25ー3 シーナを選んだ理由
数分して琥珀達が追い付いた頃には天宮城の体力は回復はした。精神的には立ち直れていないが。
「どうだった」
「頭痛なんてどっか行ったよ………」
遠い目をしながらそう告げる天宮城。まだなにもしていないのに疲れきっている。と、ピク、と眉が動いた。
「………音がする」
音の聞こえる方向を探りながら、周囲を警戒し始める。
「戦闘音か?」
「いや、違う。戦ってるような音じゃなくて………純粋に歩いてるだけみたい」
先程までの燃え尽きたような表情はどこへやら。スッと目を細めながらある一点を見つめる。
『あっち?』
「ああ。あっちだ」
まっすぐ指を指した方向にあるのは湖だ。
「水を飲みに来た動物や魔物がいるのでしょうか」
「いや、そんな感じじゃない………これは、敵意か?」
小さい頃から狙われやすかった天宮城はそういうことを見分ける直感が特に優れている。
聞こえてくる音や空気から細かな敵意を測ることができるのだ。
「もう少し進んだところに丘があったよな? あそこに行けば多分見える」
「じゃあ行こうか」
先程スラ太郎が確認したところなので間違いはないだろう。実際に少し進んだだけで丘が見えてきた。
天宮城はそこに登って指を指す。
「あそこ」
「「「⁉」」」
魔物の大集団だ。初心者に推奨されている低級の魔物から、上級者向けの相当強い魔物まで、その数ざっと、
『150くらい』
「だな」
湖のほとりにずらっと並んでいる。
「なぁ、アイン。これがスタンピード?」
「小規模だけど、そうね。本当に危険なやつは数えきれないほどいるはずだから」
スタンピードというのは魔物が群れとして人里を襲う生きた災害のことである。
普段は弱肉強食、食物連鎖というもののせいで下級の魔物と上級の魔物が手を組むことは先ずない。というか、喰われる。
ただ、ごく稀にそれを無視して起こることがある災害がスタンピードなのだ。理由ははっきりしていない。
「凛音。何て言ってるか聞こえる?」
『遠すぎるし数が多すぎてなに言ってるかわからない』
「そっか」
天宮城はじっと見つめてから、
「追っ払ってみる?」
「出来るのですか⁉」
「また敬語………脅かしてみようかなと。全部殺すのはちょっと可哀想だし、このままだったらシュリケが襲われる。ちょっかいかけてみるのも手かなって」
それで寧ろ逆襲をうけるという発想はないのだろうか、とシーナが唖然とする。
『アレクはこういう人。常識押し付けるの諦める』
酷い言われようである。
「キュイ」
【どうされますか? この場が見えてしまいますが】
「ああ、ちょっと弾に細工したから多分ばれないと思う。それにあんまり殺傷性がないやつを一発いれてみるだけだから大丈夫だと思うけど」
周囲が諦めたような空気になる。もう勝手にやってくれ、といった感じだ。
「じゃあ一発やってみよっか」
腰のポーチから金色の針を取りだす。一気にそれが巨大化してバズーカになった。
「こ、これは………! 血統魔法ですか⁉」
「決闘?」
『アレク。そっちじゃない』
目を丸くして驚いているシーナ。天宮城的にはこれの何がおかしいのかわからない。
「聞いたことがあります。とある王族の家系では金を武器に変える力を持つと。まさか、その―――」
「いや、全然違うから。っていうかその力怖いな。金さえあればいくらでも武器が作れるって、まさに錬金術って感じで」
天宮城は笑いながら手元のハンドルを回し、とある弾をセットする。
「何をする気だ」
「音と光が出るもの打ち込んでみようかなと」
ガチャン、と構え。引き金を引いた。
音もなく、打ったのかさえわからないくらいに人の目にはとまらないように細工をしたその弾は大きくカーブを描きながら魔物の群れのど真ん中の上空まで飛び、
パーン、と音を立て赤い光を散らしながら爆発した。
琥珀には見覚えがあった。
「………花火か」
