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28 あのお客様

「マジで頭痛い………」


 水で濡らしたタオルを額にかけて死にそうな声色でそういう天宮城。


「お水、持って参りましたが」

「ああ、ありがと……ごめん、また使い物にならなくて……」

「それは構いませんが。聞いたところによると相当無茶をされたようで」

「まぁね………琥珀もダウンしてるんだよな?」

「はい。コハク様も唸りながら頭を押さえていらっしゃいます」


 額のタオルを水で浸す天宮城の顔には疲れがしっかりと刻まれている。


 目の下には隈も出来ていて、相当辛そうに頭をなんどか叩いている。


「あー、痛い………やっぱりあっちで下手に力は使えないな………」

「?」

「シーナと一緒だよ。俺の力さ」

「アレク様も私と同じ力を?」

「ハッキリとは話してなかったっけ。こんな感じのことができるんだよ」


 パチン、と指をならすと籠いっぱいのお菓子の山が現れた。


「こんな風に好きなものを好きなだけ出すことができる。その分体力を使うんだけど、便利ではあるよ」

「凄い…………」

「それと、ッ………」


 ポケットから取り出した針を親指に突き刺す天宮城。赤い液体が出てきた。だが、それを拭った時にはもう傷がなかった。


「ほら、もう治ったでしょ?」

「本当に便利ですね………」

「その分危険だけどな」

「危険?」

「よく手におえなくなるんだ。要するに、暴走するんだよこれ」


 肩を竦めてそういう天宮城。そんな動作でさえ辛いのか、息が若干乱れている。


「使えるようになれればいいんだけどね。それに下手に使うと数日寝込むからさ」


 夢の中では非常に便利だ。だが、日本ではほぼ無意味な能力とも言える。それなのに使いづらいというのは中々大変だった。


「ま、気にする必要はないと思う。俺と琥珀が寝込んだら能力関連だと思ってくれていいから」


 チリン、と入り口のベルがなるのを聞いた天宮城はそれまでの様子を見事に隠し通し、何事もなかったかのように接客にあたった。


 額にタオルをかけてぐったりしていた人と同一人物には見えない。


「ありがとうございました」


 頭を下げて、客が出ていったと見や否や奥へ入っていって椅子をいくつか繋げて寝転がる。


 そこまでキツいのなら接客やめればいいのに、とは思うが仕事人間がそんな言葉をちゃんと実行する筈もなく。


 結果として客が来る度に起き上がって帰ったら休んでを繰り返していた。


 また、ベルがなる。天宮城が見に行くと、あの男性と一番最初に来た女性が一緒に来店してきた。


「いらっしゃいませ」

「どう? 繁盛は?」

「はい。お陰様で従業員を雇える程になりました」

「それは重畳。また服を選んでもらってもいいかしら?」

「勿論です。どうぞ」


 服のリクエストを聞きながら世間話をする。


「それにしても、お二人とも面識があったので?」

「うむ。彼女からこの店を聞いてな」

「そうだったのですか。あ、これなんていかがです?」


 全身コーディネートの見本をいくつか見せながら、客好みにアレンジしていくのがこの店のスタイルだ。


「おお、なかなかいいな」

「ここはもう少し装飾がほしいわね」

「それでしたらブレスレット等で上から重ねる手もございますよ」


 三人で何着かの服を選び、試着を終えてからレジへ。


「あら、この方が新しい従業員さん?」

「ええ」

「美しいではないか。どうだ、いい働き口を知っているが働く気はないか?」

「お客様。従業員の勧誘は止めてくださると嬉しいです」

「ははは、すまぬな。以前はよく顔が見えなかったのでな」


 奴隷とはいえ、否、奴隷だからこそ引く手数多になってしまうのかもしれない。


 大量の服を購入した二人。時間もあるということで一緒にお茶を飲むことになった。


「どうぞ。お口にあえばいいのですが」

「っ、美味い。うちの執事より美味いな」

