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30 秘密

「アレク様! 小物の在庫がもう殆どありません‼」

「うっそ⁉ 昨日作ったよ⁉」

「作った分が午前中に売り切れてしまったんですよ!」


 慌ただしく走り回っているのはシーナと天宮城だ。イリスに頼んでつくってもらった船で営業再開したのはいいが、店が焼けたことで寧ろ注目されたらしく、お客さんの数がとんでもないことになっていた。


 琥珀など白い顔をしてただひたすらにレジうちをしているだけの機械になっている。


「昼休憩まで追加無理ってお客さんに伝えておいて」

「承知しました」


 スラ太郎まで商品整理に駆り出される始末。これ、いつになったら休みが来るのだろうか。


 満員で悪いことはない。寧ろ店としては大助かりだ。だが、休みがないのはキツすぎる。定休日として水曜日だけはお休みをもらっているが、休みというより在庫補充しているだけである。


 結果、ずっと仕事をしているのだ。


 また倒れそうなハードスケジュールである。


 てんやわんやで動き回って昼休憩。リビングで全員がぐったりと寝転がっていた。足はちゃんと炬燵に入っているところがやはり家族なのだろう。


「あー、疲れた………」

「眠い………」

『アレク。指刺しそう』


 スラ太郎を枕にしながら適当に針仕事をする天宮城。適当とは言っても手つきは鮮やかなまでにこなれていて一寸の狂いもない。


「ここまで注文が多いのもキツいよなぁ………」

「良いことですよ」

「そうなんだけどな」

【昼食はどうなされますか?】

「昼かぁ………リクエストある?」


 そう聞いた瞬間、


「ドリア!」

「ハンバーグがいいぞ!」

『鍋』

【どんなものでも大丈夫ですが、強いて言うなら炒飯が】

「パスタ食べたいです」


 ここまで見事に別れることがあるだろうか。


 逆に全員被らないのは凄いと思う。


「材料がなぁ。時間かかるから鍋は夜にしようか。何鍋がいい?」

『きむち』

「わかった。準備しとく。で、昼は米が無いから炒飯とドリアは無理、挽き肉もないから必然的にパスタだな。それでいい?」

「「「わかった」」」


 そこから先の動きは早い。直ぐ様お湯を作りはじめて掛けるソースも別で作っていく。


 冷蔵庫の中の物を早めに何とかしたいためにパスタなのだ。別にいつでも食べ物は出せるが、腐らせるのも勿体ないので。


「さっさと食べちゃって。洗い物は自分で済ませろよ」


 炬燵でパスタを食べる。スラ太郎の場合、炬燵には入っていないが。


 食べ終わって順番に皿を洗いに行く。琥珀とアインが帰ってくると、凛音とシーナが同じポーズをしていた。


 ポーズというか、ジェスチャー。人差し指を立てて静かにして、という意味を表すあれだ。


 見ると、天宮城が机に突っ伏した状態で寝てしまっていた。


 手に布と針が握られているので縫いながら寝てしまったのだろう。ある意味器用だ。逆に言えば結構無理をしていたのかも知れない。


 人前で無防備になることがあまりないので寝落ちしているシーンは意外と貴重だったりする。


 それだけここにいる人達を信頼しているのかもしれないが。


「寝かせてあげておこうか」

「………だな」


 昼休憩の時間が終わっても天宮城が起きることはなかったのでスラ太郎を残して全員が店に出る。


 いくつかの商品が売り切れてしまった。また天宮城に頑張ってもらうしかないようである。


 交代で全員が休憩できるようにシフトが組んである。シーナが休憩になったとき、天宮城がようやく起き出した。


「ふぁ………? ん? 今何時」

「おはようございます。よく眠れましたか?」

「え? うん。スッキリしたよ。寝すぎたね」

「仕方ありませんよ。ここ数日気が休まるときが無かったのですから。それよりもお話ししたいことが」

「?」

「なぜ、返済を?」


 その事か、と天宮城は呟く。


「特に意味はないよ。そうしたいと思っただけ」

「それだけであんな大金を」

「シーナもわかってると思うけどうちは今大繁盛してるから問題ないよ。シーナがどうしてくれるか、それを選んでくれただけで充分さ」


 シーナは奴隷ではなくなったが、今でもここで働いてくれている。給料などあってないようなものなのに。


 衣食住の面倒を見ているくらいだ。こちらがやっているのは。


「それと、シーナなら俺たちのこと秘密にしてくれるかなって思ったんだ」

「………秘密、ですか?」

「俺の帽子取ってみて」


 よくわからないが、言われるままに帽子をとってみる。狼耳が、無かった。


 いつもならそこにあるはずなのに。


 シーナは元々耳があった場所を触ってみる。普通に頭だった。


「耳がありません」

「ははは。ここにあるよ」


 髪をかきあげると耳が出てきた。肌色の、丸い耳。皮膚だ。毛皮じゃない。


「さわってみても?」

「どうぞ」


 そっと触れてみる。意外にも冷たかった。


「これは、一体……?」

「俺、人狼族じゃないんだ。そもそも人狼の血なんて一滴も入っていない」

「え?」

「俺は……一応、人間(ヒューム)族なんだ」

「………え?」


 シーナが固まった。なにか言おうとしているようだが、言葉になって出てきていない。


「で、では、その、コハク様も? アイン様も?」

「いや、人間なのは俺だけ。琥珀は正直わかんないけど」


 いまここで言うべきではないかもしれない、そう思ったが。言わずにはいられなかった。


 一緒に働く身として、これはどうしても話さなければならない道で。いつかはバレること。


 天宮城は小さくため息をつきながら苦笑した。


「とはいっても俺もよくわからないんだ。人族ヒュームがどんな立場なのか、どんな存在なのか。俺の住んでたところは寧ろ人族のすむ場所だったし」

人族ヒュームのすむ場所………」

「多種族はいなかった。魔物もいない。魔法もない。そんな場所」


 天宮城はシーナにこっそりと話し掛ける。


「もし嫌だったらここから離れてもいいよ。俺が異質なのはよくわかっているつもりだし、世間知らずだしね。出港までよく考えるといい」


 人間と一緒にいることで何かしらの面倒には巻き込まれてしまうだろう。そういう配慮での発言だったのだが。


「……ふふ、答えは最初から決まっています。ドンとこいです。そんなこと、どうでもいいです」


 返答はその直後で。どこまでも真っ直ぐな強い意思のこもった言葉だった。

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