29ー1 絶望の先に
涙を流しながらシーナが土下座をする。
「申し訳ございません‼ こんな、こんなことが………!」
天宮城は少し困った目をしながらもシーナの背をさする。
「大丈夫。またいくらでもなんとかなるさ。お金ならあるし、なけりゃまた何とかする手立てはあるから。それにシーナはなにも悪くないよ」
傷だらけの手で、優しくシーナに語りかける。そこに琥珀達が走ってきた。
「これは……!」
「なんてこと………!」
スラ太郎はオロオロとその場を跳ね回りながら心配そうに天宮城を見つめる。
『アレク、なにがあった?』
「俺もよくわからないんだけどね。ちょっと布の買い出しに行ってたら、さ」
そういった瞬間、また泣き崩れながらシーナが土下座をする。
「本当に、申し訳ございません! 私の、私の責任で………!」
「いや、シーナはよくやってくれたよ。こんな手になってまで、よく頑張ってくれた」
凛音に目配せをして、天宮城の意図に気がついた凛音がシーナの手を治す。
血だらけで、マメが幾つもつぶれていた。
「いくらでもこの先はどうにでもなるさ。皆無事ならそれで」
「ですが、折角のお洋服が………!」
「大丈夫大丈夫。また作ればいい」
暫く泣いたからか泣き疲れて寝てしまったシーナを背負う天宮城。その手はなにかに引っ掛かれた痕のようなものが大量に残っていた。
「アレク。説明して」
「さっきも言ったけど、俺は買い出しに出たんだ。店はもう閉めたから留守をシーナに任せたんだけど、それが迂闊だったみたいで。火を放り込まれて、それを消そうと奮闘してくれたみたい」
『じゃあなんでアレク怪我してる?』
「消そうと頑張ってくれてたんだけど、煙を吸いすぎたのか焦りすぎたのかシーナが倒れたみたいで。その時に俺は気付いてこっちに来れてたんだけど天井は既に落ちてて、それを退かすときに手を、ね」
見ればもうその怪我はないが、特に酷かったところの傷痕はそのままになってしまっている。
「それでシーナを連れてなんとか出たんだけどその時にはもう消火なんて不可能なくらいになっていた。直ぐ近くに他の建物がなくて助かったよ」
服も破れやほつれ、焦げが目立つ。相当大変だったようだ。
「あ、心配しなくていいよ。お金は全部針に入れてるし、エアコンとかも全部壊してあるから」
『心配してるのそこじゃない。アレクが心配』
「そうよ。アレクが大丈夫?」
天宮城はにっと笑ってみせ、
「これぐらいでへこたれてられるかってんだ。俺の防犯意識が低かっただけさ。次は上手くやるし、チャンスもある」
「でも、服は?」
「服、は………途中で回収してきたのもあるから」
『全部じゃないんでしょ?』
「そりゃぁな。二割は回収できたぜ」
その一部も焦げていたりして商品になりそうもない。だが、それはあえて言わない。
【犯人は探さなくてもよろしいのですか?】
「ああ、いいよ。別に。疲れるだけだ……それに見付けたところで店は戻ってこない」
汗を滲ませながら笑顔でそう言うアレク。どうみても無理をしている。
「服なら俺、どんどん作るしさ。資金もあるからまた物件を探しに行こう。次はもうちょっと裏道に近くても店の名前は売れてるからきっと直ぐに繁盛することはできるだろうし、もしそれが難しくても俺が戦えるようになれば、きっと―――」
『アレク。もういい。服なら作らなくてもいい。こんな思いまでしてやることない』
「凛音………」
片目が赤色に戻ってしまっていることに気付かないほど疲れていた。凛音は天宮城に鏡を向けると、それに気づいた天宮城は目の色を隠す。
「………ああ、ごめん。面倒なのは判ってるけど、俺がやりたいことなんだ。辛いからって投げ出すつもりはないよ」
「アレク………」
すると、イリスがどこからか走ってきた。
「アレクさん! あれ、どうなってるんです⁉」
「イリスさん。ちょっと油断したらやられちゃいました。在庫も全部無くなったので暫くは営業再開出来ませんけど」
疲れてはいるが、悲しんでいるようにはみえない天宮城の表情に違和感を覚えたイリスはそれを直接天宮城に聞いてみた。
「アレクさん、……悲しんでますか?」
「元気ですかー、みたいなノリでいわれても。まぁ、悲しんではいないかもしれないですね。悲しんでる暇があったら服作らないと再開の目処はたちませんし」
「そこまで急がなくてもお金はあるでしょう?」
「うーん、あるっちゃあるんですけど。こういう性分でして。お金が本当に無い時のことを考えると、どうしても稼がなきゃと思うようになってまして」
幼少期に金の重要性は文字通り体に叩き込まれた。あまりあるくらいまで金を稼いでいてもいつまでも安心できない性格になっている。
商才があるのが余計にたちが悪い。
「そうですか。今日住むところは?」
「適当に宿でも見つからないかな、と」
「今の時期は難しいと思いますけど………」
「ですよね……まぁ、いくらでもなんとかなるので大丈夫ですよ。店もまた新しく開けばいいので」
「あ、そうだ。何故あんなことに?」
「放火です。店の方では暖房も全部魔力式なので火は扱ってないんです。魔導コンロも火が吹き出るタイプの物ではないですし」
火の元が最初からあるはずがないのだ。なにせ天宮城が改造を加えていた店なのであからさまに危険なものは置くはずがない。
「………では、今日はうちに泊まっていかれませんか? シーナさんが特にお疲れのご様子ですし」
「………では、お願いしてもいいですか?」
「はい、こっちです」
本当は断ろうかと一瞬思ったが、今の時期は魔力嵐が吹くために冒険者が町に留まるためにどこの宿も一杯だと聞いていたからだ。
それに、シーナが落ち着くための時間が必要だと思ったからだ。
「ところで、次の会議は出られるんですよね?」
「? 会議ってなんですか?」
「もしかして聞いてないんですか」
「なんにも聞いてないです」
「Dランク以上の商人ギルド員が参加を義務付けられている町ごとの会議です。Fランクから見ることも可能ですが、たまに急成長しているギルド員だと参加を義務付けられることもあるそうです」
あの店なら確実に呼ばれると思っていたのですが、と付け足すイリス。
「いや、聞いてないですね……あ。ギルド行ってないからですかね」
「行ってないんですか⁉」
「だって納税の義務って1ヶ月からって言ってたじゃないですか。まだ1ヶ月経ってないです」
「普通はあれくらい人が入ってたら毎日でも報告に行きますよ………? ランク上がったら納税の税率が減るんです」
「へぇー」
今知った天宮城。そもそも忙しいという理由と単に面倒だったという理由の二つあるのは黙っておいた。
「そりゃそうですよ。会議に参加どころか傍聴すら認められていない階級ですよ、Gって」
「まぁ、別に上がらなくてもいいかなって思ったりしてまして。正直お金さえ稼げればなんでもいいっていう感覚なんですよね」
無意識に金の亡者をしていたらしい。