34ー2 名探偵凛音
時間的には一番怪しいのはシーナだがまさか天宮城が苦労して買い込んだ食料を荒らすはずがない。
そういう性格であるし、そもそもその大量の食料の行方が不明なのである。
唯一、大量の食べ物を保管できる人間は一人いるが、自分が出した食べ物を全て収納する意味がわからない。
それに今現在圧し曲がってしまった神解きは修理中である。
「もういいじゃん犯人探しなんて……」
『むぅ……』
名探偵凛音さんはそれでは不服らしい。
天宮城の言葉を聞こえない振りをして再び証拠がないか捜し続ける。
それに、これがもし解決しなくてもただで食べ物などいくらでも作れるのだ。わざわざ暴く必要はどこにもない。
『むっ! なんだこの水は!』
「どうせ誰かがぶちまけたんじゃないの?」
「「「………」」」
甲板がびしょ濡れだった。昨日は雨も降っていないし波も穏やかだった。何らかの拍子で甲板に海水がかかることはないわけではないがこの量は明らかにおかしい。
「あの、海の精霊の仕業ではないでしょうか?」
「海の精霊?」
「私の故郷で伝わっているお伽噺に、そんなものがあるのです」
「聞かせてくれるか?」
シーナの話をまとめると、
曰く海の精霊とは海のどこかに住まう人魚のような姿の精霊で、かなりの悪戯好き。
船の動力を壊し、動きを止めた上で船体に穴を開ける為に船乗りの悪魔とも呼ばれている。
曰く食べ物が大好きで甲板が濡れていたら彼らが現れた証拠であり、その時にはその船の食べ物は全て食い尽くされる。
もしも被害を免れたいのなら彼らの好物である塩を甲板に撒いておかなければならない。
「それ、船乗りからしたら最悪だな」
「船乗りの悪魔だしね……」
食料を全て食い尽くされるだけでなく、船その物も使い物にならなくなってしまう。
なんという恐ろしい言い伝えであろう。どちらかひとつでも大惨事である。
特に海の真ん中で食料がなくなれば生きていくことは不可能。なんとも人騒がせな精霊だ。いや、それどころでは済まない話だが。
『むぅ、じゃあそれ捕まえる』
「凛音。止めとけ。小島にでも一回上陸して作ればいいだろ」
「そうですよ、凛音様。彼らはとてつもなく足が速いことで知られているので今から追っても遅いです」
文句を言う凛音を置いておいて、小さく唸る天宮城。
「んー、でもスラ太郎が見つけられなかったってのは余程のスピードで動いてんのかな」
「それもそうね……アレクは別としてこの中で一番感覚が鋭いスラ太郎が不寝番してたのに。スラ太郎、寝てないよね?」
「きゅ」
勿論、とでもいいたげに胸を張るスラ太郎。
スライムに睡眠は本来必要ないので当たり前ではある。
体の再生は核さえ無事であればいくらでも行えはするものの体力は減るのでそれを早く回復させるために寝ることはあるが、基本必要ない。
一回寝てしまえば中々起きない琥珀や、あっちでも仕事があるために寝る必要がある天宮城の代わりを務めている。
そんな精霊が入ってきたらさすがに気づくと思うのだが。
「ま、いいか。それ以外なくなったもんも無いし、船底がやられたわけでもないし」
「そうだな。で、昼飯はどうなる」
「………作れん」
「「「え?」」」
材料も調味料すらも残っていないのだ。それに海の上では天宮城の力は使えない。
近くの島に上陸するにしても、一番近くの島だと後一日はかかる。つまり、
「今日、昼抜きだわ」
「「「なんだって………!」」」
シーナ以外の全員が絶望的な表情を浮かべた。
死屍累々。そんな感じの言葉が当てはまりそうである。
「お腹すいた……」
『ご飯……』
唯一平気そうなのは天宮城とシーナである。
天宮城は力さえ使わなければ燃費がいい方なのと元々食が細いのでそれほど食べたいと思っていない。
シーナは奴隷として売られてから食事をとれないのはよくあったことなのでなれているのだ。
天宮城のミシンの音だけがカタカタと続いている。
「なんでこんなことに……」
『精霊ゆるすまじ……』
一通り商品を縫い終えた天宮城はその様子にため息をつきつつ、
「全く……どうなっても知らないぞ」
トントン、と机をつつき、何かを引っ張りあげる動作をした。するとそこから一本の胡瓜が出現する。
「胡瓜⁉」
「出せないんじゃなかったの⁉」
「安定しないだけで出せないことはない。けど、今のこれも安定してない結果だ」
胡瓜ではなくスイカを出そうとしたのだが。
「プリン食べたい!」
「プリン……だせるか……?」
出てきたのは、
「茶碗蒸し……?」
「だな」
確かに形状は似ているけども。ものが全く違う。
「なんかうまく思い通りに作用しなくて、何かしら似ているけど別のものが出てくるんだよ。体力もいつもの倍使うし」
たまに狙い通りのものが出せるのだが、ほぼほぼ思った通りに行かない。
中々確実なものではないようである。
『黒砂糖の綿みたいな』
「あー、ふ菓子か……よっ!」
出てきたのはかりん糖だった。
「もうこれで我慢してくれ……そろそろ限界だ……」
間違える癖にバテるのが速い。
「琥珀は我慢してくれ……も、無理」
「な………」
結局いつも琥珀は不憫な役目が回ってくるのかもしれない。
……日頃の行いが悪いのかもしれないが。