみが待っている。
「いい!?次飛ぶよ!」
「わ、分かりました!」
僕と君は共に助走を付けて、再び飛び上がる。
しかし今度は上昇気流は吹いていない。
堕ちるかと思ったその直後、雲の上へと着地した。
雲はトランポリンのように反発し、再び僕らの体を宙へと打ち上げる。
その勢いに乗って、次のブロックへ。
「はぁ……はぁ……心臓に悪いですよ……」
「っ!危ない!」
僕は咄嗟に君を右腕で抱きかかえる。
刹那、影が僕達の乗っていたブロックに体当たりした。
僕らの体は宙へ投げ出される。
咄嗟に僕は君を右腕で抱えたまま、左手を伸ばし、影を掴んだ。
うねるように空を飛び回る影の背中に掴まり、必死に振りほどかれまいと握りしめる。
影にまたがり、ちょっとずつ、ちょっとずつ、頭の方に向けてよじ登っていく。
「きゃああぁぁあ!?!?」
「もうちょっとだよっ!」
頭部まで行き着いた僕は、そのギョロリとした赤い瞳と目を合わせる。
爪の伸びた自分の左手を振り上げて、それをその目玉に向けて振り下ろした。
『ギャアアアアアアア!!!!!』
影は意味不明な悲鳴を上げる。
僕の左手は赤い目玉の中にめり込み、中身をえぐりかえそうと強く掴んだ。
影が空に真っ赤な血をまき散らしながら暴れ回る。
目玉の中身を掴んで力を加える事で何とかその影を操り、一気にブロックの一番上に向かって上昇した。
君の事を強く抱きしめ、タイミングを見極める。
その次の瞬間、僕は意を決して影の背中を蹴り、思いっきり飛んだ。
コントロールと視力を失った影が堕ちていく。
僕と君の体はそのブロックに届……かない!
跳躍が足りなかったのか、ブロックを掴もうとした僕の左手は空を切った!
「ダメ……落ちっ……」
諦めかけたその時、僕の体は宙に留まった。
目を開くとそこには、右手だけでブロックに掴まり、左手で僕の右手を掴んでいる君の姿があった。
君は苦しそうに踏ん張り、目から涙を流している。
「落とさせは……しません!」
僕は何とか手を伸ばし、爪を突き立て、ブロックにめり込ませた。
全身の力を使って、自分の体を上へ押し上げる。
君も僕が手を放すと、何とかブロックの上へ昇って見せた。
ブロックに乗り上げた君と僕は見つめ合い、やがて一息ついてから大笑いした。
「はぁ……ありがとう!おかげで助かったよ!」
「困った時はお互い様ですよ!危なかったですね……あっ」
君は僕の手を見る。
影の目玉に突き刺した右手は真っ赤に血塗られていたがその反対の左手はブロックを握りしめた時に爪が剥がれかけ、爪の間からは出血していた。
「大丈夫ですか?」
「ううん、平気平気!こんくらいはちょっと洗えばすぐ良くなるよ!そんな事よりも……」
「……そうですね」
僕らは振り返る。
そこには一つのモノクロのハートが輝きを放ち、台座に置かれていた。
僕と君はそれにゆっくりと近付き、手を伸ばす。
眩い光が僕達を包み込んだ……が。
特に変化は見られない。
「……あれ?」
君も不思議そうに自分の体を眺めている。
外見的にも内面的にも、それと言って不思議な事は無い。
「……肩透かし?」
「折角苦労してここまで来たのに、なんだか笑っちゃいますね!」
僕と君が笑おうと息を吸い込む。
その時。
強烈な浮遊感が、全身を襲う。
「……へ?」
「……え?」
数秒遅れて、足場のブロックが突如消え失せたのだと頭が理解する。
僕と君の体は再び宙に投げ出された。
「い、いやっ……そんな……っ!」
「イ……っ!」
今まさに堕ちようとして君に手を伸ばした時、咄嗟に僕の口から、君の名前が飛び出したような気がした。
しかしそんな事は考える間もなく、僕と君は真っ逆さまに落ちていく。
「いやぁっ!こんな事になるなら……っ!」
「せめて……せめて……っ!」
僕と君は咄嗟に目を閉じ、そして同じことを願った。
「「翼があったなら……っ!」」
直後、僕と君の体は、落下を止めた。
何が起きたのか分からず、ふと自分の事を見てみると、頭の髪が大きく伸びており、それはまるで二枚の翼のような形状を形作っていた。
君の髪も、さして長くもなかったポニーテールがまるで白狐の尻尾のような、長くてふさふさした物になっている。
決してその髪で羽ばたいているわけでは無いのだが、僕と君の体は宙に浮いていた。
そしてどうやら自由自在に宙を飛び回れる力を手に入れたらしく、青い青いこの空を、思うがままにスイスイと飛び回る事が出来た。
「すごい……すごいです!これが今回手に入れた私達の力……なんですかね!?」
「うん、そうみたいだ!」
僕と君は空中で手を繋ぎ、空を飛び回る。
遥下に街が見えるこの清浄な青空は空気が澄んでいて、心が晴れるような気分になった。
天には月が見えて、それは煌々と光を放っている。
「よし、あの月まで行ってみようか!」
「はい!飛んでいきましょう!」
流れる風を身に受けながら、ぐんぐんと僕らは空を上昇していく。
今までに感じた事の無い、最高の解放感が僕の心を昂らせてくれた。
やがて遠くに見えていた月も、もうすぐそこに、見えてきた。




