18ー2 港町シュリケ
「お、お願いします!」
「いや、ちょっと、あの、はい?」
何を言っているんだろうか。全員そう思った。
「あの、はじめてって何がですか」
「「「は?」」」
お前もか。
「ちょっと来い」
ちょいちょいと手招きされたので琥珀のところへ行く天宮城。
「本当にわかっていないのか?」
「なにが?」
「あの言い方はあれしかないだろうて」
「?」
「では何故先程はあんなに動揺していたのだ」
「なにいってるか解んなかった」
「はぁ…………」
ダメだこいつ。琥珀が頭を抱えて大きな溜め息をもらす。
「そんなことより服何とかしたんだよね。めっちゃ寒い」
「いや、これはある意味でも一大事なのだぞ」
「?」
「本当にわかっていないのか?」
「だって名詞なかったし…………」
「あれはな、求婚、つまりプロポーズの台詞だ」
きゅうこん。そう小さく呟いて首をかしげる。
「よくわからん」
「おい」
理解できているのかいないのか。大袈裟な素振りをして肩を竦める天宮城。
これわかっててそう言っているのでは? としか思えない動きだ。
「あれだろ? 性行為のことだろ?」
「わかってるじゃないか」
「うん。そりゃね」
じゃあいままでのやり取りなんだったんだよと言いたい。だが、天宮城が混乱していたのはそこではなかったのだ。
「でもあの人もう何回か性行為してると思うけど」
「…………は?」
天宮城の目はハッキリとエッタを捉えていた。だが、見ているものはエッタ本人ではない。
「何故そんなことがわかる」
「見えるから」
「なに?」
「なんとなくわかるだけ」
ポカンとしている琥珀を置き去りにして天宮城は皆の場所へ戻る。
「なに話してたの?」
「大したことじゃないよ」
アインがじとっとした目を向けてくるのを華麗にスルーしながら未だにドクドクと断面から血を流す熊を見て一瞬吐きそうになったのを堪える。
どうでもいいことをしたお陰で気持ちの整理がついた。危うく吐くところではあったが。
「それで、あの………私、貴方に一目惚れしちゃったんです!」
「お前本気か⁉ 人狼だぞ⁉ どうなるかわかったもんじゃねぇ‼」
ゴールデンレトリバーのウィリアムがゆっさゆっさとエッタを揺する。
酷い言われようだが人狼とは嫌われやすい種族なのだろうか?
「奴隷に落とされても文句は言えねぇ! それをわ―――」
「俺の目の前で言わないでほしいかな、なんて」
「あ、す、スンマセン!」
「いや、大丈夫ですよ。それにどちらにせよお断りするつもりですし」
さらっとフッた。告白されるのは慣れているので避け方にも慣れが出ている。
「だめ、ですか」
「すみません。僕、恋愛感情とか疎くて……もっと敏感だったらわかるかもしれないんですけど」
「獣人種なのに……?」
「ええ、まぁ」
獣人種なのにとはどういうことなのだろうかと一瞬思ったがここで顔には出せないのでいつもの笑顔で乗り切る。
「というわけで、お気持ちは受け取れないんです。ごめんなさい」
「い、いえ。大丈夫です」
空気が少し悪くなってしまったが、こういうのは早く返事をしないと後々面倒だということと微妙な空気を持ち込みたくなかったというのでさっさと返事をした天宮城である。
『アレク。あれ、どうする』
凛音が天宮城の袖を引っ張りながら熊を指差す。真っ赤な絨毯に首なし死体。自分がやったこととはいえ、ゾッとする光景だ。
「あー、どうしようか………」
「売れないかな」
「売れますよ! というか売ってください!」
キラキラした目で訴えてきたのはドワーフのイリスだ。
「え、買い取ってもらえるの?」
「勿論です! あんなほぼ損傷ない毛皮、とんでもない値段で売れますよ! しかも稀少種なんて売り方を工夫すれば普通種の数倍から数十倍の値段に跳ね上がりますよ」
「そんなすごいんだ」
燃えていたので炎の耐性もあるらしく、コートなんかにしたら貴族にだって余裕で捌けると豪語するイリス。
手帳を取り出してうっとりした目で熊を確認しつつペラペラとどこの部位が売れるのか説明してくれる。
「先ずランクが高い魔物なので肉は高級品として扱われます。それから内臓も薬に使えますし、爪も武器にできます。それから毛皮は確実に売れますし、あ、あと目玉も! それから、この大きさの稀少種だとほぼ確実に魔核があるのでそれも売れますよ!」
なに言ってるのかサッパリである。
とりあえず全部売れることはわかった。逆に言えばそれ以上のことはわからなかった。
「えっと、後もうひとつ売れそうなものがあるんですけど」
「なんでしょう?」
「ハイグリーンボアっていう―――」
「ハイグリーンボアですか! あれも相当いい値段で買い取れます!」
なにも言っていないのに話が進みそうだ。楽ではある。
「どの部位があるんですか?」
「えと、全部……?」
「どこにです?」
「ここに」
神解きを針にし、氷の塊を取り出す。
「ま、マジックボックスですか? 相当大きいですね」
マジックボックスは自分の魔力量に比例して大きくなったりする異空間のことで魔力を持っている人は大抵扱える魔法だ。
とはいっても普通の人なら精々小さめのキャリーバッグ一個分くらいのスペースしかなく、魔力量が少ない人にはほぼゴミ同然の魔法として知られている。
とはいっても天宮城のこれはマジックボックスではないので色々と違うところがあるのだが、それは追々わかるだろう。
「これは………どうやって仕留めたんです?」
「氷を、その、はい」
説明のしようがない。魔法だと言ったとしてじゃあそれを今すぐ使えと言われたら出来ない。
天宮城は勿論、誰にも氷魔法の適性がなかった、或は相当低かったのだ。
「いえ、聞くのは止めておきます。いくらになるか計算しますね」
言い淀んでいた天宮城を見かねてイリスは直ぐに聞くのをやめた。こういう情報を漏らしたくないタイプの人だと思われたようである。
実際は言い訳を考えるので必死だっただけだが。
イリスは肩掛け鞄から算盤を取り出して弾き始めた。
「あ、そろばん……」
「ご存じですか?」
「昔少しだけやったことがありまして」
「それは凄い。これ、使える人もう殆どいないんですよ」
バチバチと算盤の珠が上下する。見ているだけで目がいたくなってきた。
「これでいかがでしょう?」
目の前に出された算盤の珠。それを見て唖然とする天宮城。
想像していたのと、桁が違う。
「む、もう少しですか? そうですねー、これでいかがでしょうか!」
なんかまた珠が増えた。
「えー? じゃあこれでどうです! これ以上は限界です」
驚きで声がでなかっただけなのだが天宮城の反応は不満だと受け取ったらしいイリスはどんどん値段を吊り上げていき………
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん………124万」
「どうです!」
「いや、正直ここまで値段が上がるとは………」
俺の一ヶ月の給料の5倍はあるぞ、と心のなかで呟く。
「では、取引成立ということで!」
「あ。お、お願いします………」
天宮城は大量の金を手に入れた。小市民なのでこれを使って豪遊しようなどとは一切考えてはいなかったが、この金がいったいどれくらいの価値なのか予想もしていなかったのである。