32ー3 息抜きの筈が
「っづぁ! 駄目だ、頭痛い………」
無理矢理にリンクを繋ごうとすれば頭が痛みを訴える。それで少しでも繋がればいいのに反応すらない。
少し探索してみたが本当に無人島らしく、集落の跡すらもなかった。砂浜に座り込んでため息をつく。
「どうしよう……」
せめて船でも通ってくれたら、とは思うがそんなこと無いとでも言ってくるかのように穏やかな波が浜に打ち寄せる。
幸いにして何でも作れるので生きてはいけるが。
「そもそも何でこんなことになってるんだよ………」
一人になって心細くなると独り言が多くなる天宮城である。ペットボトルの水を飲み、濡れて重くなった服を脱いで新しい物に着替える。
因みに作るのが面倒だったので今脱いだ甚兵衛は縫ったものではない為に消すことができる。
天宮城が消すことのできるものは自分がだした物のみで、この世界のものを材料として作ったものは消すことができない。
ぼんやりと空を見上げて再びため息をつく。暇だ。
それ以前に琥珀達は一体どこへ行ってしまったのだろうか。あれに襲われた天宮城が無事なのだから恐らく大丈夫なのだと願いたい。
「神解き………わっ⁉ お、おい、これ大丈夫か⁉」
そう聞いても誰も返事をしてくれないことは充分理解しているが、そう声に出さずにはいられない。
バズーカが真ん中からグニャンと折れ曲がっている。このまま撃ったら爆発しそうだ。
恐らく逃げる時に捕まったのが原因だろう。
そっと側面に触れて状態を確かめる。
「うわぁ………見事に折れ曲がってるよ……使えるのか、これ……?」
直れと念じたら心なしか自力で戻った気がする。その代わり、
「やばい、クラクラする………」
これでは戻すのに一体どれだけの時間が必要だろうか。ほんの少し直すだけでガス欠になっていては本末転倒である。
これ程までに大きく損傷したことはなかったために加減がわからない。
踏み出した足のほうになんどもよろめきながらフラフラとしか進めない歩調で数歩歩いたがパタリと砂浜に倒れてしまった。
そのまま寝転がって居た天宮城だが、急に虚しくなり目を閉じる。
「何がなんだかわからん………」
頭の上に手をやると、違和感。
「ん? なんか足りないような………ぁああああああ! 帽子がない⁉」
いつも使っている帽子がない。それがただの帽子ならまだ良かった。が、天宮城の帽子にはイリスから貰ったピンバッチがついている。
「ヤバイ‼ あれないと最悪人攫いに捕まるのに!」
今気づいたということは、結構前からないということだ。完全に海に流されてしまっているだろう。
無駄だとはわかっていても探さずにはいられない。今まで歩いてきた道を戻ってもう一周。当然だがどこにもなかった。
あのピンバッチは身分証明にもなる。イリスがバックについているということは下級貴族並みの権限があることと同じなのだ。しかもあれには個人認証システムがあり、同じものはもう発行できない。
思っていたよりずっと高度な技術が使われていたようである。
「不味い、不味すぎる。非常にヤバイ、マジでヤバイ‼」
焦りすぎて語彙力が極端に低くなっている。獣耳を出すことも目の色を変えることも忘れているほどに焦っていた。
「ぁああああ、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう⁉」
その辺を意味もなくただただ歩き続ける姿は滑稽でもあるが、顔が真剣すぎて笑えない。今から処刑される死刑囚のような表情である。
「どうしよ………ん?」
ピタ、と動きが止まった。何度か瞬きをしてとある方向を見つめる。
「………声?」
洞窟から、声が聞こえる。そう思った瞬間に走りだしていた。
天宮城のブーツの音が響く洞窟は最初に居たときのように静まり返っていた。それでも、進むのを止めなかった。
手に持つ懐中電灯の光が何かを反射した。当ててみると、あの帽子だった。ピンバッチの宝石がキラキラと懐中電灯の光を浴びて輝いている。
「あったー! よかったぁ………」
急いで駆け寄って胸に抱き締める。もう無くさないように策を考えないとな、と考えた直後に首を捻った。
(俺、起きたのってもっと手前だったよな?)
よくよく見てみると帽子の落ち方もなんだか不自然だ。こんな綺麗に道のど真ん中に落ちるものなのだろうか。
しかもこの洞窟、中に水が通っているとはいえ波がほとんどない。触ってみると海水のようなざらつきは感じない。それにかなり綺麗だ。
こんな奥に流されるものなのだろうか? しかも帽子も一緒に。
「誰かが助けてくれた、のか………?」
先程声がしたのも帽子を届けてくれたからではないだろうか。そう考えることもできるだろう。流石にここまで偶然が重なることは早々ないと思われる。
そもそもあれに襲われたことがまず不可解だ。それに思い出してみればあのグライアスに攻撃された覚えはない。
絡み付かれはしたが、天宮城が抵抗したからだし途中の神解きを出した辺りの包み込むような動きは傷つけないように配慮された動きだった気がする。
それにグライアスは知能が低い筈で、本来は見つけた獲物を食らうくらいしか判断できないのだ。
「誰かが俺をグライアスで捕まえようとしていた……? いや、それだと効率が悪すぎる。そもそも俺浜に出るつもりなかったし。あ、無差別にやってたらあり得るか」
その場合どういう理由だろうか。
「人体実験とか生け贄とか」
「そんな物騒なことしないわよ」
「だよなぁ。じゃあなんでグライアスがあんな丁寧に俺を捕まえようとしていたんだろ?」
「人族には恩があるから傷つけちゃ駄目っていう掟があるの」
「へぇー…………え?」
普通に会話していた。懐中電灯が地面にごとりと落ちる。
「………どちら様?」
「見てわからない?」
「ごめんなさい。記憶にないです」
「種族の話よ。種族」
ああ、種族か、と目の前の女性に目をやると下半身が魚だった。
「え、人魚族ですか?」
「そうよ。初めまして、人族様」
「なんで俺が人族って」
「耳と目」
「耳と目がどうしたって……ぁあああ‼ 隠すの忘れてた‼」
もう遅い。
「プッ………ククク、あっはははは! やだ、人族様って面白すぎじゃない!」
「そんなに面白いかなぁ、俺………」
「面白いわよ、少なくとも人魚よりずっと!」
「そ、そう………」
その後も爆笑する人魚を困惑の色を滲ませた目で見るしかなかった天宮城であった。