半睡状態
目を覚ました僕らは、薄暗い場所で倒れていた。
起き上がって周りを見回してみると、どうやら書庫の最下層まで来れたようだ。
「大丈夫?酷く魘されていたのだけれど……」
「うん……ちょっと変な夢見たかも」
ズキズキと痛む頭を振って、軽く首を回した。
蝋燭だけで照らされたその場所は非常に薄気味悪い。
カビの臭いと湿気が相まって、こんな処では本が傷んでしまうのでは?と思う。
正面には錠と鎖で厳重に閉ざされた扉が佇んでいた。
僕と君は顔を見合わせ、一つ頷くと鍵を取り出して、扉に近づいた。
鍵穴に鍵を差し込み、ゆっくりと捻る。
錠が開くと扉に巻き付いていた鎖が外れていった。
扉を二人で力を込めて押し開ける。
扉の向こうの空間には、真っ黒い暗闇だけが広がっていた。
「……行こう」
「うん……」
手をしっかりと繋ぎ、壁に掛けてあった蝋燭を一つ拝借すると暗闇の中を進んでいく。
暗闇の中にも本棚が並んでおり、古錆びた奇妙な本が幾冊も並べられていた。
暫く暗闇の中を進んでいくと、正面に本棚の無い場所を見つけた。
その先には一つの扉があるのがぼんやりと見えた。
「あれは……!」
僕と君は走り出す。
その時。
黒い黒い暗闇に、赤い赤い瞳が現れた。
それは僕達を見下ろすと、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「影……っ!」
『キ、キキ……キキキキキ!』
「……走るよ!」
影はその巨体を振り回し、こちらに迫ってきた。
本棚をなぎ倒し、本を踏みにじり、全てを滅茶苦茶にしながら追いかけてくる。
僕らは倒れ掛かってくる本棚の間を駆け抜け、逃げ回る。
「なんでアレがここに!?」
「分かんないよ!でも逃げないと……アイツは不味い!」
吹き飛ばされた本棚がこちらに飛んできて、頭上を翳め壁にぶつかって砕け散った。
それに驚いてしまったのか、君が蝋燭を落とす。
「あっ!?」
火のついた蝋燭はすぐさま辺りの本へとその火を移し、瞬く間に炎上させた。
炎に巻かれた本達が燃え上がり、部屋の内部が赤く照らされる。
「ご、ごめんなさい!」
「謝るならストレンジに言って!とにかくここを抜け出さないと……っ!」
先ほど飛んできた本棚の残骸が扉を塞いでいた。
どんなに手で押してもビクともせず、動かす事が出来ない。
「どうしよう……」
影が後ろから迫ってくる。
僕は君の背中を押して逆方向に行かせる。
「君はそっちに!二手に分かれよう!」
「うん!」
反対方向に走ると、影は僕の方に走ってきた。
通り掛けに本棚を蹴り倒し、道を塞ごうとするが影は容赦なくそれを踏み潰して迫ってくる。
「しつこいな……っ!」
炎が肌を撫でる。
文字通り焼けるような痛みが肌を引き裂く。
「……あれ!?」
振り向くとそこには影が居ない。
方向転換をした影は君の方へ向かって走って行っていた。
全身に冷や汗が流れ、僕は咄嗟の判断で君の方へと駆けだした。
「うぅっ……どうしよう……」
炎に囲まれた君は逃げ場を失い、本棚と本棚の間でうずくまっていた。
そこに影が迫り、腕をゆっくりと振り上げる。
「ひっ……!」
君は恐怖にひきつった顔を涙に濡らし、影を見上げた。
僕は炎の中を駆け抜け、君に手を伸ばした。
あと少しで、手が……届けっ!