「素人の付け焼き刃ですけどね」


 やっぱり家に執事いたんだ、などとどうでもいいことを考えながら天宮城もカップを口に運ぶ。


「ほんと、美味しいわ。なんという茶葉で?」

「これはレモングラスとジンジャーのブレンドですね。最近は冷えるので熱くても飲みやすいものをと選んでみました」

「ほう。茶葉をわけてもらえるか? 勿論金は払う」

「いえ、本日は沢山お買い上げくださったのでサービスでお付けしますよ」


 意外にも好評だった。


 そしてもっと好評だったのが、


「「こんなに甘いもの初めてだ(ですわ)」」


 お茶菓子として出したチョコクッキーだった。クッキーを食べたいとアインが言ったので作ったやつの残りなのだが。


「そうでしょうか?」

「この黒い粒は一体なんなのだ?」

「チョコレートですけど………? …………あ、もしかしてここにはチョコレート無いんですか?」

「初めて見た。どこで買ったのか教えてはもらえないだろうか」

「これ、故郷のお菓子なんですよ。故郷の場所は流石に教えられないです」


 チョコレートがなかったということにしまったと内心で顔をしかめる。やはり食べ物はあまり大量に出すのも良くない。


「情報料なら払うぞ」

「いえ、流石にいくら積まれても教えることはできかねます」

「どうして?」

「自分のような者を匿ってくれた故郷が荒らされるのは、嫌なのです。勿論お客様方がそれをされるとは思っておりませんが、人には善も悪もありますので」


 帽子を取ってピンバッチを前に向ける。


「今はとある方からこれをいただいたので何とかなっておりますが、自分は混ざりモノでして。それの何がおかしいのかと思ってしまうほどには世間知らずなのです。それまで混ざりモノと言われることもありませんでしたから」

「そんな場所が今の時代に……?」

「迫害されるのは目に見えてしまうので。自分の故郷はいろいろと珍しいものが多いため、情報の持ち出しは本来厳禁なのです」


 かなり嘘、というかまぁ、間違っていないこともないような隠し事まみれの故郷事情を話す。


 実際、故郷のことは『情報を持ち出せない』としか話していない。


「そうか、ならば仕方ないかもしれんな」

「そうね。流石にそこまでして欲しいとも思えないですし」


 この二人もそこまで本気ではなかったようであっさりと諦めてくれた。


 一番ヒヤヒヤしているのはシーナだろう。


「それにしても美味しいわ。貴方料理人になれるわよ」

「そう言っていただけると光栄ですね。戦いには能がないので」

「こんないい仕事をする人を出兵させる馬鹿はいないだろう。もしいたら是非とも我々を頼ってくれて構わない。そうだ。おい、あれはまだあったか」

「ええ、ありますよ」


 天宮城が首をかしげているのもお構いなしで二人が取り出したのはカプセル状のなにかが先端についたネックレスだった。小さな紙に細かくなにかを書いたかと思うと、二人はそれをネックレスにしまい、天宮城に渡した。


「これを肌身離さず持っておくといい。きっと一度は、一度くらいは何かの役に立つだろう」

「あ、ありがとうございます………?」

「ふふふ、その時になったら判るわ。なるべく人には見せないでちょうだいね」


 よくわからないがとりあえず首からかけて服のなかにしまうと、二人は満足そうに頷いて席を立ち上がった。


「お茶、美味しかったわ。また来るわね」

「それではな」

「ご来店ありがとうございました。また、いつでもお越しください」


 ハーブティーの入った袋を一人ひとつずつ渡し、二人を見送った。


「夫婦なのかな?」

「いえ、種族が違うので多分夫婦ではなく友人でしょう」

「へぇ。仲良さそうだよな。お二方も気さくに接してくださるし」


 そろそろ仕事も終わりの時間だったので早めに店仕舞いをした。


 そして、この店の入り口が開かれることはそれ以降二度となかった。

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