33ー2 思わぬ厄介事
やっとかける時間が出きてきました!
更新速度は前と同じに戻します。
それと昨日から『吟遊詩人だけど情報屋始めました』という作品を連載し始めました。
ストックが沢山あるのでこれは暫くは一日に二回更新くらいの速度でやっていこうかと思っています。
お時間があれば読んでいただけると嬉しいです!
「もう、面倒なことになったじゃん……」
ぐったりする天宮城をよそに天宮城の母親はぐるっと息子の部屋を見回して、
「なんか、物がすくないわねー」
「なんでもいいでしょ……」
まるで観光気分である。
「なんで突然?」
「フフッ」
頬を染めて笑顔を作る。世の男性はこれで1発だが天宮城に向けられたところで本人が萎えるだけである。
たとえ美女でも親の笑みを見せられても特にどうも思わない。
天宮城はマザコンではないので。
「……なに」
「もし………もしよ? 新しいお父さんが出来たら、どう思う?」
「いや、別に………」
予想以上に天宮城の反応が薄かった事にすこし驚いた様子の母親は、
「驚かないのね?」
「っていうか本当の父親すら覚えてないし………それでどうこう言う筋合いもないし……お幸せにどうぞ」
完全に他人事である。
「自分の事なのに興味ないみたいね」
「いや、別に……? 昔からいつ彼氏ができてもおかしくはないと思ってたし……」
「そういうものなの? 普通お母さんと離れたくない、とかそう言うもんじゃないの?」
「そもそも離れて暮らしてるし……?」
それもそうである。
「ふーん? いいのね? いいのね? ね?」
「寧ろ俺に了承を取る必要がないんじゃないの?」
「本当にドライね……」
母親は天宮城の顔を見た途端泣き出してしまった。
その様子に一瞬動揺する。
「突然なんで泣くんだ……?」
「うう……ごめんね……本当に……」
「だから何が……?」
「龍一がそんな顔をするようになったのは……私のせいだから……っ!」
意味がわからず、天宮城本人が唖然とする。すぐに机の上に乗っている鏡で顔を確認してみるが、いつも通り、なにも変わらない。
「俺、そんな変な顔してた……?」
「変じゃないの。変じゃないんだけど……そこまで、辛そうな顔、しなくてもいいじゃない………!」
言われて、初めて気が付く。
目が笑っていないことに。
勿論、初見では気付けないであろう小さな差だ。
「別に辛くなんかない」
「昔はそんな顔しなかった」
そう言われると、鋭いナイフが突き刺さっているような痛みが胸を押さえつける。
息をするのが難しいくらいにそれはじわじわと全身に広がっていく。
こんな表情を作るようにしていたのは、いつからだろうか。
……丁度、叔父から虐待を受けていたときだ。
「ごめんね……私、龍一の事なんにも知らなかった……!」
「母さん………」
いよいよ本格的に泣き始めた。何と言ったらいいのかわからない。
「痛かったよね……辛かったよね……仕事ばかりで、家にも帰らなくて………ごめんね」
「母さんは悪くないって」
「ううん……私が悪いの」
天宮城は仕事でなんども心が壊れてしまった人の夢に入ったりしてきた。繊細な心の中に入り込むのはとてつもなく大変で、慣れるまでは能力の使用後はいつも体調を崩し、酷いときには数日間寝込んだ。
それでもやめなかったのはその人たちが社会復帰出来るようになるまで回復した時、送られてくる手紙がとても嬉しかったからだ。
今でも連絡をとり続けている人もいる。
だが、母親の心のなかを見ることは出来なかった。いや、覗くことなど出来ない。
そこには本心が表れる。もしそこに自分が入っていなかったとしたら、自分はなんなのだろう。そう考えずにはいられない。
要するに。単純に。
「………怖かったんだ………」
「……え?」
「帰る場所が無くなるのが何よりも怖かった……叔父さんの事を我慢できたのはそれが大きいと思う。普段の痛みにさえ耐えれば母さんが来てくれるから……嬉しかったんだ。多分」
あんまり覚えてないけど、と呟いて、
「俺は母さんが居なかったら死んでたと思う………だから、そんなこと言わないでよ」
実際そうだったかもしれない。藤井が知らないだけで、最初の頃などもっと酷い虐待を受けていた。
真冬の川に突き落とされたり、土地勘のない所に放り出されて遭難したこともあった。それでも気合いで帰ってこれたのは母親の為だった。
必死に虐待を隠し続けていたのも母親を傷つけないようにという配慮からだったのだ。
「それに、悪いことばかりでもないしさ。俺にとっては、だけど」
天宮城は小さく頬をかきながら、
「ここの皆と会えたし………医者からすればとんでもないって言われるけど、痛いっていう感覚も鈍いから色々便利だよ。すぐ治るしね」
痛覚が鈍いというのは生物としては危険な状態である。痛みという体の信号を感じ取れないというのは危険を察知するという感覚が薄いということなのだから。
それに、別の痛みに異常なまでに強く反応してしまうところもある。
だがそれが好都合な人間も居てしまうわけだ。天宮城のように。
「俺すぐ怪我するから……本当に、楽な体だよ」
もう少し言えば、もっと早い段階からこうなりたかった。と心のなかで苦笑いを作る。
虐待され始めた頃は本当に辛かったのだから。
「ねぇ、龍一」
「……なに?」
「一緒にきて」
「どこに」
「彼のところよ!」
「急すぎない⁉ あ、ちょっ⁉」
相変わらず、この人と一緒にいると疲れるなと実感した天宮城であった。
我が母親ながら中々に頑固である。それが自分にも受け継がれている事などは、勿論理解していない。
引っ張り回されている天宮城は帽子が落ちないように片手で支えながら何故か滅茶苦茶足のはやい母親になんとかついていった。
そういえば運動神経抜群だったな、などと能天気な事を考えながら。
「ここが待ち合わせ場所。少し早いけど待ってましょうか」
「じゃあ走る必要なかったんじゃないの……?」
制服は動きやすいものなので走り辛いということは無かったのだが、足が追い付かない。
大抵のスポーツはそつなくこなす天宮城だがそこまで足が速いというわけではない。速い部類にははいるものの、群を抜いて速いというわけでもないのだ。
大体クラスで三番目くらいだろう。
飲み物を適当に頼んで畳に座る。個室だったのはいいのだが何故座敷にしたのだろうか。
優雅に座布団の上でワインを飲む母親を横目に熱い緑茶を口に含む。
顔立ちは完全に親子なのだが言われるまで気づかないほどの雰囲気の違いがハッキリと生まれているように感じた。