現の底
僕と君は地下都市へと降りてゆく。
地上では生きられなくなった底辺の人間が押し込まれ、細々と暮らしている場所だ。
前に僕らが行った破壊行為が原因でここに落とされた者も少なくないだろう。
ドブ臭いスラム街とも言えるその地下住宅地の地面に足を付け、歩き出す。
君はただ虚ろな目でゆっくりと街を見回すと、剣を地面に引き摺った。
街路地を歩いていると、一つのボールが僕らの前に転がってくる。
君がそれを持ち上げると、一人の幼い少女が続いてやってきた。
「あれ、私のボールどこ……」
少女は建物の影などを必死に探している。
君は自分の手に持ったボールを静かに見ると、それを少女の方へ投げ渡した。
ポンポンと音を立てて地面を跳ねたボールは、少女の膝に当たった。
彼女はそのボールに気付いて拾い上げると、私達の方を見た。
「ありがとうお姉さんたち!」
「……」
「あれ?怪我してるの?」
少女は血塗れた君の事を見ると、心配そうに近寄ってきた。
君が剣の柄を強く握りしめる。
「赤いのがいっぱい……お姉さん、大丈夫?」
「……」
君は剣を隠し、しゃがんで少女に目線を合わせると、微笑んだ。
そのほほ笑みは、妹の事を思う姉のように優しかった。
「……大丈夫だよ。心配しないで」
「わかった!じゃあね、お姉さん!」
そう言って少女は走り去っていった。
君は立ち上がると、再び剣を持ち上げる。
「……」
剣を引き摺って歩く君は、再び無表情に戻っていた。
それからは、また夥しい量の血を浴びながら、君は手当たり次第に人を殺して歩いた。
辺りに命の気配が無くなるまで、徹底的に刈り潰して逝く。
「ここはそこの家で最後だよ」
僕が一つの民家を指さして言った。
君は肉片がこべり付いた剣をずるずると引き摺って、民家の扉をノックする。
中からこちらに近付いてくる足音が聞こえる。
「あら、帰るの早かったじゃな……い……」
「……」
出てきた主婦と思われる女性が君の姿を見て、目を見開く。
振るわれた剣を偶然にも腰を抜かして倒れた事で避け、そのまま床を這いつくばって家の奥の方へ逃げてゆく。
君はこの夢世界に訪れた時からずっと裸足のままだった。
その汚れた素足で、家に上がり込み、床に傷を付けながら剣を引き摺って部屋の奥の方へと入っていく。
「母さんどうしたの……だ、誰!?」
隣の部屋から出てきた娘と思われる僕達と同い年くらいの少女が驚愕する。
しかし考える暇も与えずに容赦無く君が剣で切り捨てた。
切り裂かれた首が床に転がる。
遅れて胴体が倒れ、真っ赤な血溜まりを広げた。
「あ、あぁ……っ!」
腰を抜かして立ち上がれない母親を君は見下すと、剣を振り上げる。
刃を駆動させ、威嚇するように高音を響かせた。
女性は首を左右に振り、ただ命乞いをする訳でも無く、涙を流すだけだった。
「……最後」
君は剣を振り下ろし、女性の体を脳天から胸に向かって両断した。
噴き出した血液が君を赤く染める。
その時、背後から近付く気配に僕は気付く。
「誰かくる……」
「……お母さん?」
振り返ると、そこに居たのは先ほどの少女だった。
その少女は手に持っていたボールを落とすと、辺りの惨状を見回す。
「お、お姉ちゃん?なんで頭が取れてるの?お母さん?お姉ちゃん?」
「……」
君は剣を引き抜くと、ゆっくりと少女に近付く。
少女が顔を上げて、君の顔を見上げる。
「あ、あの時のお姉さん……ねぇ、どうしちゃったの?これは……なんなの?」
「……」
必死に問いかける少女に向けて、君が剣を振り上げる。
何をされるのか理解出来ていないようで、少女は逃げようとも避けようともしない。
「ねぇ、それは、何?お姉さん……」
「……」
威嚇するように駆動音を鳴らすが、少女は逃げようとしない。
「お母さんは……お姉ちゃんは……どうなっちゃったの?」
「……っ」
君は歯を食いしばり、剣を振り下ろそうとする。
手を、肩を、体を震わせ、葛藤している。
「お姉さん!」
「……ぁああああっ!!!」
君は叫び声を上げながら剣を突き出した。
その剣は少女の胸を貫き、骨肉をぐちゃぐちゃにかき混ぜて、駆動を止めた。
「おね……さん……?」
剣が引き抜かれると、少女は口から血を噴き出して、膝から崩れ落ちるようにして倒れた。
床にどろどろと少女の血液が広がってゆく。
「う……ぐっ……ふぅっ……」
君は唸り声を上げながら床に手を付いて粗々しく噛み締めた歯の間から息を漏らしていた。
量の目からは涙が溢れ、動かなくなった少女の死体の頬へと落ちた。
僕はそんな君に声をかけてあげる事も出来ない。
「大丈夫……大丈夫だから……」
君は自分自身にそう言い聞かせるように繰り返すと、ゆらりと立ち上がった。
肉片のこべり付いた剣を引き摺ると、ふらふらとよろめきながら、僕を置いて家を出て行く。
僕は茫然と部屋に立ち尽くし、暫くしてから君を追いかけた。
「……っ!」
家を出ると、君は前に立つ人の胸に手を突っ込んでいた。
どうやらそいつは二番の粛清型らしく、どうやら僕らを止めに来たらしい。
「あ……が……っ!?」
「……邪魔」
次の瞬間、君がその少女の胸から心臓を引き摺り出して、体を蹴り飛ばした。
そのまま機械が取り付けられた心臓を握り潰すと、投げ捨てる。
僕はただ驚いた。
生身の人間が、リンカーネーションを発動した粛清型を素手で殺したのだ。
君は暫く血にまみれた右手を眺めると、死体を蹴り飛ばして歩き出した。
「……遅い」
君は尻目に僕を見て、一言そう言い放った。
「ご、ごめん……」
僕はそんな君が恐ろしかった。
自分は所詮人に虐げられる機械に過ぎないと、そう言いつけられているようで、悲しかった。




