33ー4 思わぬ厄介事
「そういえば日本語上手だね……」
「うん。お兄ちゃんがいつか役に立つからって教えてくれたから何ヵ国かは話せるよ」
「凄いね……」
素直に凄いと思うのだが、色々と本気で受け取れないのは何故なのだろう。
適当に互いのことを話し合いながら自分の母がイチャイチャしているのを見てため息をつく。
「嫉妬?」
「え、なんの」
「お母さん取られちゃって悲しい?」
「まさか」
軽く笑ってお茶を口に含む。
「色々と連絡不足なのは止めて欲しいなって考えてただけ」
「迷惑、だった?」
「迷惑ではないんだけど……俺って色々と特殊だからさ」
そういう天宮城の表情は暗くもなく、明るくもなく。
感情が一切乗っていない表情だった。
藤井達に説明もしなければならないので母親と分かれてタクシーで協会本部に向かう。
ぼんやりと車の中から外を眺めていると突然エミリアが、
「苦しいの?」
「え?」
「特殊って駄目なことなの?」
「人によると思うけど、俺はあんまり嬉しくないかな……あって良かったと思うこともあるけど無くなればいいのにって思うことの方が多いからね」
目を伏せつつ、小さく笑みを浮かべる。
「でも、世の中なんとかなるもんだね。なんとか生きてこれてるし」
眠たそうに欠伸をひとつして窓の外に目をやる。
すると、見慣れた建物が見えた。
「あ、エミリアさん。あそこが協会本部だよ」
「おおきい……!」
運転手に金を払ってから裏口を使って中に入る。
「―――――ち―り……?」
「あ、漢字読めないか」
「勉強中なの」
「関係者以外立ち入り禁止って書いてある」
「関係者じゃないのに入っていいの?」
「俺が関係者だから入っていいと思うよ……?」
そう言われるとむしろ不安になってくるものである。
エミリアを連れてとりあえず自分の部屋に向かっていると、
「あ、天宮城の隊長さんじゃないですかー。お仕事ですかー?」
「いえ、ちょっと個人的なもので。濱田さんは?」
「うちの隊長に書類の提出をしてもらいにきたんですよー。でも見当たらないんですよねー」
「また遊んでんのかな………見かけたら言っておきますね」
「お願いしますねー」
何故か直前で近くの自販機の影に隠れたエミリアの事には触れずに濱田は去っていった。
エミリアがゆっくりと顔をだし、
「今の人は?」
「濱田さん。普段はおっとりしてるけど仕事の腕はトップクラスだよ。事務に所属してるんだ。大分前からの顔見知りだよ」
「そう、なんだ……。仲良くした方がいい?」
「出来ればどんな人とでも仲良くなって欲しいと思うけど……?」
「わかった。結婚の条件、クリアする」
「あ、それ諦めてなかったんだ……」
「当然」
一体こんなことになったのは何故なのだろう。
自分の写真を待受にしていた母のせいである。あの直後、こっそり自分の写真をすべて削除した。
恐らくそろそろ気が付くだろう。
大事な写真とかだったら消さなかったがどうでもいいのばかりだったので。
「ここが俺の住んでるところ。今飲み物いれるから座ってて」
「ジャパンは床に座るんじゃないの……?」
「畳の事? 畳の部屋ならあっちにあるけどここはリビングだから……」
「そうなんだ……」
「全部畳だと思った?」
「うん」
コーヒーメーカーは持ち去られたまま帰ってこないので仕方なく紅茶を淹れることにする。
ついでにとこの前作ったパウンドケーキも出した。
「えっと、エミリアさん」
「エミリア」
「え?」
「さん要らない」
「じゃ、じゃあ、エミリア?」
「うむ」
これでいいらしい。それにしても反応が凛音と似ている。
「えっと、エミリアはどうするって聞いてる?」
「リュウイチの手伝いする」
「ああ、それはありがたいんだけどそういうことじゃなくて……」
少し言葉に悩んでから一言ずつハッキリという。
「どこで住むとか、何をしなければいけないとか、お金はどうするのかとか」
「ここで部屋が用意してもらえるって言ってた。でもカナはリュウイチの所で寝ればいいって言ってた。家事なら基本できる。ジャパンの機材の使い方も覚えた。お金はお兄ちゃんが出してくれるって言ってた。お兄ちゃんもジャパンに住むって」
「え、じゃあ母さんも?」
「カナも住むって言ってた」
「なんも聞いてない……」
カナ、とは加菜恵のことである。天宮城の母親の本名は天宮城 加菜恵。芸名で中山 加菜恵と言っている。
相変わらずの全く伝えられていない情報に頭を抱えるしかない。
「それで、エミリアの戸籍って今どうなってるの?」
「リュウイチとほとんど同じ」
「だよなぁ……」
よくよく考えてみれば、
「俺の母さんとエミリアのお兄さんが結婚しているわけだから……エミリアって俺の叔母になるんじゃ」
「オバ?」
「……いや、なんでもない」
血が繋がっていない時点で考えても意味がない。そもそも本当の父親すら知らないのでその辺りどうでもよくなっている天宮城である。
叔父というものには少しだけ抵抗感があるが。
「いつからここに?」
「直ぐ来れるって言ってた」
「え? でも荷物は」
「これがある」
一個のスーツケースとリュックサック。天宮城並の持ち物の少なさだ。
「え、それだけ?」
「うん」
そんなんじゃ全然足りないんじゃないかと言いかけて自分もここに引っ越したときこれぐらいだったと思い出して引っ込める。
すると突然真後ろの扉が開いて足立 理紗が現れた。無くしもの・忘れ物常習犯でよく機械を壊す感覚支配の能力者である。
「龍一‼ なんかスマホが突然フリーズして………? 誰?」
「またスマホ壊したのか」
「勝手に壊れるんだよ、これ」
「なわけあるか。見せて」
画面が触れても動かない。電源を入れ直したら普通に動いた。
「一回切ってないでしょ」
「いやー、そうするんだったね」
「はぁ……」
「で、この人誰?」
エミリアが立って床に跪き、そのまま丸まるように座り込んだ。
「「なんで土下座⁉」」
「ジャパンの礼はこうすると聞いた」
「それ畳に座ってるときだけね……」
顔をあげつつ、エミリアは足立に向かって、
「リュウイチ殿の許嫁、エミリアです」
「……え?」
「いや、まだそれ俺許可してないからね……?」
足立の携帯が、再びフリーズした。