24 シーナ
店に戻って中の様子を見てみると死にそうな顔でレジを打っている琥珀が目に入った。
「………琥珀にもう少し我慢してもらおうか」
『アレク酷い………』
凛音の発言を軽くスルーして裏口から居住スペースに上がる。
「あ、裸足だね。じゃあ一旦これで足拭いて………凛音。一緒にお風呂入ってきて。その間に作っちゃうから」
『ん。こっち来る』
足を拭き終わったら直ぐに凛音が風呂場まで手を引っ張っていった。
「作るの?」
「ああ。ちょっと急がないと」
天宮城は自分の作業場に入り、壁にある棚から布を取り出しては鋏でガンガン切っていく。
もう服の設計図は頭のなかで出来上がっているので後は組み立てるだけ。
特殊な糸で縫い合わせた服は普通のものよりずっと頑丈に、ずっと使いやすくなる。
ミシンを高速で動かしながら何かしら言葉を発しつつ作り上がっていく服に感心するアイン。
「本当に早いわよね」
「これぐらいじゃないと間に合わないしな」
ミシンの稼働音が尋常ではない。ルペンドラスの魔力が無駄なほど強すぎるのだ。
「よし、出来た。これあの子に渡してきて。下行くわ」
琥珀の所へ走る天宮城。置かれている服を持って風呂場に行くとちょうど二人が風呂から出たところだった。
「湯加減はどうだった?」
『ん。問題なし。あとシャンプーとリンス至高』
「それは確かにね」
アインが持っている服を渡すと最初は遠慮して着ようとしなかった。
「アレクがあなたのために作ったんだから。あなたが着なかったら服がもったいないもの」
そういわれて恐る恐る袖に手を通す。その瞬間、一気に肌が白くなり人間と見紛うような容姿に一変する。
「「『!?!?!?!?』」」
全員が声にならない叫びをあげた。白く滑らかな肌に育ちましたと主張しているような大きな胸が特徴的な絶世の美女。そんな感じだった。
「ちょっとちょっとちょっとちょっとアレク‼」
「5リギンのお返しで………え? アイン?」
「こっち来なさい‼」
「あ、ちょ、琥珀! もう一回レジ頼む」
引きずられるようにして階段を上り、状況の理解ができていない天宮城に彼女を見せる。
「これ、あんたの仕業⁉」
「あんたの仕業って………ああ、うん。その体はどう? 違和感ない?」
天宮城はそれが起こって当然かのように対応する。
「何したの」
「それにエンチャントしたんだ」
「何を?」
「えっと、体力回復(小)、自己修復(微)、擬装………だけど?」
「なんてことを………」
何がおかしい? と首を捻る天宮城に呆れるアイン。
「駄目だった?」
「駄目じゃないけど、そんなことできるの国に一人いるかどうかくらいの割合よ? それも消耗品につけるなんて」
「そんなに難しくないけど」
「アレクだからなの。普通は無理なの」
まだ上手く理解できていない天宮城。すると、
「あ、あの、これ、脱いだ方がよろしいでしょうか」
本人がそう言い始めた。
「あ、それ君用に登録してあるから脱がなくてもいいよ。それと名前決めた?」
「あ、はい……シーナで」
「了解。ちゃんと話せてるし、擬装の感覚もなれてきたみたいでなによりなにより」
え? と全員がシーナに目をやる。
「わ、私、声が出せてます⁉」
「今更だなぁ。その服着ているときはちょっとだけ弄らせてもらってるから声帯なんかもついでに作っといたよ」
「あんたって人は………」
ついでで出来ることが凄すぎるのを自覚していない天宮城。
「じゃあ早速君にお仕事頼んでもいいかな?」
「は、はい!」
「あそこの白い人の横にいって、見てて」
「え?」
「見てて。見てれば覚えられるくらいの簡単な仕事だから」
