ノスタルジック・ドリーム
雨がさらさらと降っている。
空は青々と晴れているのに。
冷たい雨は降り注いでいた。
硬いアスファルトの地面に。
雨水が溜まって水溜まりが。
青々とした空を映して、輝いている。
「……ね、そう思うでしょ?ちょっと、何ぼーっとしてんの?」
「え?……あぁ、ごめん」
「あはは……やっぱりらしいね、君は」
天気雨が降る住宅街の路地を。
僕達は歩いていた。
一人の緑髪の少女。
一人の青髪の少女。
一人の赤髪の少女。
僕達は四人で並んで。
どこか懐かしを感じるその街中を歩いていた。
「やっぱりさ、俺はミュージシャンになろうと思うんだ」
「そっか。やっぱりそっちの道に進むんだね」
「あぁ……だから俺は、来月から、海外に行くことになったんだ」
雄弁な赤髪の少女がそういった。
青髪の少女と緑髪の少女はその言葉を聞いて、暫く黙ってから笑い出した。
「あはは、音楽と海外に引っ越す事がどう関係あるの?」
「うん……冗談だよね?」
「なっ、お前ら……俺は本気だぞ!?もう既にバンドメンバーは決まってんだ!普段は弾き語りをしてるアメリカ人のギタリストなんだけどよ、俺をボーカルとして見込んで一緒にバンドを組もうって話になってんだ!」
彼女の本気の目に、二人の少女は次第に言葉を失っていた。
僕はただ、どうやって話に混ざったらいいか分からない。
「……そっか。じゃあもう、私達とは離れ離れになっちゃうんだね……」
「……」
緑髪の、キャスケット帽を被った深緑のジャケットの少女が寂しそうに呟いた。
彼女の発言に、赤髪の少女も押し黙ってしまう。
その微妙な雰囲気を取り繕うと、白いヘッドフォンを付けて、青いマフラーを付けていた青髪の少女が、あたふたと喋り始める。
「でも……ほら……私達は……友達だから……」
「だからって……もう会えなくなっちゃうんだよ!?私達五人ではもう集まれないんだよ!?」
「お、俺だって!俺だって離れたくないさ!でも……でもっ!」
赤髪の少女と緑髪の少女が激しく言い争う。
「二人とも……やめてよ……二人と、も……」
その二人を止めようとした青髪の少女が突然顔を歪めた。
口を抑え、激しく咳き込みながら、水飛沫を立てて水溜まりに膝をつく。
「お、おい!?」
「げ、げほっ!げ、ぇっ……」
彼女は口から激しく血を吐いた。
僕は咄嗟に彼女の隣に膝をついてしゃがむと、背中をさすってあげる。
「え、えっと……く、薬を!」
「わ、分かってるよ!」
赤髪の少女が、青髪の少女が持っていた白いリュックサックから、筒状の何かを慌てて取り出した。
先端部に付けられていたキャップを外して投げ捨てると、その物体をしっかりと持つ。
緑髪の少女が彼女の服をまくり上げると、僕は何も考えずに地面に寝かせてあげた。
痙攣を起こして無意識に暴れる少女の体を、なんとか抑えつける。
その胸には無数の縫合跡があり、幾度となく手術を繰り返しているのが目で見て分かった。
「いいか、刺すぞ!?」
「確認してる場合じゃないでしょ!早く!」
「うぐ、ごぼっ……」
青髪の少女の口からは赤黒い血が溢れ出して、水溜まりを赤く染めていく。
赤髪の少女が傷だらけの胸の真ん中、ちょうど心臓の真上に筒状のそれを突き立て、強く押し付けた。
カシュッ、という音と共に先端から針が飛び出し、胸に刺さる。
筒の中に貯められていた液体が、彼女の胸の中に流れ込んだ。
ゆっくりと体を起こしてあげると、口から気管に溜まっていただろう血を咳き込みながら吐き出した。
顔色は先ほどよりも落ち着いて、発作も大分落ち着いたようだ。
「……大丈夫?」
「うん……なんとか……」
青髪の少女が、無理をしたように僕達に微笑んだ。
緑髪の少女が、そんな彼女の手を握って、目に涙を浮かべた。
「ごめん……ごめんね、心配させるような事しちゃったよね?ごめんね……ごめんね……」
「俺も……悪かったよ……もっと場を考えるべきだった」
「いいんだよ、みんな……」
彼女達は無事、和解したようだった。
いや……問題の解決には至っていない。
それでも、一人の友人を救う為に、協力し合う事が出来たのは確かだ。
「私達は離れても、一緒だもんね!」
「あぁ、この心臓が、胸にある限りな!」
「うん……!」
皆が胸に手を当てる。
僕の胸の中にも、何かあるのだろうか……?
ふと、血溜まりに目をやった。
青い青い空を赤く染めたその水面に、僕達も反射されて映っている……。
いや……。
僕はその血溜まりの向こうに映っていた、僕と同じ姿の「はずだった」人影と、目が合った。
血溜まりの向こうに居る僕の姿は、白い白い髪をした、君の姿をしていたからだ。
「ん?どうしたんだ?」
「ちょっと……なにしてるの?」
僕は無意識に、血溜まりに手を伸ばす。
君も恐る恐る、こちら側に手を伸ばす。
三人三色の少女が僕の肩を掴もうとするが、それよりも早く、僕の指先は、血溜まりの中の君と触れ合った。
生暖かく、ねっとりとした感覚が、僕の指先から背筋に伝わった。
その直後、僕の意識はその血溜まりに引き込まれるようにして、失われた。