35ー1 帝国
それから数日後。ようやく目的地が見えてきた。
「あれが?」
「ああ。皆ー、そろそろ着くぞー」
高く白い塔が遠目でもよく見える。
「………」
「どうしたアイン?」
「ううん、なんでもない。着替えてくるね」
一瞬険しい目で行く先を見詰めていたアインだが、直ぐに自分の部屋に戻っていった。
天宮城も直ぐに店が開けるように準備しておく。
「えっと、これはサイズは揃ってる。で、アクセサリーが売れそうだからもう少し在庫を出しておいて……」
チェックリストに書き込みながら商品の配置を整えていく。船なのでどうしても揺れてしまう為、専用のケースに同じ系統のアクセサリーをしまい、欲しい人がとっていくというシステムにした。
普通に置いていたら高波が来たとき全部落ちてしまったのだ。しかもいくつか壊れた。
「ペンダントが………? あれ?」
箱から出して個数を数える。
「……足りない」
一昨日作って補充したので数はちゃんと記録している。
確実に一個足りないのだ。
「また作ればいいけど……なんなんだ?」
船室に戻って聞いてみたが、だれも知らなかった。この前の精霊事件といい、何故かいつのまにか物がなくなっている。
考えているうちに港に着いてしまった。
「入国審査を」
「はい、これでよろしいですか?」
「それは……わかった。通っていい」
天宮城の帽子についているピンバッジをみて、直ぐに首を縦に振った。
「だが、中のものは検めさせて貰うぞ」
「どうぞ」
何らかの機械を持って全ての部屋をまわる。
「私室も見させて貰うぞ」
「構いませんが、靴を脱いでくださいませんか」
「なに?」
「僕が昔住んでいた地域ではそういう習慣がありまして、船内は商業スペース以外は基本土足厳禁なんです」
靴を脱ぐという習慣が定着していないためにこういう行為を一々言わなければならないのは少し面倒である。
トイレから操舵室まで全てまわり、
「異常なし。よって入国を許可する」
「ありがとうございます」
やっと入国審査が終わった。ということで、
「とりあえず観光するか」
「そうですね。お店は明日からでいいですし」
逆に今から開けても妙な時間帯である。
「わ、私はお留守番していようかな」
「? 別にしなくてもスラ太郎の分体がいるからいいけど?」
「ううん。ここにいる」
「あ、そう」
なにか事情があると見た天宮城は船を降りて市場へ行く。一歩分斜め後ろにはシーナが付き添う。
「シーナ? 俺に着いてこなくてもいいんだよ?」
「いえ」
他のメンバーは長い船旅で鬱憤が溜まっているらしく、狩りに出掛けた。血の気の多いやつらである。
シーナだけはいつも天宮城の横にいるのだ。
別にいいのにと言っても着いてくるので天宮城ももう好きなようにさせている。
今町中を歩いているのは市場調査のためだ。
「ふーん。物価はシュリケの方が高いかな」
「海産物はシュリケに比べれば少ないですね」
「そうだな。その代わりに小麦なんかが採れるのかも」
さっきからパン屋がやたら多い気がする。密集しすぎなのではないだろうか。
それともうひとつ。
「教会多くない? あそこ二軒続けて建ってるよ」
「この国は信仰が厚いことで知られておりますから」
「じゃあ俺あんまり長居しない方がいい?」
「そうですね。気付かれれば毎日崇められるかと」
「うっわぁ……」
そんなことになったら面倒すぎる。
「面倒くさいのは日本だけで充分だよ……」
ただでさえエミリアというよくわからない状態になってきているのだ。これ以上胃を痛め付けたくはない。
しかも最近そのせいで何となく居心地が悪い。
あのド変態医者でさえエミリアを敵視しているようなのだ。勿論天宮城は相手をしていない。
関われば関わるだけ面倒なのだ。
「面白そうな食材とかないかな」
「この国の名産品はレコットですね」
「レコット?」
「芋です」
「へぇー」
芋かぁ、と頷きながらレコットなるものを探すと八百屋に置いてあった。パッと見はジャガイモである。
シーナの言うところによると味もジャガイモに近いのだとか。蒸かして潰し、軽くペースト状にしてパンにつけて食べるらしい。
「パン屋においてないかな」
「ありますよ」
レコットサンドがあったのでひとつ試しに購入してみる。
ちょっと灰汁が強いが確かにジャガイモっぽい。
「ポテトサラダにすればいいかな」
「ああ、それはいいですね」
マヨネーズとあわせて丁度いいくらいになるのではないだろうか。という結論に達し、八百屋で数個購入。店主に食べ方を聞いてから船に。勿論宣伝も忘れない。
「この国は全体的に白いよな」
「教会が多い分、他が合わせるので」
冒険者ギルドでさえ真っ白なのだ。日が燦々としている日は目がチカチカしそうである。
商人ギルドで税金を払い、ついでにとこの国のお金も手に入れておく。
「兄ちゃん。新入りか?」
「先程港についたばかりです」
「多国商業許可もってんのか」
「はい」
「いいなぁ。この国じゃそういうのは推奨されてないからよ」
税金を払う際に話し掛けてきた隣の列の男性の話に少し興味を持った。
「推奨されてない、とは?」
「あー、言いにくいんだけどな。この国じゃ自分が一番って思ってるような連中が多くて他国との貿易が極端に制限されてんだよ。しかもその連中ってのが教会のお偉いさんだから国も逆らえねぇんだ」
「成る程……」
他国に渡る為には一国の王の許可がいる。この国ではあまりそれが推奨されていないために許可すらとりづらい状況になっているのだ。
「だから店を開いてくれるんなら大歓迎だ。で、どの辺りにだすんだ?」
「いえ、僕の店は船の中にあるんです。とある人に作ってもらった船なのですが。まぁ、見ていただければわかるかと」
「もうやってんのか?」
「いえ、明日からですね」
「そうか。なんの店だ?」
「服やアクセサリーですね」
ほう? と首を捻る男性。
「女向けなのか」
「男性向けのものも勿論ありますよ。値段も今日市場価格を調べたのでこの国にあったものに設定しますし」
「そいつは楽しみだ」
さっと別れて行く男性。一体なんの商人なのだろうか。