19 第二部隊副隊長
天宮城の頬を汗が伝う。
眼球の奥を直接針のようなものでつつかれているような痛みを覚えながら開けたくないと主張する瞼を無理矢理に抉じ開ける。
「ぐっ、う………!」
「そこまで無理しないでも………」
「それじゃ書類埋まらないし…………」
天宮城の目の前に立っている吉水が手首にブレスレットを嵌め直すと険しかった天宮城の表情が一気に脱力したものになる。
「大丈夫?」
「気持ち悪い………」
「え、ちょ、ここで吐かないでね⁉」
口を押さえてグッタリと上半身を脱力する天宮城。そこに偶々通りかかったのは葉山だ。
「龍一? なにやってるの?」
「隊長がね。僕の能力値を計らなきゃいけないってんで測定器使ったんだけど耐えきれなくて見事に壊れちゃってね。それで自分の目で直接見るって聞かなくて、見た結果がこれ」
「あー。聞いただけだからよくわからないけどとりあえず気持ち悪いんだっけ?」
天宮城曰く吉水の能力の波長はかなり不自然らしい。それはもう狂いに狂っているだけでなく能力の色も様々な色があらゆるところで主張している。
天宮城はどんな能力も使えるように真っ黒なのだが吉水の場合は虹色である。それだけだったら綺麗かなと思えないこともないがそれがグッチャグチャに混ざりあっていて気持ち悪い色味になっているらしい。
情報過多で完全に酔っている天宮城に肩を貸して起き上がらせる。パッと見ただの酔っぱらいだ。
「じゃあ僕は隊長を魚住さんに見せてくるから」
「いやだ……トイレで吐く……」
「駄目だって。それじゃ」
半分引き摺られるようにして天宮城が連れていかれた。
吉水の今の肩書きは第二部隊副隊長である。実質第二部隊は仕事無いので(能力犯罪専門なので)第二部隊の隊員は基本他の部隊に混じって仕事をしている。
なので副隊長という役職が無かったのだが天宮城があり得ないほど忙しくなってきたのでその補佐にまわる人が必要になったのだ。
その補佐は天宮城が暴走したときに止められる人でないといけないために吉水くらいしかつける人がいなかったのである。
新人をいきなりそんな位につけるのは、というのは議論になったのだが本人の戦闘力だったりその力の相性が天宮城とあっていたので結局その地位に収まった感じである。
今のところは補佐というよりお手伝いみたいな感じだが。
葉山はそのままそこを後にした。どこからか小さく悲鳴が聞こえてきたので小さく手を合わせた。助けに行く気など最初からない。
行ってもあのド変態には何も届かないのだ。許せ。
「どえらい目にあった………」
「方言出てるよ」
「もうどうでもよくなってきたんだけど……。学校でバレたくないから標準語勉強していたのであってそれ以外では別にどうでもいいし……っていうか盛大にバレたし」
もうクラス全員にバレた。校内でもそこそこ有名人(実際のところは知らない人はいないレベル)だったと記憶しているのであの学校を出ている人だったりは知っているかもしれない。
「いつまでそんなぐでっとしてんの。さっさと上行く」
「わかってるよ……」
ペチンと頭を叩かれてようやくソファから身を起こす。そこに吉水が来た。
「たーいちょ。なんか電話来てるよ」
「今?」
「今。そこに繋いでもらってるよ」
棚の上においてある固定電話を手にとる天宮城。
「はい、天宮城です」
「…………」
「あの、もしもし?」
「…………(ブツッ)」
「あ、切れた」
なんだったんだ今のはと思わざるを得ない間だった。間違い電話だったらわざわざ電話を通してもらう必要もない筈だ。
「なんだった?」
「一言も会話してない。切れた」
「?」
これ以上考えても無駄だと思った天宮城は吉水を連れてエレベーターに乗る。
「今から会議だったっけ」
「そう。副隊長も出席だから。っていうか今朝も話したよね?」
「ああ、うん。聞いたかな」
完全に忘れていた様子である。
「特に話すことは決まってないし、別に適当でいいよ」
「それでいいんだ?」
「本当なら駄目なんだろうけど参加するのが各部隊の隊長と副隊長、又はその補佐だから。たまに会議じゃなくて飯で潰れたりするし」
それでいいのか。よくなり立っているものである。
会議室には既に天宮城を除く全員が集まっていた。
「あ、りゅうおっそーい」
「ちゃんとお菓子は持ってきたんでしょうね」
「持ってきてるよ………そんなんだから二キロ太ったんだよ」
「ちょ、なんでそんなこと知ってんの⁉」
「さぁ?」
暗い笑みを浮かべる天宮城。普段殆ど本音を顔に出さないので中々レアな表情である。
表情の内容はおいておくとして。
「まぁいい。さっさと始めるぞ」
藤井の言葉により、全員が席について前を向く。手の中にクッキーが入っていることはもう気にしないほうがいい。
「龍一が見つけてきた喫茶店だが、予算だったりもなんとかなったから、もういつでも出店できるぞ。誰かこれへの異論は? ……ないな。じゃあこの件は近藤さんに回すぞ」
全員が頷く。元々店を入れる話にはなっていたのでここで反対しても意味がないことは皆わかっているからだ。
反対するならもっと前にしているだろうし。
「それで、改めて龍一の補佐についてもらった……」
「吉水です。能力はまだ判明してません」
その言葉に副隊長達がざわめき出す。幼馴染達は知っているので特に無反応だ。
「それは……本当なんです?」
「はい。この目で見ても無理でした」
「見たことがなかったんですか?」
「いえ、全部見たことがある色なんですが、混ざりに混ざって気持ち悪い感じの………」
人混みにいても一発で見つけられそうな異様さだった。
「レベルは?」
「直視するのが難しかったのでなんとも言えないんですが………最低でも6、7です。あの混ざりようだと8っていう選択肢も入ってくるかもしれないです」
レベル8。よくわかっていない天宮城を除いた全能力者のなかでも未だ見つかっていない能力値だ。
レベル6でも危険視されるのに、と誰かが呟く。
「僕の発作の時に止められるくらいの力はあるので、そこも心配いりません」
「あれを止められるって……何段階ですか」
「一段階目は問題なく。二段階目でも恐らく大丈夫かと」
「マジか………」
二段階目に入ると天宮城の意識は完全にない状態だ。それを止められるのは藤井でも困難である。ここで吉水の異常性が明らかになった。
天宮城を止められる。その言葉ひとつがどれ程の難易度なのかここにいる全員が知っている。
「ですから安心して任せてください。責任は僕がとります」
天宮城に責任と言われるとほぼ全員が口を出せなくなる。実質ここのナンバー2なのだ。天宮城以上の権力を持っているのは藤井のみである。
それを理解してあえて自分の責任を明らかにするというのはそれだけ天宮城が本気だということに気づかないはずがなかった。