18ー1 港町シュリケ
「思ってたより大きいな」
どれぐらいの面積かは知っていたが実際に目にするとそれなりの規模である。
家の殆どは石壁で、全体的に白い。
「あれが船着き場?」
「そうよ。あそこに並んでるのが個人所有の船で奥にあるのが貸し出し用のやつね。一番遠くに見えるやつは王家の船よ」
「でかいな」
琥珀が流石は王の船だ、と感心したように頷いている。
「あ、そうだ。全員荷物もって」
「なんで」
「なんでって、不自然だろ」
シュリケに一番近い村でも歩いて一週間はかかるのだ。それなのに手ぶらなのはおかしいだろう。
全員渋々荷物を背負い、のそのそと歩いていく。一気に歩く速度が遅くなった。
「重いぞ」
「我慢しろ。この中で一番力強いのはお前なんだから」
特に大量に荷物を持たされた琥珀がブツブツと文句を言う。
『アレク』
「今度はなに」
『お腹すいた』
「…………」
さっきもそんなこと言ってたなとため息をつく天宮城。もうそろそろ面倒くさくなってきた。
「とりあえず落ち着いてからにしてくれ。やっと目的地が見える位置に来たのにまた到着時間が遅れる」
『アレク』
「だから」
『違う。なんか来る』
凛音のその言葉で全員に緊張が走り、天宮城が背負っている鉄扇を構える。
いつでも何かあったときに対応できるよう、互いに背を任せながら油断なく周りを見回す。
「………俺にも聞こえた」
「なんと?」
「俺から見て右斜め前から、草をかき分ける音と何人かの足音と車輪、それと………熊っぽいなにかの足音。少なくとも人間じゃない」
元々耳がいい天宮城は前方から聞こえてくる音に耳を澄ませ、そう答える。
するとその方向から恐らく人の叫び声と怒号、獣の唸り声が重なりつつ、とてつもない速度で近付いてくる。
「避けられぬな。我等以外は下がっていろ」
「きゅ」
スラ太郎と琥珀が前に出て、天宮城とアイン、それと凛音がそっと後ろに下がる。
その瞬間、声がハッキリと聞こえるようになった。
「馬鹿かお前! 突っ込むなって言ったろ⁉」
「だって卵が………!」
「アホか! とりあえず逃げろ!」
とてつもない存在感を放ちながら現れたのは犬が二足歩行して服着たらこうなりました! とでもいったらいいのか、というようなゴールデンレトリバーっぽい犬種の犬人族と中途半端に人間が混じった土竜っぽい獣人、それと馬車を必死の形相で操作しているドワーフだった。
その後ろから木を薙ぎ倒すようにして出てきたのは天宮城が言った通り熊だったがその体躯は5メートルを軽く越えており、うっすらと炎を纏っているように見える。
その前足の爪が振り払われると小枝のように大木が舞い上がって吹き飛ばされていく。
「ぅわぁ、なんかヤベェ………」
「あれは流石に殴れぬぞ……」
「キュイ………」
なにしろ毛皮が燃えているのだ。触れたら火傷は確実だろう。
「ってことでアレクの出番よ!」
「なんで俺ばっかりやってるんだよ!」
『そろそろ出番、アレクの』
「凛音じゃないのかよ⁉」
ぐいぐいと前に押し出される天宮城は助けを求めるように唯一自分をわかってくれるスラ太郎に目を向ける。
「……きゅ」
【応援しておりまする】
「スラ太郎が裏切った‼」
視線を外しながらスラ太郎が掲げた紙には天宮城に戦えと暗に書いてあった。
「みんな酷い!」
「アレクならバーンって出来るでしょ‼」
「滅茶苦茶怖いんだよ! まだ猪の方が楽だわ!」
ズリズリと結局一番前に押しやられ、もう大分近い位置に来てしまった熊に顔をひきつらせる。
「助けてぇえええええ⁉」
「そこの人! お願いします‼ どうかこいつらはどうでもいいですが積み荷は! 積み荷だけは売り捌きたいんです!」
「お前はその滅茶苦茶な商売根性何とかしろよ!」
言い争いながら迫ってくる三人組と、
「グガアアアアア!」
あからさまに怒り狂っている巨大な燃えてる熊。もうこれをカオスと言わずしてなんなのだろうか。
「ぅう………なんでこんな羽目に」
「ほら、バーンって」
「わかってるよ………」
神解きをブーメラン形態にして大きく振りかぶる。バズーカではあの人たちを巻き込みそうだったからだ。
「よっと」
全身のバネを使って投げ出されたブーメランは高速で回転しながら熊の首を撥ね飛ばし、一切燃えることもなく天宮城の手に戻ってきた。