「そう、花火。いや、変わった弾があるなって前々から思っててさ。面白そうだったから使ってみた」
そう、それは花火だった。
バズーカから打ち出される花火というのも、またシュールな光景である。
「お。驚いてる驚いてる」
「あ、半分くらい逃げたわよ」
花火の力恐るべし。魔物が、特に下級の魔物が我先にと森の奥へ避難していった。
「ただ、面倒なのが残ってるなぁ」
そう、逆にいえば上級の魔物が多く残ってしまっている。70匹くらいだろうか。
「もう一発やってみる」
そう言うが早いがすぐに引き金を引いたがもう魔物の方も慣れてしまったようでほとんど驚かなかった。
「どうする?」
『倒すならアレクで一網打尽』
「いや、確かにあれだけ固まってたらやりやすいけど」
そもそも肉を獲りに来ただけなのに面倒なことになったものである。
「火力高いのだと肉が残らないし、なんかあんなに数いるのに殺しちゃうのもちょっと」
【殺せばいいのです。拙者がお手伝い致します】
「………スラ太郎ってそんな性格だった?」
突然容赦がないスラ太郎にタジタジとしていると全員が天宮城の方を向く。
「アレク。あれはスタンピードよ。まだ来てはないけどいつか町を襲う。いまここでやらなかったら犠牲が増えるのよ」
「そうです。アレク様。私の故郷もあれで滅びました。危険なものは排除するべきです」
皆天宮城任せである。
「じゃあ皆でやってくれよ」
「私じゃ撃ち漏らしちゃうもん」
「はぁ………」
ため息をつきながら照準を合わせ、ハンドルを回して弾を変える。
「………とりあえず何匹かやるから」
かちり、と無慈悲な音が鳴り、手前にいた蜥蜴のような魔物が頭部を破裂させるようにして死んだ。そしてまた一匹、そしてまた一匹と少しずつ確実にその場から命が消えていく。
それの異常性に気付いた他の魔物が少しずつ逃げてその場に残ったのは死体のみになった。
「はっぁああああ…………」
長いため息をつきながら肩を落とす天宮城。かなり落ち込んでいた。
「アレク。ごめんなさい。毎回辛いことさせて」
「もう仕方ないって割りきってるからいいよ。ちょっと精神的に疲れたけど」
地面に身を投げ出し空を見上げる。恨めしいほどの青空が広がっていた。
人の気も知れないで。とつい悪態をつきたくなる程度には天宮城もまいってしまっている。
【では拙者はあれの回収を】
それなりに数もあったので天宮城とシーナを残した全員が行くことになった。
天宮城もシーナもしばらく無言でいたが、
「ご主………アレク様。なぜそんなにお辛い顔をしていらっしゃるのですか」
「だから敬語」
「申し訳ありません。もうこれは癖だと割りきっていただきたいです………」
本人も努力しているのだがタメ口というものがあまり理解できていないらしくいくら頑張ってもこれなのだ。
もうそろそろ天宮城もわかってきていたので、
「わかったよ……じゃあそれでいいけど。で、なんでこんな顔してるかって話だっけ」
「はい。その、当然ではないのですか? 生きるために殺すのは」
「そうだな………そうかもしれないな。じゃあシーナ。手、出して」
シーナが首をかしげながら手を出すと天宮城がそれを握った。その瞬間、シーナが小さく悲鳴をあげて耳を押さえながら座り込む。
「ああ、ごめん。ちょっと刺激が強かったかな」
「今のは………記憶、ですか」
「うん。何年か前だな」
困ったような顔をして、頬をかく。
「いや、俺の手で殺したっていう感覚が抜けなくて。虫を殺すときはなんか感覚が違うからそう思わないけど、赤い血が流れている動物を殺すと、思い出すんだよ」
息を吐きながら立ち上り、
「俺はどう足掻いたって人殺しだから、さ。こういうのも戒めだって受け入れる必要があるんじゃないかなって思うんだ」
あ。と呟きながら振り返って、
「今の、琥珀は知ってるけど皆には内緒ね。これ命令ってことにしておくからよろしくな」