25ー2 シーナを選んだ理由
シーナはそれから恐ろしい勢いで働き始めた。
何故かと言うと、
「アレクの馬鹿」
「………うん。俺も馬鹿だなって思ってるよ」
過労で天宮城が倒れたのだ。ミシンで作業中に突然意識を失ったので危うく手が縫われるところだったのを凛音がギリギリで気付いてミシンを破壊し難を逃れた。
ミシンと縫っていた服は大破。お陰で天宮城の心も折れそうである。
「今日は休まないと」
「休めないよ、まだお客さんは沢山入ってくるし………」
といいつつ再び意識を失い、階段から落下。スラ太郎が階段下にいたから助かったものの、下手したら死んでいた。
現在、ソファに縛り付けられている。
「働きすぎで倒れるなんて本当に馬鹿よね」
「ごめんって。だからこれ解いてくれないか」
「嫌よ。解いたら接客に行くんでしょう」
実は若干の熱もあるのだが天宮城は気合いで押さえつけている。
『今日は私が側にいる。だから仕事させない』
「普通逆じゃないのか…………」
仕事させないのはいいことなのかどうなのか。天宮城も天宮城でこっそり昨日の売り上げの計算をしていた。
勿論、バレた。
『働かないって言ったよね』
「うっ。いや、これは仕事じゃなくて」
『働かないって言った。嘘は駄目』
「ごめん」
恐ろしい形相で睨まれたので大人しくはなったもののまるで仕事に依存性でもあるかのように暗算し始めた。
資料も一切無しで、だ。
1日の売り上げや税などを完璧に把握してしまっているからこそできてしまう芸当である。まさに社畜。
『またした?』
「いや俺なにもしてない」
『計算してる』
「考えるのも駄目⁉ ちょ………ぐっ」
凛音が天宮城の口に異様な色の液体を流し込むと天宮城が気絶した。即効性ありすぎである。
というか、気絶させる程でもない筈なのに。とは誰も言わなかった。天宮城は寝ても覚めても仕事仕事なのでこれぐらいがちょうどいい、のかもしれない。
そして天宮城が寝込んだ次の日。
「あ、頭が………頭痛が………」
「凛音。何を飲ませた?」
『睡眠薬のちょっと強いやつ』
「ガンガンする…………」
ひどい頭痛に悩まされていた。
天宮城に合わなかったようで、風邪のような症状になってしまっている。
「今日が定休日で良かったね」
「全然よくない………」
アインへ話しかけるときでさえ頭を押さえたままである。少し心配になるレベルで苦しんでいる。
「今日は肉を取りに行く日だぞ」
「俺抜きで行ってきて………頭が」
『アレク来ないと私いけない』
「いや、そうっちゃそうなんだけど」
実際はどれくらい離れても問題はない。のだが凛音には離れてはいけないと言ってしまっているのでこういうときどうしたらいいのかわからない。
「あの、ご主………アレク様には私が付き添いますので」
「いや、シーナも行ってきな………あと様もなしで……」
ぐったりしながら言われても説得力がない。
「凛音。これはあとどれくらいで治るかわかるか」
『多分一時間くらい』
「じゃあ無理矢理に連れていっちゃおうか」
こそこそと隠れて話す姿はまるで悪ガキそのものである。
「きゅ………」
【拙者も残った方が宜しいので?】
「俺一人で大丈夫だから………風邪ひいた子供じゃあるまいし」
笑顔がぎこちない。無理しているのは確実である。が、約三名はそんなこと気にもしない。
「アレク」
「なに………」
「いこっか」
「は?」
琥珀が天宮城を担ぐ。同じ顔をした人が同じ顔をした人を担ぐという奇妙すぎる光景が出来上がってしまった。
「気晴らしに外に出るのもいいぞ」
「俺はよくない……俺戦闘職じゃないし、殺られたら即死ぬ……」
「なに、遠くから狙えばいいだろう。さ、行くぞ!」
「行きたくなぁぁアアアア」
琥珀が担いだまま外に連れていかれた。見た目は完全に誘拐である。
「あの、ご主人様が行くのは問題ないのですか……? その、失礼ですが」
「戦ってるイメージがない?」
「はい」
「じゃあ見てみなよ。あいつがただの服屋さんじゃないってわかるからさ」
アインに連れられてシーナも家の外に出ていった。最後に戸締まりを確認した凛音とスラ太郎が後を追うように走り始めた。
「吐く………本気で吐いちゃう………」
「全く、軟弱な体だ」
「お前が強すぎるんだよ………俺のステータス未だに子供以下だからな………」
凛音達が合流したのは町の外の門、そこから3キロほど離れた場所だ。この世界ではどんな人でもそれなりに体力や筋力はあるので数十分から一時間くらいなら本気で走っても問題ない。
「アレク、大丈夫?」
「なんかどっと疲れた………頭痛は治まってきたけど」
先程よりも顔色が悪いのに頭痛が治まったなどという天宮城。その理由は、
「琥珀が俺の鳩尾掴むような体勢で走ったから………」
三半規管が死んだらしい。
「きゅい」
【どうぞお乗りください】
「いや、馬は寧ろ疲れそうだからいいや………」
【そうでございますか】
さらっと返しているように見える文面だが本人はしゅんとしていかにも悲しそうな表情をしている。
「あ、ああー! や、やっぱ乗りたいかなぁ、なんて」
【そうでございましたか。辛いときは無理は禁物でございますよ】
花が背後に散っているような満面の笑みでスラ太郎が反応し、以前凛音と会ったときに乗った時の形態に。
「あ、ありがとう………」
「ヒヒーン!」
絶賛トラウマ発動中の天宮城だが、スラ太郎の好意を無下にすることも出来ず、蒼白い顔をしてその背に乗る。
「じゃ、じゃあ行こうか………」
「ヒヒーン!」
目的地まで歩けばいいのに、スラ太郎は嬉しかったのか全力で走り出した。
【ご主人様! 湖が見えますぞ!】
猛ダッシュで走りながらもそんなメモを見せるほどに余裕があるスラ太郎とは違い、天宮城は死にそうな顔で必死に首もとに抱き付いている。
勿論景色など見る余裕などある筈がない。
「キュイ!」
【着きました!】
「ああ、うん、ありがと………」
降りる際に落ちそうになったがスラ太郎がそれを支える。その時、スラ太郎はそんなことするつもりはなかったのだが見事に鳩尾を持ってしまい、
「ウッ………!」
天宮城の吐き気が更に高まり、
「……………」
数十秒後、茂みの方から顔を出した天宮城の顔は生気が抜かれたように燃え尽きており、同時になにかを諦めたような表情をしていた。