こんな大きさのブーメランを投げたら普通なら途中で落下し使い物にならないだろうが、そこは異世界クオリティー。ちゃんと戻ってくるのだ。
「「「…………へ?」」」
背後の足音が突然やんだので止まって見てみれば熊の首がない。そのままゆっくりと地面に倒れていき、切断面から噴水のように鮮血が溢れ出す。
それをやった本人も追い返すつもりで投げたのでまさか1発KOするとは思っておらず退散する気満々でその場の荷物を担いでいる。
ブーメランが返ってきた時にはまだ首が飛んでおらず、普通に立っているようにしか見えていなかったのでそのまま逃げるように走り出した。
「ちょ、ちょっとそこの人⁉」
「待って待って!」
呼び止められたので走りながらチラと確認したら真っ赤な噴水が上がっているのが見え、大量の血になれていない天宮城がダウンした。
「龍一……………」
誰にも聞こえないくらいの声で溜め息を吐きながら天宮城の名前を言う琥珀。そういえばこいつ血に慣れてなかった、と今更ながらに思い出す。
「アレク⁉」
【ご主人様⁉】
アインとスラ太郎が我先にと駆け寄り、天宮城の状態を見る。ちなみに凛音は最初から天宮城の隣にいる。
そのまま気絶した天宮城。大丈夫かこいつ。
全員が天宮城にがっくりとしていると三人組がこっちに走ってきた。凛音とそう変わらない背丈と外見年齢のドワーフが、
「あの、助けていただいてありがとうございました」
「助けたのはこいつなんだがな………なにぶん血に慣れていないものでな」
「じゃあいままでどうやってあの攻撃の練習を………?」
『虫ばっかり相手にしてた』
「ああ、成る程………」
例外もあるかもしれないが基本虫の体液は赤ではない。哺乳類だったりは天宮城は出せなかったのだ。可哀想で。
「ところであの熊は?」
「マウントベアの希少種っすよ。まさかあんなのがこんな人里近くに居るなんて………」
頭をかきながらゴールデンレトリバーが答える。
「なんでこんなところに?」
「たまにこの辺にポイズンスネークが出るんです。危ないからその卵の駆除をしにきてるんですよ。あ、私とその犬は冒険者でドワーフは商人です」
土竜がそう言う。
『ドワーフの凛音』
【スラ太郎で御座います】
「竜人の琥珀だ」
「人狼のアインです。そこで寝てるのが同じく人狼のアレク」
丁寧に全員が挨拶を済ませるとゴールデンレトリバーが、
「これはどうもご丁寧に。私はドワーフのイリスです」
「犬人のウィリアムっす」
「鼠人のエッタです」
土竜はトガリネズミ形目モグラ科なので鼠人族なのだろう。三人は幼馴染で商人と冒険者と職は違ってもずっと一緒に行動しているらしい。
「いやー、もうマジで死ぬかと思いましたわ」
「ほんとほんと」
「なんとお礼を言ったらいいのか………」
本人未だに失神中である。この様子だと中々起きそうにない。
「礼には及ばん。だが、一つ頼みがあるのだ」
「なんでしょう?」
「そこに転がっているやつを起こすのを手伝ってくれぬか?」
「「「…………」」」
もう少し寝かせてやろうなどという考えは無いらしい。
命の恩人を雑に起こすことなど出来ず、そっと横に揺り起こそうとする三人だが、そんなことでは天宮城はびくともしない。
「おい、起きろ」
「⁉」
ズドン、と鳩尾に蹴りをいれた琥珀だがそれでも反応なしだ。
「こんな風に一度寝てしまえば中々起きない奴なのだ」
「「「いや、それはちょっとやりすぎでは………」」」
それからいろいろとやってみたが起きる様子はない。
「アイン。最後の手段を使え」
「はいはい」
パチン、とアインが指をならすと大量の水が天宮城の顔面に降り注ぎ、咳き込みながら天宮城が起きた。
「ゲッホ、ゴフッ」
「寝過ぎだ」
「おま、その、ゲホッ、これはビシャビシャに、ゲフッ、やめろって言ったろ⁉」
激しく咳き込む天宮城。ポタポタと水が髪を伝って服を濡らす。
「歩けば乾く」
「ふざけんな」
何時間歩かせるつもりなのか。それに今は冬。滅茶苦茶寒いにも程がある。
「あー、もう………また着替えないと……」
「あ、あの」
「ん?」
「えっと、その、私のはじめてを奪ってください‼」
場が凍った。時間が止まったかのように全員の動きが止まり、天宮城が何度も瞬きをして、
「……………………………はい?」
そう言うのが精一杯だった。