32ー1 息抜きの筈が
頬を撫でる風が心地よい。こんな状況でなければそう考えた。
「どこだよここはーっ‼」
見渡す限りまっさらな海と空。そして真後ろのジャングル。
人の気配など全くない。
「何故か琥珀ともリンクできないし………なんでこんな事になってるんだよ………」
項垂れながらそう呟いた。
事の発端は凛音の要望だった。
『海で遊んでみたい』
「海で? あー。そういやそういうことしたことなかったな」
進路を外れていないか確認しつつ、天宮城は折角だしそれでいいやとほんの少しだけ寄り道をすることに決める。
折角の異世界なのだ。こういう体験もきっと楽しいだろう。
「次の町に行くまでに小さな島がある。そこは観光地として知られているみたいだし、砂浜くらいあるだろう」
『じゃあ……!』
「ああ。ちょっとだけ寄り道しようか」
『ん! ありがと!』
天宮城の腰に抱きついてから船内を走り回って寄り道することを伝えていく。
今ここで船内放送すればいいのだが、と苦笑しつつ地図を真横に広げて進路を少しだけ変更する。
場所の関係でほぼ常夏といわれている諸島、ベルタ。次の目的地はそこになりそうだ。ついでに少し商売させてもらおう。
「水着と日除けの小物を多めにつくっておくか」
日焼け止めも必須だろう。それは流石に作り方は知らないので売るならアロエを主とした火傷治しだ。
日焼け止めは家族内のみで使わせてもらおう。
天宮城は黙々と作業を始めた。サングラスやパラソルなんかも出来上がっていき、水着とあわせて中々の個数が出来上がった。
「アレク。ベルタにその服着ていくの?」
「いや、流石にこれは暑いだろうからもう少し通気性のいい奴にするよ」
要するに甚兵衛である。
「私たちは?」
「いや、そこまで長い間店開くわけじゃないから。普通に皆は遊んで来ていいよ」
「じゃあ別に仕事しなくてもいいのに」
「こういう性分なんだよ。あ、水着ってどんなタイプがいい?」
セパレートタイプのものやお遊びで作ったとしか思えないスク水まで、様々な水着の絵がスケッチブックに描かれている。
「これがいいかな」
「了解」
パット見では普通のタンクトップに短パンにしかみえないタイプの水着だ。
凛音が来たので見せると、
「これがいい」
「よりによってそれ⁉」
スク水を指差している。
「いや、別にいいけどそれにするの?」
『ん』
しかも胸のど真ん中に名前がかかれている古いタイプのものがお気に召したらしい。
「琥珀は?」
「なんでもいい」
「じゃあこれでいい? 生地余ったから」
「うむ」
水着の生地が余ったので迷彩柄の海パンである。
「シーナはどうする?」
「私は服を脱げばもとの醜悪な姿に戻ってしまうので……」
「いや、別にこっちにも付与するから大丈夫だよ。それと、もし人前で着替えるようになっても大丈夫なようにこれ渡しとく」
天宮城が差し出したのは足につけるタイプのミサンガだった。
勿論腕でも問題ない。
「これ着けておいて。千切れたら新しいのあげるから」
「はい」
シーナはなぜかそれを首につけようとした。
「いやいやいや、首違いだよ⁉」
足首につけさせ、ようやく本題に。
「で、どんなの希望?」
「いえ、私は大丈夫ですので。お店を手伝います」
「店はいいよ。人手が足りなくなったら閉めるくらいに適当にやるつもりだから。折角海に遊びに行くんだし、楽しめるときに楽しんでおいで」
「ですが」
「いいからいいから。ほら、どうする?」
水着の絵を無理矢理見せながら希望を聞いていくと、意外にも露出の高いビキニを選択していた。
「きゅい」
「スラ太郎は必要ないんじゃないかな………」
「きゅぅ………」
しょんぼりと項垂れる。なんかこっちがいじめているみたいな感じになってしまった。
「つくってやれ」
「そういわれてもスライムの水着って想像できないんだけど。せめてもっと形状の変わらない動物とかだったらできるけど」
「キュイッ!」
ピーン、と姿勢を伸ばしてスラ太郎が光った。
次の瞬間、小さなドラゴンがそこにいた。
「琥珀じゃん!」
「まて! もっとこう、フォルムはこっちの方がいいぞ‼」
「諦めろ。お前はこんな感じだ」
コロッとした青色のドラゴン。形は完全に肩に乗っているときの琥珀である。
「よし、これなら作れるぞ」
出来たのは、
「キューン♪」
「これ、ライフジャケットだろう」
「だって小動物の水着って思い付かなくて………」
迷彩柄のライフジャケットだった。本人が気に入っているようなのでよしとしよう。
そんなこんなでベルタに到着。運よく快晴だった。
「んー、きもちいいわね」
「キュイ」
天宮城はスラ太郎以外の全員に日焼け止めを渡して送り出す。
「あんまり深いところには行くなよ」
『わかってる。じゃあ、いってくる』
こちらの文字で胸元にデカデカと「りんね」と書かれている紺色のスク水を着た凛音がキラキラした目で走っていった。
それを見送ってから天宮城は商品を見やすい位置に並べて船着き場に看板をおかせてもらう。
営業中ということを表すランタンに魔力を通して中に入っていった。
それを遠くから見た客が早速店内へ入ってきた。
「いらっしゃいませ。何をお探しでしょう?」
「水着がほしいのだけれど」
「ええ、こちらに」
長袖のタイプのものとサングラスを買っていった。そのお客をみた人が押し寄せ、冷房に驚きながら商品を次々と購入していく。
最も売れたのはサングラスと火傷治しだった。
水着はみんな調達してから来るからだろう。だが、水着もかなりのペースで売れていった。
天宮城の顔が少し無意識に綻んだのは言うまでもない。
それほど大量に作っていたわけでもないので午前中に完売してしまった。途中、一度万引き騒ぎはあったものの、この店のものは勝手に持ち出せない魔法がかかっているのでそれも直ぐに収まった。
折角なので砂浜気分だけでも味わおうと看板を店の中に戻してランタンの灯りをおとす。
鍵がかかっているのを確認して砂浜の方へ歩いていった。
「おおー」
中々潮風が辺りを吹抜けていくのは思ったより涼しくなかった。甚兵衛を物珍しそうに見てくる人もいるが、そんなものはどうでもいいとばかりに直ぐに雑談に戻る。
やはりこの世界の人たちは服装への関心が若干薄いようである。