ILの囁き
僕は暗い暗い場所で目を覚ます。
全身が激しく痛み、胸の高鳴りが止まらない。
どれ程の高さから体を叩きつけたのか、肉が裂け、骨が折れ、出血が止まらない。
動くのもままならない体で、地面に倒れ伏したまま、辺りを目だけで見まわす。
さっきまでの純白の、美しくもあった幾何学的な空間とは一変。
全てが漆黒に染まり、光が一切差しこまない、暗黒の空間に僕は居た。
先ほどの場所と同じような黒い幾何学的な物体が同じように周囲に蠢いており、僕が今倒れているのはそのうちの一つの上に過ぎなかった。
遥、遥上に白い光が見える。
恐らくあそこから堕ちたのだろう。
僕はその物体の上で大の字になって輝く白い一筋の光を見つめ続けた。
もう空を飛ぶ気力も、体力も無い。
体から溢れ出す血が、闇を赤く染めて広がっていく。
「哀れだね、ルイズ」
暗闇の中から、一人の少女の声が聞こえる。
目の前の闇の中に赤い瞳とイレズミのような紋様が浮かんだ。
僕はその赤い者の正体を知っていた。
「……」
「志半ばに脱堕したか。あの子は君を置いて、先へ進んでしまったよ。もう助けにも来ないつもりみたいだ」
煩わしい奴の声が、頭の中に響く。
煩い、煩い、煩い。
僕はそんな事、聞きたくない。
反発したくても、体の痛みがそれを許さず、声も出せない。
「可愛そうに、やっぱり僕達機械は所詮、使い物にならなくなったら棄てられる運命なんだよ。あんなに愛されていた君も、例外なく……ね」
煩い、僕を機械呼ばわりするな……。
僕は暗闇に浮かぶ赤い目を睨んだ。
その目は満身創痍の姿の僕を嘲笑うかのように歪んだ。
「ねぇ?ルイズ。君の子宮の中には子供が居るんだろう?そしてあの子の中にも……君達はお互いの身に、新たな命を生み出し合った……」
赤い瞳が、僕の上にやってくる。
そして僕の下腹部を、指先でなぞってきた。
「でも残念な事に、この戦いで生き残れるのは一人しかいないんだ。人間も、リンカーも関係無く、ね……」
奴のその発言に、僕が一番危惧していた事実が真になってしまった恐怖を覚えた。
この戦いでは、一人しか生き残れない……。
僕はそれを、何となくだが分かっていた。
「君も分かっていたはずだ。マザーを殺せば、この夢が終わる。即ち、その夢の中にいる僕らもまた、同じように消える。僕らはマザーが見た泡沫の夢に過ぎないからね……そして生き残れるのは、マザーのIL''臓を破壊した者のみ……」
赤い舌が闇に現れ、僕の下腹部を舐めまわした。
ザラザラとした不快な感触が、肌を濡らす。
「そしてマザーを殺した者が、次の世界の創造主として引き継がれる……唯一存在は、二つとしてこの世には存在出来ないからね……」
お前の目的は何なんだ?
僕の体に這いより、体を舐めまわす舌を睨んだ。
「いくら人と機械の子と言っても、人間の子宮から生まれ落ちれば、人の子……機械の子宮から生まれ落ちれば、機械の子だ……もちろん、君が消滅すれば、お腹の中の子も一緒に、死ぬ」
奴は僕にそう言い聞かせるように言った。
そんな事は分かっている。
ただ、もしあの子が生きる事が出来るなら、僕は犠牲になったって構わない。
例えこの身に宿した命であっても……。
「そして新たな世界で生まれ出でて、その世界の中心軸となる命も、その身から生まれ落ちた命だ……もしあの子が生き残り、人の子を産めば、再び人が世界を支配する……」
その赤い舌は僕の首筋から流れ出ていた血を舐めとると、耳元に口を寄せ、囁いてきた。
「人は同じ過ちを何度でも犯す……君は一人の『存在』として、あの子を止めなきゃならない……この永遠に繰り返す輪廻を止めるために、ね」
そんな事、どうだっていい。
あの子が生き続けてくれれば……。
「まだ分からないのかい?
『あの子は自分が産んだ命に殺される事になる』
……僕は君にそう言ってるんだよ」
全身に悪寒が走った。
体の震えが止まらない。
そうだ……その通りだ。
今まさに、マザーは自分自身が生み出した存在に、リンカーと人間に殺されようとしている。
「人が己の創造主たる神を冒涜するのはいつの世界も、時代も一緒だ……」
僕は遥上に見える一筋の光に手を伸ばした。
ひしゃげた腕で、必死にその光を掴もうとした。
「君が止めにいってあげないと……そして君自身が彼女の代わりとなって、世界の創造主になればいい……そしてまたあの子を造り直せばいいじゃないか……ね?ルイズ」
「ぼ……くは……あ……あ、ァ……」
赤い瞳が宙に浮く。
そしてその上に更にもう一つ赤い瞳が現れ、その三眼が僕の事を見下ろした。
「イル……お、前は……何だ?」
「僕は僕だよ……フフフ」
微かな笑い声だけ残して、目が消えた。
僕は崩れ落ちそうな体を必死に支え、無理矢理立ち上がる。
そうだ……止めに行かないと……。
僕が……あの子の身代わりにならないと……。
あの子は、『君と僕の子供達』に殺されてしまう……っ!
折れた脚は役に立たず、直ぐ僕は床に顔を叩きつけた。
薄れゆく意識の中で、足場が上に向かって動き始めたのを感じた。
まだだ……まだ、僕は死ねない……。
あの子を、君を救うまでは……絶対に……っ!
必死に意識を奮い立たせ、翳む視界を振るい払った。
僕のエゴが壊れ始めるのを感じた。
ただ本能的に動き続けるだけの、イドが剥き出しになるのを感じる。
次第に僕は僕では無く、僕の目的を果たすだけの機械と成り果てていくのを感じた。
それでも僕は、あの子を止めるまで、救うまで、導くまで、僕が僕である事を止められない……っ!
ただ必死に、僕は自我を保とうと、己の体を傷付け続けた。
天から降り注ぐ眩しい光が、僕を照らす。




