26ー1 不思議な来客
これほどまでに思い詰めているのに笑みを崩さずになんでもないことのように振る舞える、そんな天宮城。はっきり言って異常だった。
サイコメトラーのシーナは触れることで相手の考えを読んだり物に残っている残留思念といったものを感じることができる。
天宮城はそれを利用して今自分が何を思い出しているのか直接見せたのだ。
「シーナ。いくよー?」
シーナが見たのは全身に血を浴びながら死体の上で泣き叫ぶ、子供の頃の天宮城だった。
かなり衝撃的なものだったのですぐに手を離してしまった。天宮城は今ずっとこれを思い出しているはず。なのに、いつも通り。
天宮城から伝わってきた恐怖や怒りは直接届いた。尋常ではない感情の塊。それを発している人が、平然としている。
心で泣いて表情には全く出していない。シーナは単純に恐ろしいと感じた。
触れるまで本当に何を考えているのかわからない。
「シーナ」
「あっ、は、はい!」
「行くってさ」
気づけば天宮城の隣には凛音がいた。天宮城は笑顔で凛音と他愛もない話をしている。
『アレク、なに話してた?』
「特に大した話しはしてないけど、妥協案で敬語はOKってことになった」
『そう』
凛音へ向けているのは本心の笑みなのか、それとも作っているのかわからない。それどころか、いつもの笑顔でさえ嘘なのではないのだろうか………
「あ、そうだ。折角だからここで昼食べておこうか。暇だし」
「了解」
まるで何事もなかったかのように鞄から食べ物を取り出す天宮城に底のない沼のような恐怖を覚えていた。
「おお、お疲れさん。今日は定休日だっけ?」
「はい。ちょっと外に行ってきました。それで、とれた皮を売りたいのですが」
「任せろ。何がある?」
「えーっと、これです」
説明するのが面倒くさくなった天宮城は籠一杯にはいっている毛皮を店主に渡した。
「やっぱり本当に状態がいいねぇ。上乗せしとくよ」
「本当ですか! ありがとうございます」
「でも、服には使わないのかい? いい素材になるよ?」
「あー、僕毛皮の扱いがわからないですし、売れるかどうかって言うと正直微妙なところかなぁ、と」
「コートとかは?」
「どうしても重くなっちゃうんですよ。僕、庶民向けに作ってるのでやっぱり動きやすい服が売れるんですよね」
天宮城達は別々に分かれてから売りにきた。因みに天宮城のグループは天宮城とシーナである。
買い取りの証明書を書いてもらってからぴったりの金額を受け取って店を出た。
「アレク様」
「ん?」
「今、何を考えていらっしゃるのですか?」
「おお? おお?」
ニヤっと口角をあげて、
「人の気持ち、知りたくなってきた?」
「いえ、そういうわけでは」
「ま、君の力は君だけのものだ。自分のために使えばいい」
小さく笑ってすぐに視線を歩いている方向に戻してしまう。
話す気があるのかないのか微妙なラインだ。
「何故、私にこの力があると?」
「…………知りたい?」
「差し支えがなければ」
「俺も君と同じだからね。家に帰ってから証拠は見せようか」
いい匂いが漂ってきた。甘い、綿菓子のような匂い。
実際にそれは綿菓子だった。白い砂糖ではなく黒糖で作られているようでなんか茶色い。
天宮城は気になって買ってみた。
「んー、わたあめだな。ただちょっと雑味がするけど。食べる?」
「主人の物をいただくなど………」
「だからいいんだって。ほら」
前につき出されたので仕方なく少しちぎって口の中へいれる。
「甘い…………口にいれた瞬間になくなります」
「砂糖を溶かして作るお菓子だよ。俺の知ってるやつの方がもう少し美味しい気がするなぁ………今度機械作ってみようかな」
どうでもいいところに力をいれる癖は健在のようすである。
「そうだ。シーナって何か欲しいものある?」
「欲しいもの、ですか」
「ああ。常識の範囲内だったらそれなりのものは揃えられるけど」
「いえ、大丈夫です」
「またそんなこと言う………」
あんまり美味しくないとか言いながら綿菓子を口にいれていく天宮城。もう半分くらいなくなった。
「本当に大丈夫ですから」
「…………ま、シーナはその内稼げるようになるから自分の金で欲しいもの買えばいいだろうしな」
押し付けることもしたくないのでそう言った天宮城。
「何故、服の店を?」
「なんでだろうな………職業もそうだけど、やっぱりずっと同じところで暮らしてたからどっか行ってみたいってのはあるな」
あの場所から、出ようとは思わなかった。あそこは自分のいる場所だと思っていたから。
「アインと会って、色々変わったからな。ちょっと見てみたい世界が俺にも出来たんだ。シーナもいつかそう思えたらいいな」
家に戻ると、誰かが店の前にいる。
今日は定休日だという札もかかっているはずなのに。
「誰かいるな。先に上に行くか?」
「いえ、お付き合いします」
「そう。じゃあ来て」
買い物の紙袋を抱えながらその人のところへ行き、
「本日は定休日ですが、いかがなされましたか?」
そう声をかけると、金色の目をした男性ががっくりと項垂れる。
「定休日………なんとか抜け出して話題の店を見にきたってのに………」
「は、はぁ…………」
落ち込みすぎだろう。
「明日はやっていますが?」
「今日くらいしかこれないから、急いできたんだ………」
なんか不憫なまでに落ち込んでいる。素直な性格のようだ。
「あー………少しだけなら、店、開けましょうか」
「いいのか⁉」
「本当は駄目ですけど、誰にも言わないと約束してくださるのなら」
「もちろんだ!」
つかみかかりそうな勢いで喜ぶ男性。天宮城はシーナと目を会わせて苦笑し、
「では中から開けますので少々お待ちください」
そう言って一旦外から二階の居住スペースに上がって店におり、中から鍵を開ける。
「どうぞ……………あの、どうされましたか?」
「ば、バレないようにと言われたのだから隠れた方がよいのだろう?」
「寧ろ目立ってると思うのですが………」
植え込みに体を突っ込んでいる。バレバレだし、不自然すぎる。
「さ、寒いな……中は暖かいと聞いたのだが」
「ずっと暖めてる訳ではないですから。暖房はとりあえずいれたのでもう少しお待ちいただければ暖かくなります」
「暖炉でもあるのか?」
「流石に火は服が燃えるかもしれないのでつかっておりません。企業秘密です」
そう言われて少し残念そうな顔をしてから、男性は目を輝かせて服を見始めた。
「これ、これはなんの素材か⁉」
「綿ですが………?」
「こんなに柔らかく軽いものは始めてみた」
服そのものがそういうものだと思っていたらしい。
「ここで売っているものは基本的に庶民向けですので動きやすさを重視しているんです。動く上で支障が出てしまえば日々の仕事に差し支えますので」
「そうなのか。だが、執事の服も重いものが多いぞ?」
「あれは礼服ですから。色々ありますが服はカジュアルとドレスの二種類に分けられます。スーツやドレスコードなんかはドレス、そこにおいてある服のほとんどはカジュアルです」
天宮城は今はここにおいてあるものと同じ服を着ているが普段は礼服である和装を基本的に着ている。
楽な方がいいのかとも思ってしまうが、客を前にする仕事で適当なのもいただけないからである。