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夢IL''幻界少女  作者: ヱフノジルイ
薔薇屋敷
21/47

人の形した自動人形

 屋敷の最上階。

 窓から街を一望できるその場所に、僕と君は連れてこられた。


「こちらです」


 エリーゼに案内され、薔薇の彫刻が施された扉の前に行く。

 何度かノックしてから、エリーゼが声をかける。


「ご主人様、お客様がお見えです」


「あぁ、知っている。いいぞ、入りたまえ」


「失礼します」


 扉が子気味の良い音を立てて開く。

 心地の良い薔薇の香がより一層濃くなり、扉の向こうから溢れ出してきた。


 扉の向こうの部屋の中へと踏み込んだ。

 赤い絨毯、赤いベッド、茶器が納められた赤い棚に、赤、赤、赤。

 部屋の中央には床をぶち抜いて薔薇の木が生えており、美しい花を咲かせている。


 そして部屋の奥、作業台に向かってせこせことペンを走らせている、一つの小さな影があった。

 黒い帽子に紅のドレスシャツ、その上から黒いコートとポンチョを着て、巻きスカートを履いている。

 髪は美しい赤色で、瞳も同じく赤い。

 そんな姿をした一体の「人形」が執筆作業に明け暮れていた。

 手元には紅茶が淹れられたティーカップとポットが置かれている。


「やぁお客人。話はアリスから聞いている。見ての通り私は今手が離せない。用件だけを詳しく教えて貰おうか」


 こちらに振り向かずペンを走らせ続ける彼女に、僕から声をかけた。


「図書館に用事があって……」


「図書館なら好きに使っていい。持ち出しならカウンターのリストに名前と借りた本の番号を……」


「いや……用があるのは図書館の地下なんだ」


 僕がそう伝えると、人形がその手をピタリと止めた。

 暫く何かを考えるようにペンを回したと思うと、「はぁ」とため息を吐き、ペンを置いて立ち上がる。

 その身長は僕らの腰にも及ばず、球体によって構築された関節を見てギョッとした。

 彼女はかつかつと音を鳴らしながらこちらに近づいてくる。


「……私の名前はストレンジ。薔薇の八人姉妹の長女。ここの屋敷のオーナーだ。君達は……いや、名前は知らないはずだろう」


「え……?」


 ストレンジと名乗った人形の発言に寒気が走る。

 彼女は目を細め、僕と君の顔を見る。


「……ふむ、なるほど。君達の目的が何となく見えた。一つ質問なんだが……」


 人形はアゴ先を指で撫でながら、言葉を続ける。


「君達は名前と記憶を取り戻して、それでどうするつもりなんだい?名前が無いならば無いなりに新しく自分達に付ければいい。記憶が無くても、また新しくこの世界で生きていけばいいじゃないか」


「それは……」


 ストレンジの言葉に言い返せない。

 確かにそうだ。

 何故僕達は、こんな途方もない道のりを、ただ記憶と名前を見つけるために始めたのだろうか。


「……自分の事が分からないと、他人の事を愛せないじゃないですか」


「……と、言うと?」


 君が口を開いた。


「自分の事も分からないのに、相手が自分を好きになってくれるはずが無いんです!自分の事の説明も出来ない人間が、人を愛せると思うんですか!?」


「……つまり君には、愛したい人間がいるのだな」


 君の言葉を聞いて、ストレンジはニヤリと笑みながらそう言った。

 その言葉を聞いた君は、顔を真っ赤に染めた。

 いつの間に君にそんな憧れの男が出来たのだろう?と僕はちょっとした嫉妬心も覚えた。


「その愛したい人間が例え人間では無かったとしても、その考えは変わらないかね?」


「……はい。私は、誰であろうと、愛を忘れるつもりはありません」


「……いいだろう。良い原稿のネタを貰えたよ」


 そういってストレンジがペンを手に持ち、捻った。

 ペンの形が変形し、一つの薔薇の彫刻が施されたカギに変わった。


「じゃあこれはお礼だ……己の選択を、後悔するなよ?」


「はい。約束します」


 カギを受け取った君が、強くうなずいた。


「じゃあエリーゼ、彼女達の事を頼んだぞ」


「承知しました」


 エリーゼが僕達に部屋から出るように促す。


「無事に戻ってこれたら茶の一杯や二杯くらい、私が淹れてあげよう」


「楽しみにしておきますね!」


 君がそう言い残し、部屋を出ていった。

 僕もそれに続こうと部屋を出ようとしたとき、「待ちたまえ」とストレンジに呼び止められた。


「……君も、早くあの子の気持ちに気付いてあげられるようになりたまえよ」


「……」


 耳元でそう囁くと、ストレンジが僕の尻を蹴り飛ばし、部屋から突き出した。


「え……え?え?」


 良く分からないが、顔が火照る。

 心拍数が上がり、君の顔がまともに見れない。


「ど、どうしたの?」


「……分からない」


 君が心配そうに僕を見つめる。

 この得体の知れない衝動は何だ?

 初めて味わった感情だった。


「……行きますよ」


 先に歩いて行ってしまったエリーゼの跡を咄嗟に追いかけた。

 とにかく、今は図書館の地下に行くことだけに集中する事にした。

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