22ー1 新しい店
『アレク。ご飯どうする』
「さっき食ったばっかじゃん……まぁいいや何がいい?」
『カレー残ってる?』
「あー、残ってはいるけど。微妙な量なんだよなぁ。カレーうどんにする?」
『どんなの?』
「カレーがスープみたいにサラサラになって、ご飯の代わりにうどん……太めの麺が入ってるやつ」
『食べたい』
「わかった。じゃあ後で準備するよ」
こんなどうでもいい話をしているが今現在勤務中である。とはいってもお客さんはまだ来ていないが。
『アレク』
「ん?」
『お客さんこない』
「開けて数分で来たら相当だと思うよ」
そもそも開いていると知らない人も割りといるのではないのだろうか。一応立て看板とかは出してきたが。
「きゅい」
「お、ありがとう」
掃除を終えて帰ってきたスラ太郎が天宮城の肩に乗る。地面を直で歩いているから汚いのではと最初は少し思っていたのだが、部屋に入ったりするときや天宮城の肩に乗る時は自分が下にしていた部分を分解し、常に綺麗に保っていたのだ。
それを知ったのはつい最近である。流石はスラ太郎、気配りが素晴らしい。
分解したものは全て魔力にいっているらしく、排泄物もないので実に衛生面では完璧な生物である。
そんなスラ太郎をムニムニといじっていたらベルが鳴った。
(えっ、はやっ⁉)
まだ店を開けて10分も経っていない。驚きながらも入ってきた人の顔を見ると、
「イリスさん」
「アレクさん。開店おめでとうございます」
「ありがとうございます。来てくださったんですね」
「ええ。既製服を売る店なんてそうそうないですから」
「え?」
「え?」
服屋ならここの他にもあるではないかと聞いたところ、
「ああ、あれ全部古着ですよ? 後は仕立て屋しかないです」
「それ初めて知りました………」
「今まで本当にどこに住んでたんですか………?」
「ノーコメントで………」
本当の事など言えないし、言ったところで頭大丈夫? みたいな目で見られることは確定している。
「それにしても……なんでこんなに暖かいんですか?」
「煖炉ではないんですけど、とある暖房器具で」
「それものすごく気になるんですけど」
「内緒です」
屋根裏にエアコン設置済みである。
「あ、これいいですね………⁉」
「どうされました?」
「何ですかこの馬鹿げた値段設定⁉」
「え、そんなに高いですか?」
「寧ろ安すぎます! この店なりたたせる気はありますか⁉」
「ありますよ。っていうか………人件費と作業費は実質タダなのでそれ作るのにかかったの材料費ですし」
普通なら職人に縫ってもらうだとかをするのに天宮城一人で全て完結してしまうので極端にかかっているお金が少ないのだ。
「これじゃあ古着よりも安いですよ⁉」
「確かに他の店よりは安いですけど」
「っていうか儲ける気あります⁉」
「はい。それでも十分儲けは出ますから」
というか琥珀たちが狩ってくる獲物で十分暮らしていけるだけのお金は入るので。
「せめて倍にあげましょう………市場が混乱します」
「すみません」
天宮城は服一つ一つに色のシールを貼っている。安いものから順に青、緑、黄色、橙、赤で、そこから先は一個ずつ値段が書いてある。
値段は店の至るところに置いてあるボードに色で書いてあるのだ。古着屋みたいなやり方であるが、これは単に値札を書くのが面倒だったからである。
「最低価格の青色のが21リギンっておかしいですよ⁉」
「でもあれ税金分いれてないですよ」
「それでも安すぎます!」
青色は日本円で700円ほど。日本だともっと安い店だってあるのだがこの世界では異常なまでに低い価格らしい。
それもそのはず、服を作る生産職の人の絶対数が圧倒的に少ないのだ。生産職の人の殆どは農業に関係するもので、次に多いのが薬や鍛治、そこからどんどん人が減っていって、最底辺にいるような数の少なさの職業なのだ。
毎日着るものだが、作れる人が少ないので結果的に値段がとんでもなくはね上がるのだ。
「とりあえずそれ全部倍にしましょう」
「すぐ書き直せるようにしてあるからいいんですけど、それで売れますかね?」
「売れます売れます。ほら、じゃんじゃん書いちゃいましょう」
イリスに言われるがままだが、この際仕方がない。ベテランの言うことに間違いはないと全て二倍にする。
「最低価格が42リギン………。高くないですかね」
「古着でその値段なんですから大丈夫ですよ」
そんな風に話をしていると再びベルが来客を教える。
偶々入り口に背を向けるようにして立っていたので振り向いてみると、やけに装飾を服や腕などの体につけまくっている女性が入ってきた。しかもドレスである。
「「いらっしゃいませ」」
癖なのかなんなのか、イリスも何故かそう挨拶をする。別にあんたの店じゃないだろう。
「ここはなんですの?」
「服と小物を販売している店です。服も小物も全て新しいものを取り揃えておりまして、従業員の付き添いで服の試着も可能です」
「それでは盗まれるのではなくて?」