なにせ数字打つだけなのだ。電卓とやっていることはなにも変わらない。
「店長さーん?」
「あ、俺いってくるね。はーい」
そのまま天宮城は服を説明したり色違いの服を持ってきたりその場で裾あげしたりしながらくるくると店内を駆け回る。
一切笑みを崩さない精神力はさすがの一言である。
「えっと、その」
「? ああ、アレクが言っていた新しい従業員か。あいつはなんと言っていた?」
「白い人を見てて、と」
「そうか。ならば見ていろ。それでいい」
適当すぎる二人に一瞬絶句した。
「名は」
「し、シーナです」
「シーナか。良い名ではないか」
ストレートに誉める琥珀。シーナの少し人間よりも長い耳が赤くなった。
「このボタンを押せばここに表示されている金額がリセットされる」
「は、はい」
休憩時間に細かい操作を教えると、シーナはレジ打ちを直ぐにマスターした。
「お昼御飯だよ」
「アレク。シーナは中々筋が良いぞ」
「中々筋がいいなんてそんな上から目線な」
「あ、いえ、その、コハク様の教え方がとても判りやすくて」
「嘘だぁ。こいつ語彙力少ないのに」
「なぁ!」
煽る天宮城に良いように遊ばれている琥珀。そんな二人のやり取りを見てクスクスと笑うシーナ。綺麗なのでとても絵になる光景だ。
「琥珀は休んで良いよ。お疲れ様」
「全く、まいどまいど人使いが荒いな」
「家事全部やってもらってるのによく言うよ」
天宮城がシーナの前に座って食べ始めるがシーナは何故か手をつけようとしない。
その様子を見た天宮城は、
「あ、ごめん。これ嫌いだったかな? 今から別のもの作るから―――」
「い、いえ! そんなことは」
「じゃあなんで食べないんだ?」
「奴隷は同じ時間に食べることを許されませんので」
「いいんじゃない? っていうか今食べとかないとまたお客さん一杯来るから時間なくなるよ? それに冷めちゃうと美味しくないし」
天宮城は箸でご飯をかきこみながらそう言う。マナーもへったくれもないが急いで食べないと本当に食べる時間がないのだ。
「ほら、食べて。命令だよ」
「あの」
「ん?」
「その手に持っていらっしゃるものはなんでしょうか」
「手に持ってるもの……ああ、箸か! これは俺の故郷で使われてる食器でね。こんな風に二本の棒を使うんだけど、結構細かい操作が出来るからずっと使ってるんだ」
こんな風にね、と煮物を箸で切って見せる。
「俺の故郷じゃ大抵の食べ物はこれひとつで食べられるよ」
「皆さんそれが使えるのですか?」
「使えるよ? 最近凛音も出来るようになってきたし」
箸はやはり珍しいらしい。
「私もいつか使ってみたいです」
「そう? じゃあ夕飯の時に箸つくってあげる」
「そ、そんな、わざわざ時間を割いていただかなくても」
「木を二本削るだけだから。それほど時間もかからないし」
シーナはゆっくりとフォークで刺した煮物を口に運んで、泣いた。
「え⁉ ごめん! そんなに不味かった⁉ 味付け完全に俺の故郷基準だから……」
「美味しい………です」
それで泣くのか、と一瞬面食らった。
「そ、それならいいんだけど」
「私、決めました」
「なにを?」
「ご主人様に一生ついて参ります」
「重い! 重すぎるよ‼ しかも決断早すぎるよ⁉」
異世界人は食に飢えてると思う、とは天宮城の言葉である。凛音もそうだったので。
後々知ることなのだがこの世界にはあまり味をつけるという概念がなく、精々焼く、煮る、蒸らす、くらいで調味料が圧倒的に不足しているのだそうだ。
そこに醤油やら味噌やらカレーやらが来たら泣いて喜ぶレベルで喜ぶらしい。イリスが食いついたのもこれが理由だったのだ。