幻界少女
それは、偶然の出会いだった。
それは、必然の出会いだった。
僕と君は、会うべくして出会い、会わざるべくして出会った。
その世界はがらんどう。
何一つとしてありはしない、まっさらまっくろ殺風景な世界。
僕はいつも通り、あても無くそこをうろついた。
何か無いかと、彷徨った。
暗闇は何処までも深く、底知れぬ。
手を伸ばせば闇に消え、振り返れば何もない。
僕の影も、黒い黒い世界に消えた。
ゆらりゆらりと、無に身を委ね、堕ちていく。
上には闇が煌びやかに、海面のように揺らめいた。
ゆっくりずぶずぶと、無に引き込まれていく。
どこまで深く潜れるだろう?
僕の好奇心もまた、この闇と同じように底知れない。
口から漏れ出した気泡が、海面に向かって昇って行った。
それはいつしか見えなくなって、僕の元から離れていった。
生暖かいその暗闇は、母の胎内で満たされた羊水のようだ。
そこに揺らめく僕もまた、母の胎内で巡り廻る、胎児の夢を見ていた。
ふと、背中に何かが当たった。
その闇には海底があった。
なんだ、この暗闇も、所詮は僕の好奇心の深さには敵わないか。
そうぼそりと呟いて、両の足で海底に立つ。
ぬらりとした重さが、体に加わった。
闇の底は、それなりに薄気味悪い。
耳にはねちょねちょとした水音がこべり付き、呼吸もままならない。
僕はゆっくりと闇底を蹴り、ふわりふわりと前へ進んだ。
気分はまるで月面を歩く宇宙飛行士だ。
気味の悪い浮遊感が、全身を包み込んだ。
やはり、僕はあても無く闇を彷徨った。
ぬらりずるりと気持ちの悪い闇の中を、ただただ無心に進んでく。
先に何があるのか分からない。
何もないかもしれない。
それでも僕は自分の好奇心、探求心を満たすために、ただただ無心に泳いでく。
しかし君は、不意に僕の前に現れた。
深い深い闇の底、君はそこに沈んでいた。
目も開かず、動かない君は、まだ産まれてもいない胎児のように、その長い白髪を闇に漂わせながら、死体のように死んでいた。
僕の好奇心は、すぐさま君に喰いついた。
こんなこんな闇の底に、こんなこんな白い君が居るなんて!
僕は君の肩を掴むと、前へ後ろへ揺さぶった。
それから一息付く頃に、君はゆっくり目を開く。
赤い赤い綺麗な瞳が、僕の顔をぼんやり映した。
君は初めて世界を見たように、暫く辺りを見回した。
深い深い闇の底には、黒い黒い大都市の屍が、僕と君を囲むようにして見下ろしている。
でも今の僕にそれらは眼中に捉えられなかった。
初めて見つけた知的生命体に、僕は釘付けになっていた。
「……ここは?」
君は心配そうにそう呟いた。
僕はそんな君に微笑みかける。
大丈夫だよ、ここは君と僕以外いないから。
僕の言葉に、君は首をかしげる。
どうも様子が可笑しいが、そんな事はどうでもよかった。
「私……何も覚えてない……ここは……どこなの?」
君の問いかけに、僕は答えない。
何故ならそれは面白くないからだ。
僕は面白くなければ、それに興味は示さない。
もしその答えを言えば、君はたちどころに詰まらない存在になってしまう。
「私は誰?私は何?あなたは何者?ここはどこ?」
立て続けに投げかけられる質問に、僕はわくわくしながら答えていく。
わからない、わからない、わからない、わからない。
嘘偽り無い僕の答えに、君は戸惑う。
何も仕方ない。
僕は何も知らないのだから。
「あなたも、分からないの?」
君の言葉に、うんうんと頷いた。
僕は僕の姿が分からない。
それは何故かと問いかけると、君はおどおどと答え始めた。
「えぇっと……黒い髪、赤い瞳、白い肌……かな?」
僕はその答えに感激した。
あぁ!僕はそんな姿をしているのか!
感嘆の余り、僕は君に抱き着いた。
君は少し困った様子で、声を漏らした。
ぬらりぬらりと闇は揺れ、僕と君の白と黒の髪をゆらりゆらりと揺るがした。
「……一緒に探しに行かない?」
君の突拍子も無い発言に、僕ははて?と首を傾げた。
すっと僕の手を握ると、君は僕の瞳を覗いてきた。
「あなたはきっと私より、この世界の事を知っている。私は一人じゃ怖いから……だからあなたと行きたいな」
発せられた彼女の言葉に、僕は二度も感激した。
今までこんな事があっただろうか。
この孤独な世界で初めて出会った生きた者が、こんなにも暖かい物だったなんて。
僕は頷くと、彼女の手を取った。
小さく弱々しい、僕とよく似た手をしていた。
「それじゃあ逝こうか、夢幻の世界へ!」
「うん……!」
僕は君の手を引いた。
深く微睡む夢想の世界へ。
狂気幻界の無意識世界へ。
君と僕は踏み込んだ。