「この店から許可なく持ち出された場合、この店から出ることが出来ない仕様となっております。また、物を破壊された場合はそのものを購入していただくことになります。ご理解ご協力よろしくお願い致します」
天宮城がスッと頭を下げる。それを見てイリスは内心で小さく感心の声をあげる。
相手が貴族だろうと堂々と接する天宮城の態度に少し驚いたようだ。
「そう。これ、おいくらかしら?」
「服のハンガーに貼ってあるシールの色別でお値段の方は決めさせていただいています。それは青ですので42リギンとなります」
「………古着ではなくて?」
「? はい。全て新品でございますが」
唖然としている様子を見て本当に安かったのだなとやっと気づく。
「よくそれで成り立ちますわね」
「は、はぁ………」
同じことをイリスにも言われているのでなんと答えたらいいのか返答に困る。
「それと、ここに書いてある数字は?」
「その数字はサイズを表すものになっています。100が最も小さく、最高で250までならご用意できます。それでも足りないお客様の場合だと、少し追加料金を頂くことにはなりますがその方の背丈にあったものをこちらで手直しさせていただくことになります」
「私はなんの数字かしら?」
「お客様ですと、恐らく160~170辺りがベストかと。ゆったり着たいのであればもう少し大きくても問題はありません」
この数字、単に身長である。この世界にメートル法はなかったので無理矢理作ってしまったのだ。慣れているメートル法で。
「そうですの。では、私に合うものを選んでくださりませんか?」
「そうですね………どんな系統のものをお探しでしょう?」
「お忍びで町民に紛れることのできるような服がいいわ。これが一番目立たない服なのですけど、これでは目立ってしまうので」
「か、畏まりました」
それが一番目立たないってどんな生活しているんだと一瞬気にはなったが、直ぐ様頭のなかでパズルのように服を組み合わせていく。
デザインのスキルを手に入れてから半ば習慣になっていたことなのでそんなに難しいことではない。
天宮城は考え終えるとひと言声をかけてから店内を歩いて服を幾つかチョイスし、女性の前に戻る。
「そ、それは作業服ではなくて?」
「確かにサロペットは作業服として知られていますが、これは足が綺麗に見える服なんですよ? こんな名も知られていない店に来るぐらいですから、少しだけ冒険をしてみては?」
小さく笑みを浮かべる天宮城が持ってきたのはサロペットと呼ばれる胸当てをバンドで吊り下げた形としてはワンピースに近い服(今用意しているのはズボンタイプのものだが)だ。
本来は泥などでセーターなどが汚れないように着るものだったのだが、徐々におしゃれとして認識されるようになった服である。
この世界ではそのレベルにまでおしゃれの文化は進んでいないが、半分反応を見るためにその服を持ち出したのだ。
「それでしたら、町の人に混ざっても分かりにくいですし、お客様の姿勢のよさが際立って見えると思いますが」
「き、着てみるだけですわ」
少し恥ずかしそうにしながら試着室に入る女性。
「アレクさん、大丈夫なんですか、あれ」
「さぁ、どうでしょうね? ただ、僕の住んでいたところでは若者がおしゃれとして着ていますけど」
割りと有名な服ではないだろうか。そうこうしている内に着替えが終わったようで、カーテンがゆっくりと開いていく。
「よくお似合いですよ、お客様」
そう、天宮城がいうようにものすごく似合っていた。上の服はタートルネックで、その上にサロペット、そしてさらにその上に上着を羽織っている。
そこら辺を歩いていたら普通にナンパされるような可憐な女性だった。
「本当に……」
「え?」
「本当に凄いですよアレクさん! 作業着にしか思えなかったあの服がこんなに美しく着こなせるなんて!」
イリスがべた褒めだった。金の臭いには敏感らしい。
「いえ、美しく着こなせるのはお客様の美しさがなせる技です。自分ができるのはそのお手伝いをすることだけですので」
そんなことを言っていると、女性が鏡を確認しながら少し頬を赤く染め、
「な、中々似合っているのではないですか」
「それは勿論。お客様のように美しい方なら少し大胆な方が綺麗に見えるのですから」
体のラインが割りとハッキリと出るサロペットがその女性の体の細さをハッキリと見せつけている。
「これ、気に入ったわ。おいくらかしら?」
「青二点84リギンと黄色一点66リギンですので合計150リギンとなります」
「買うわ。このまま着ていってもいいかしら?」
「勿論です。ではそちらの服をいれる袋を持って参りますので少々お待ちください」
お金を受け取ってから服にかけてあるとある魔法を解除する。
「これで外に出られるようになりました。あ、それと、もし服が破れたりシミがついたりした場合、一度目は無料で、二度目からは追加料金を頂きますがこちらで直させていただきますのでまたいつでもお越しください」
「本当に? じゃあ、また来るわね」
女性が出ていって、天宮城がふぅ、と一息つく。初めての客だったがうまくいったようで何よりである。