夢幻城砦
その街は凄まじい広さだった。
様々な建造物が折り重なって出来たその城砦とも言うべき巨大な街は内部空間が複雑に入り組み、迷路のような状態になっている。
しかもリアルタイムで建物が組み代わり、先ほど通った道がもう戻れなくなってる、なんて事が幾度となくあった。
僕と君は商店街を歩いていく。
君はとても楽しそうで、にこやかにキラキラした眼差しを街に向けていた。
僕もなんだかその様子を見ていると嬉しくて、楽しくなってきた。
ふと君は、露天の一つに目を向ける。
棒に突き刺された焼かれたナニかが、何本も並べられていた。
恐らく焼かれる前は緑だっただろうその物体はこげ茶色に変色し、奇妙な触腕をだらしなくぶら下げている。
同じような緑の肌をした海藻のような店主に、君は声をかける。
「これ、おひとついくらですか?」
店主は君の言葉に野暮ったい目を上げて、「ひゃくご」とだけ言い放った。
布袋を持っていた僕は袋を開けて、その中を覗き込む。
5枚ほどのお札と、大小様々な小銭が入れ混じっていた。
僕はその中から一つかみ小銭を取ってみると、手に広げて眺めてみる。
どれも見たことない形、絵柄だった。
まず一つ一つの形状が規則性が無くハチャメチャだった。
綺麗な円もあれば、ぐにゃぐにゃになっている物もある。
硬貨の表面に書かれていた数字を頼りに、210になるように硬貨を選り分ける。
それらを手に握りしめ、正しいかどうかドキドキしながら店主に渡すと、問題なく取引は成立したようだ。
「210ドリ、確かに受け取ったよ」
通貨の単位はドリと言うのか、とまた一つ知識が増えたところで、店主は妙な物体が刺された棒を二本、僕と君に手渡した。
君は一礼すると、再び手を繋いで歩き出した。
棒に突き刺さったそれは甘ったるい臭いを発しており、少しかじってみるとゴムのような弾力感のある強烈に奇妙な食感がした。
口の中でもぐもぐすると、ちょうど甘さといい噛みごたえと言いガムを食べてるかのように感じる。
君はこれを気に入ったようで、触腕を前歯で噛んで、ひっぱり千切るようにして食べていた。
丁度よくその分からないモノが食べ終わった辺りで、奇妙な機械を売っている店にふらっと寄ってみた。
ここの住人達が乗っているバイクのような乗り物で、タイヤは無く、浮遊することで移動するようだ。
レトロな物から未来的な物まで、外見も多種多様だ。
「ねぇ、これ一台買っていきませんか?移動も楽になりそうですし、上層に行くには必須みたいですよ?」
「そうだねぇ……っと」
君が目を輝かせてその乗り物を指さすものだから、値札を見てみる。
「4,050,000」と値札に記されており、次に布袋を覗いてみると、悲しいかな、まるで足りない。
君も無理なのはうすうす感じていたようで、「仕方ないですよね」と二人で顔を見合わせながら、店を後にした。
僕と君は下層の街を歩いていく。
階段を下って行ったから、たぶん下の方へ進んでいったのだろう。
ここまで来ると人通りが少なくなり、ひんやりとした風が上の方から吹き込んでくる。
辺りは住宅街のようで、家々の窓の明かりが暗い道をぼんやりと照らしている。
人々の生活の音が、そこかしこから聞こえてくる。
穏やかな街だ。
僕は君と手を繋ぎ、その住宅街を歩きながら思った。
建物と建物の隙間から見える空には、星空が輝いている。
住宅街の一部は植物に浸食されており、中央の方には水面に月を映す、綺麗な池があった。
美しくて、幻想的で、それでいて人工物の塊で、人の息吹が感じられる。
僕はその空間に、安心感を覚えた。
「なんだかここ、私好きです」
君と僕の意見はいつも一致しているな、と思った。
「うん、僕もだよ」
僕がそう言って君に笑いかけると、君も微笑み返してくれた。
家々の窓の輝き、路上を見下ろすちぐはぐ不規則な街頭。
それらの光が僕らの事を照らしたり、照らさなかったりする。
暫く歩いて疲れた僕と君は、近くのベンチに腰掛けた。
自販機で買った妙な缶ジュースを二人で持って、並んで寄り添う。
ジュースはなんだか苦いような、酸っぱいような、変な変な味がして、君は少しむせ返った。
二人きりで、静かに街と空を眺める。
静かな二人だけの空間に、仄かに街と民家の生活音が聞こえてくる。
「静か……ですね」
「うん。静かだ……」
ひゅるりひゅるりと吹き込んでくる冷たい風が心地良い。
僕の今の下着のような恰好は確かに風邪をひきそうだったが、それを気にかけたのか君は必死にその小さな手で僕の肌を温めようと、手を撫で腕を撫でてくれた。
生暖かい君の手が、とても心地良かった。
「ありがと。でも、大丈夫だよ」
「なんだか寒そうで……着るものがやっぱりあった方がいいんじゃないですか?」
「いいんだ、これで。こっちの方が、僕らしい。でも……」
僕は君を右腕で抱き寄せた。
肌寒かった僕の体が、ゆっくりゆったり温まっていく。
「こうしてた方が、落ち着くな」
「……そうですね」
君は僕にすり寄った。
君の髪は、なんだかとても良い匂いがした。
「明日はどこに行きましょうか……」
「……どこでもいいさ。君と僕なら、どこにだって行ける気がする。だから、明日になったら、また決めよう」
「そうですね……」
君は優しく微笑んで、目を閉じた。
僕もなんだか、眠くなった。
夢のような世界の中で、僕と君は再び眠りに就いた。
優しい暖かさを、その身に感じながら。