「イリス――っ!」
「――ルイズ!」
僕と君は、お互いを知りもしないはずの名で呼び合った。
君の白い手と僕の手が、触れ合う。
僕の体が、黒い鎖となって、君と混ざり合う。
君の髪となり、君の目となり、君の腕となり、君の脚となり、骨となり、肉となり、血となり、IL''となる。
僕と君は混ざり合わさり、一人の『少女』となっていた。
「……単なる偶然か、それとも……」
影が言葉を形作った。
それは姿を変えて、一人の少女の形となった。
ダークパープルの右目にダークシアンの左目、同じようにその色が混ざり合った長髪。
影によって構築された黒い鎧を纏った少女は顔に赤い紋様を浮かばせ、両手に持った目と同じ色の双剣をだらりとぶら下げている。
私は自分の体を視る。
黒と白が混ざり合い、私と僕の髪型が合わさったようなモノクロームなヘアスタイル。
白いワンピースに黒いネグリジェのレースが翼のように合わさったその服装は、自分で言うのも何だがとても神々しかった。
「これは……私と僕が……」
「……記憶はまだ戻っていないか、ならばただの偶然なのだろう」
少女は両手の剣を構え、こちらに走りこんできた。
私は咄嗟に宙に飛び上がり、斬撃を避ける。
自分の身に何が起きたか分からない。
ただ分かるのは、私と僕が一つの存在になったという事だけだった。
「私は友として、君を止めなければならないんだ、イリス……分かってくれ」
「分からないよ……君の事も、私自身が何なのかも……」
少女が剣を構え、飛び上がってくる。
飛行能力は持ち合わせてないらしく、跳躍力のみで切りかかってきた。
私は斬撃を空中で交わすと方向転換し、一気に加速して少女から距離を取ろうとする。
それを見破った少女が腕を突き出すと巨大な影によって構築された腕が現れ、私を捉えようと迫ってきた。
手が私を包み込む。
ギリギリと体を握り締められ、全身が傷む。
「頼むから……抵抗しないでくれ……っ!」
「嫌だ……私達は……自由になるんだっ!」
全身に力を込めて、振り切ろうとしたその時、手の中に白い剣のような何かが現れ、それで手を破壊して振りほどいた。
黒と白の幾何学的で軽量なフレームが構築され、体を保護していた。
顔にもバイザーが展開され、顔面を覆っている。
右手には白い回転する小さな刃が並んだ剣を持ち、左手には黒い銃身を持った……恐らくショットガンだと思われる銃器が握られていた。
「まるで白黒の不死鳥だな……ならば……力尽くでもお前たちを止めて見せる!」
顔に鎧を展開させ覆い隠した少女が飛び上がり、切りかかってくる。
白い剣でそれをはじき返すたびに、高速で駆動する刃が擦れ合い、耳を劈く音が鳴り響く。
「私と僕は……一緒に自由になるんだ!」
「いい加減にしろ!人と機械は一緒になんかなれないんだ!」
ダークパープルの剣が腕のフレームを翳めた。
反射的に体が動き、剣を前に突き出した。
鈍い感覚が手に跳ね返ってくる。
前を見ると、手に持っていた白い剣が少女の鎧を貫き、左肩から左胸にかけて突き刺さっていた。
回転する小さな刃が肉と骨をぐちゃぐちゃに引き裂き、ミンチ状にしているのが目に入った。
「ぐっ……このっ!」
少女が目を見開き、こちらを睨んできた。
剣を振り上げようとしたのが目に入り、咄嗟の判断で左手の銃を持ち上げ、引き金を引いてしまった。
左手を伝わり、全身に振動が響き渡る。
胸を散弾で撃ち抜かれた少女の胴体の肉は抉れ返り、見るも無残な姿になっていた。
「あぁ……イリ……ス……」
少女はそのまま力無く落ちていき、炎の渦の中へと消えていった。
私はただ茫然と、血を滴らせる剣を見つめていた。
刃は私の意志と連動して駆動するらしく、もうそれは動く気配が無い。
「……」
剣を降ろし、銃を降ろし、方向転換すると扉の方へと戻った。
次第に炎の勢いも沈下し、立ち込めていた煙も収まってきていた。
地に足が着いた途端に、全身のフレームが崩れ落ち、力が抜けるような感覚と共に、君と僕は分離した。
元に戻った僕は何が起きたのかわからず、ただただ地面に膝をついて、息切れた呼吸を整えようとするだけだった。
「……ルイズ」
君は……イリスは静かにそういって、僕に手を差し出した。
「あなたの……名前?」
「……分からない。でもこの先に……きっと答えがあるんだ」
僕は君の手を借りて立ち上がった。
手を繋ぎ、一歩ずつ踏み出す。
古ぼけた扉のノブを握って、ゆっくりと捻る。
「……行こう、イリス」
「うん……ルイズ」
扉を押し開き、僕らは向こうの空間へと踏み込んだ。




