藍緑の空虚
私は階段を昇って行った。
もう、あの人は戻ってこない。
いつか追いついてくれると信じて、今は先に進むしかなかった。
広い、広い踊り場に出た。
まだ中間地点のようで、階段は続いている。
上を見上げれば、青い青い空が広がっていた。
下を見下ろせば、私達が今までいた、あの懐かしい街並みが見える。
とても、清々しい風景だった。
そしてそこが、私とあの人が初めて翼を得た場所と同じところだった。
私は伸びをして、深呼吸する。
と、背後から近寄る気配に気づいた。
「―っ!ルイズ……!?」
私は嬉々として振り返ったが、そこにいたのは全く別の人物だった。
青い髪に、白いマフラー、白いヘッドフォン。
手には拳銃を持ち、こちらに向けていた。
一瞬どんな状況か理解できなかったが、すぐさま身構えた。
「シエル……こ、ここまで来れたんだ」
「……うん。イリスもお疲れ様」
「は、はは……あれ?テトラちゃんは?」
「あぁ……」
距離を置こうと歩きながら質問した私に、変わらず銃口を向けながらシエルは言葉を続けた。
「……殺したよ」
「……え?」
「どっちにしても邪魔になるからね……この戦いで生き残れるのは一人だけだから」
「……それって」
「……?知らなかったの?」
シエルが少し驚いたように目を見開いた。
そんな事聞いていない。
だとしたら私は……。
「分かっててルイズの事見捨てたのかと思った。マザーを殺せば、次の世界が作られる。それは、マザーを殺した者が、次の創造主たる者になるから。創造主は唯一存在……二人として存在は出来ない」
「待って……じゃあ私は……」
「だから私は今ここで君を殺す。まぁ目的は一緒なんだしさ、どっちが負けても恨みっこなしで……君も私を殺すつもりでやってよ?」
次の瞬間、シエルは容赦なく引き金を引いた。
私は咄嗟にそれを刀で弾き飛ばす。
強烈な振動が肩を痺らせた。
「ねぇ……おかしいよ、こんなの……」
「うん、私達は最初からおかしいよ。なんでだろうね?ただ黙って眠り続けてれば、何も知らないで生きていられたのにね……でも、それじゃ私達らしく……人間らしくない」
肩にバズーカを構えたシエルがミサイルを撃ち放った。
瞬時に空中に逃れると、それは地面にぶつかって炸裂した。
「夢ならやがて醒めなきゃいけない。それが悪夢なら尚更……だからこそ、私が、私自身が犠牲になって、人々のゆりかごとなる……だからイリスは、安心して私に殺されればいい」
「だからって……!」
「でもあなたが、何か別の目的の為にこの世界を、命を作り変えたいと言うなら……私と君は闘いあって、そしてどちらかを殺さなきゃいけない」
シエルの目的は今ある命を次の世界に引き継ぐという事だろう。
……だけどそれじゃ、何も今と変わらない。
人々はきっとまたマザーのような存在を作り出して、同じことを繰り返すだろう。
だからこそ私は、今ある命は引き継ぐべきでは無い。
刀を構え、シエルに切りかかった。
「どっちにしたって、どちらかが死ななきゃならないんだ……私は、人々の命の為に戦う」
「じゃあ私は、私と、私のお腹の中の命の為に戦う!」
「……なに?」
私の言葉に、シエルが表情を歪めた。
その隙を突き、一気に切り込む。
腕を切り裂かれたシエルは溢れ出す血を止めようとしながらよろめき、こちらを睨んできた。
「その命は、子供は……誰との子?」
「……ルイズとの子供だよ」
「……っ!」
シエルが硬直し、そして俯いた。
そして武装を外す。
重鎮な砲台が、床に落ちて重々しい音を立てた。
「ふふ……そうか、そうだったのか……イリス、君が……」
シエルの手の中に、美しい青い長銃が現れた。
それは剣のような刃も兼ね備えている。
「……分かったよ。なら、私はっ!」
振り下ろされた剣を跳ねのけ、私は宙へ飛び上がった。
シエルもそれに続き、上空へと舞い上がる。
空中で白い刃と青い刃、弾丸が火花を散らす。
やがて空を突き抜けた私達は空の外側、宇宙空間から地球を見下ろしていた。
「……一気に終わらせる」
銃身に力を込めるシエルが、青白い光を発し始める。
間違いなく、当たれば不味い。
私が距離を取ろうとした、その時。
「……げほっ」
シエルが口から勢いよく血を吐いた。
それは無重力の中を漂い、青白い光が暴走するように彼女の中から溢れ出す。
彼女は何かに苦しむように、胸を抑えた。
「ふ、ふふ……こんな……時に……テトラ……そうだね、まだ負けられない……っ!」
シエルの目から青い閃光が溢れ、宇宙空間に尾を引いて輝く。
高速で星々の間を飛び回り、そしてこちらに銃口を向ける。
それは明けの明星のように鮮烈に瞬いた。
私は迎撃の態勢を取る。
「……私は……人類のために……ここまでやってきたんだっ!」
強烈な閃光と共に、流星のようにそれは放たれた。
青白い光を発しながら、こちらに迫ってくる。
それはやがて金色の輝きとなり、眩い光を放った。
私はその閃光を見切り、刀を抜いた。
「この輪廻を……断ち切る!」
刃と弾丸がぶつかった。
強烈な衝撃と振動。
それと共に感じる、確かな手応え。
私の白刃は、確かに弾丸とその光を両断した。
「シエルーッ!」
「イリス……ッ!」
私は無意識に、自分自身のリミッターが解除されていた。
純白の閃光が己より流れ出でて、宇宙の闇を駆け抜ける。
シエルもまた、蒼き閃光を身に纏い、こちらに向かってくる。
流星と流星が、空中でぶつかり合った。
そして収まる閃光。
白い刃を赤く染める鮮血。
「ぐっ……げほっ……」
背後で吐血した、シエルの嗚咽。
左胸を切り裂かれた彼女は血を溢れ返らせ、無気力に宇宙空間を漂った。
「あぁ……はは、やっぱり、駄目……だったよ……」
シエルの微かな笑い声が、私の耳に届いた。
私はただ振り返らず、階段の方へと戻る。
「……新しい命を……よろしく、ね……イリス……私の、たった一人の……友達……」
階段に立った私が振り返ると、もうそこに彼女の姿は無かった。
「……またね、シエル」
彼女の残した血液だけが、ゆらゆらと闇に漂った。




