31 関心が限りなく薄い
一応今日から章がかわります。
「ではな。定時報告を怠らないように」
「はい。色々とありがとうございました」
一礼をして船に乗り込む。静かに出港するつもりだったのだが最後の最後まで客が押し寄せたために何故か普段は人気のあまりない港が人で溢れていた。
「また来てねー!」
「気を付けてー!」
「魔物に気を付けろよ!」
「死ぬなよー‼」
かなり物騒な言葉で送り出された。
それにしても、この船は凄い。一週間で造れるなんて流石はファンタジーである。
船室も中々多いし、水道やガスが整備されていて、下水でさえちゃんと浄化してから海に流すという環境配慮も整っている。しかも放っておいてもある程度勝手に進んでくれるので操縦の必要も実際ほぼ無い。
代償としてかなり魔力消費は大きいがルペンドラスからすれば微々たるものである。
商船というより最早客船並みに設備が整っているのだ。ここで暮らすつもりの天宮城達にとっては本当にありがたい。
「たこ焼きできたぞー」
船内放送で呼び出す。全員がリビングに集まった。
「アレク、次の目的地は?」
「ん? ああ、港町しか寄れないけどマークフランに行こうかなって」
『水の、町』
「凛音知ってるのか?」
『ん。噂はしってる』
たこ焼きに鰹節を乗せながら渡す。中に入っている蛸は先程偶々釣れた。青色のタコだったが、毒もないようすだったので焼いてみたら緑色になった。
どういう原理だろうか。だが、食用としては広く知られているようなのでたこ焼きにしてみたのだ。
ちょっと天宮城の知っているタコより身に弾力があるが、まぁ、普通に美味しいただのタコである。色さえ気にしなければ。
「どんな島なのですか?」
「水産業で栄えてるんだ。周辺から襲われにくいことで知られているんだって」
「なぜです?」
「なんでも海竜がうじゃうじゃ居るんだって。非正規のルートだとどうしても海竜の巣を突っ切らなきゃいけないらしくて攻め込むために数で押しきるって手が使えないんだってさ」
以前勉強した内容を分かりやすいように噛み砕いて教える天宮城。
海図を広げて、
「俺達はとりあえず世界樹のある国に向かって進んでいる。俺達の持っている地位で進める最短距離はこうなる」
島をとんとんとなぞりながら目的地まで指を滑らせた。大きく南の方に逸れて進むルートである。
「何故だ? それこそ、ここを進んではいけないのか?」
「ど真ん中は流氷が流れ着きやすいから無理なんだって。壊しながら行くにも限界があるし」
「成る程な」
「それに左側のルートは貴族とか、そういうお偉いさんしか使えないらしい。俺がトパーズ様から直接依頼を受けたらまた別だけどな」
直ぐに戻ってこい、とか言われた場合はそのルートの使用が許可されるらしい。王族の権力半端ではない。
「ふぅ、お粗末さまでした。じゃあ俺作業してくるから」
『ん』
【行ってらっしゃいませ】
手早く洗い物を終えた天宮城は直ぐに作業部屋へ入っていった。
後の全員は食べ終わってもリビングで駄弁っている。
「アレクって働かないと生きていけない病気にでも掛かってるんじゃないかな」
「昔からああではなかったのだがな」
「何かあったの?」
「まぁ、少し、な」
いつもならポロッと言ってしまう琥珀が言葉を濁した。余程の事なのだろうか。
【教えていただけませんか?】
「むぅ……そうだな、細かくは話せぬが……あやつはとある事で死にかけてな、早く大人になりすぎたのかもしれんな」
「ほんの少しでも良いのです。教えていただけませんか」
シーナとしては天宮城に使える身として地雷を踏まないように確りと確認しておきたいのだ。
天宮城が過去にあったことを隠そうとしている意味を知らなければ、いつか無遠慮に踏み荒らしてしまいそうだったから。
「………母親が中々の有名人でな。家に帰ってくることが少なかった。それで手伝いのものを呼んでいたのだが、その者も色々とあって辞めることになった。そしてあやつは叔父の家に厄介になることになったのだ」
言っていいことと悪いことの境目を見極めるように、ゆっくりとゆっくりと言葉を選びながら話していく。
「だが、その叔父が最低でな。あやつを育てる金をほぼ全て酒にあてた。最初は飯がなくなり、そのうち住む場所すら一切の配慮もない倉庫に追いやられた。その上酒癖が悪く酔えば倉庫から引き摺り出して気が済むまで暴行を加えるやつだった」
【死にかけたというのは】
「倉庫に冷暖房などという物はない。だから未だに着るものには一切の妥協をしない」
凍え死にそうになるという経験は、辛い。段ボールと一枚の毛布で生き延びた天宮城は今生きているのは奇跡といえよう。
「それだけではない。叔父から毎日動けなくなるまで暴行を加えられていたのだが、本当にそれが酷かった時期があるのだ」
『何、されたの?』
「見知らぬ場所に置き去りにされたこともあるが………崖から突き落とされかけた事もあったな」
かけた、というのはギリギリで木に引っ掛かって助かったからである。木が生えていなかったら死んでいた。
とてつもないエピソードに全員が冷水をかけられたかのように固まる。
しかも天宮城は投擲や射撃が非常に優れているだけで接近戦は雑魚レベルである。
ある程度まで近づかれると本当の意味で使い物にならない。鍔迫り合いする以前にここの世界の人ほど膂力がないために直ぐ様戦闘から弾き出されてしまう。
そのレベルの、しかも子供がそんな仕打ちを受けて無事でいられるのだろうか。答えは、NOだ。
「痛みを耐えようとするあまり、あやつは痛覚が異常なまでに鈍くなってしまった。その代わりというか、危険を察知する能力や聴力は目を見張るものがあるが」
いつも魔物の接近に気がつくのは天宮城だ。
それは単に耳がいいから、というわけではなかったようだ。
死の危険を嗅ぎ取るのは誰よりも早い。
「だからかもしれんな。あやつは何事にも無関心だ。そう見えないように取り繕えてしまうのが余計にたちが悪い」
シーナはそういわれて気がついた。
天宮城が恐ろしい記憶を思い出しながらも笑顔を作れるのは、過去に関心が限りなく薄いからなのだと。