17ー3 初めての外界へ!
目の前が霞んでほとんど見えない。手を伸ばしているのだが開いているのに機能しない目は自分の手すらその目に映さない。
磨りガラスが目に覆い被さっているようにまるで前が見通せない。
「か………ぁ―――っ」
声が出ない。喉すらももう使えない。全く見えない目を動かすと赤いものが目に飛び込んでくる。反射的に血だとわかったが誰のものなのかもわからない。
徐々に手がなにかをつかむ感覚すらも失われてきている。痛みなど、もうなにもない。
水の中に沈んでいるのかと錯覚するほど息が苦しく、全身が冷たさで痺れていくように感じる。
「なん………こと―――」
耳だけは辛うじて音を拾っていたがそれももう大分使えないようだ。
上体を起こされるような感覚になったのでうっすらと目を開ける。影の判別くらいしかつかないが、自分を本気で心配してくれるのは一人しかいない。
「…………」
もう喉も息が漏れるような音も出ない。最後の気力と全身の体力を使い、相手の頬の辺りを撫でる。
鈍りに鈍っている筈の感覚なのに指先に生き物の温もりが伝わってきて、自然と涙が出た。だが、それまでだった。
最後にもう一度礼を言うことすらままならない。その状態でも自分のことを優先してしまった自分に呆れすら覚えている。それでも、幸せだった。
たとえ全世界を敵に回してもこの人だけは守ると決めた人が生きているのだからそれでいい。
そう考えた瞬間に糸が切れたように体から力が抜け、一気に視界が暗転していく。
(死んだらどうなるんだろう………)
こっちに来るとき覚悟はしていたがもう二度とあそこからは逃げられない。逃げるならまた死ぬくらいのことをしなければいけないが、それほどまでの事を企んだ瞬間に牢にでもなんでも容れられるのだろう。
奴等は、実験体を逃がすなど絶対にしないのだから。
「………お願い、絶対に、迎えに行くから」
ハッキリと耳に届いた気がした。
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ピピピピピピ
「ぅわっ⁉」
耳の真横で着信を告げるスマートフォンが悲鳴のような電子音をならしている。
心臓がバクバクと音をたてて跳ねる。朝だ。突然の着信音に起こされたようである。
「はい、もしもし」
呼吸を整えてから電話に出る。
「あ、天宮城さんですね⁉」
「えっと、どちら様でしょうか………?」
「あ、すみません。自分、刑事の谷澤です」
「佐藤さんのお知り合いですか?」
「部下です」
「そうでしたか」
あの若さで上司らしい。どうでもいい話だが佐藤は26だそうでまだまだ自分は下っ端だと言っていたのだが、そんなことなかった。寧ろその若さでよく、といった感じだ。
「それで、ご用件は?」
「あ、そうです。幸助先輩が天宮城さんを呼べと。なんでも“見つかった”と言えばわかるだろう、と」
「本当ですか! はい、すぐ向かいます。どこでしょうか?」
何度かやり取りをし、ここからそう遠くないそうで来てもらえることになった。
急いで支度をする天宮城。実はまだ大分眠い。その証拠に琥珀は未だにベッドの上でグーグー寝ている。
ぐしぐしと目を擦りながら受け付けに行く。
「お、龍一さん。お出かけ?」
「いえ、ちょっと仕事が」
「そう。無理しないで」
最初から居るような人たちは天宮城の事をよく知っている。というか近所のおじさんのように毎回話し掛けてくるのだ。
最近入った人は天宮城の事を知らず、未だに観光客に間違われて受付の方に連れていかれる。もう面倒で抵抗もしない天宮城が悪いのだが。
テレビで会見をしたとはいえ、あれは新聞社は全て断ったし放送する会社も一社のみに限定、流すのもその時間のみでそれ以上の報道はなし、と地味に面倒なルールを課せたのでほぼほぼ知られていない。
というのもあの時は狙われていることがハッキリしていたし下手にここに取材陣などを呼び寄せてその中にいる人に誘拐されたらたまったものではないのでその辺は徹底したのだ。
それでも知っている人は知っているのだから寧ろ凄い。
「んー………あ、佐藤さん」
「先日ぶりですね。指摘されたところを調べてみたら出てくるわ出てくるわで」
「それは良かったです」
写真の束を纏めていれた封筒を天宮城に渡しながら後ろにいた人を紹介するように前に出す。
「電話ぶりですね!」
「じゃあ、貴方が谷澤さんですか?」
「はい!」
「そうですか。よろしくお願いいたします」
「よろしく頼みます!」
握手をして、天宮城は二人を奥の部屋へと誘導する。ここからの話はあまり他人に聞かれると不味いのだ。
「朝早くにすみません」
「いえ、ここに住んでいますので大丈夫ですよ」
「あの、一つ質問いいですか?」
「なんでしょう?」
「ここ、どうやって維持しているんです? 稼ぐ方法があまり無いように見えますけど………」
「おい、失礼だぞ」
佐藤が直ぐに叱ろうとするのでそれを遮り、
「別に大丈夫ですよ。一番最初は株とFXで稼いでいましたね。今では職業斡旋の方で提携している会社の援助や今やっているように公務員の方への能力的なお手伝いで国からもお金が入っています。能力犯罪を取り締まることもお仕事なのでそちらでも」
「へー、凄いんですね」
「最初は仕組みとかボロボロでしたけどね………」
やりたい放題の幼馴染達を思い出しながらため息をつく。
話している間に部屋についた。
「ここは?」
「能力犯罪者の取り調べなんかを行う場所です。壁とかにはちょっとした細工がしてあって外から中は覗けませんし音が漏れることもありません」
「そんなことできるんですねー」
「ちょっと費用は嵩みますがこういう場所は必要なんです」
能力も使いようによっては武器、兵器になってしまう。それを見過ごすわけにはいかないのだ。それを扱う会社として。
「さてと、では拝見させていただきます」
封筒から写真を取り出して机の上に並べる。
「えっと………? ん? なんか見辛いような………」
いつもよりはっきり見えない。すると琥珀が自分の目を指差してなにかを訴えている。
「目………あ。これしてるからか………」
そういえば赤色の目を隠すためにカラコンしてたと思いだし、取ろうかどうかものすごく迷う。
数秒カラコン入りの状態で見てみたがどうにもはっきり見えない。もう覚悟した。
「あの、すみません。今カラコンしているんですけど取ってきてもいいですか? どうも見えづらくて」
「え? ええ、どうぞ……」
こんなときまでお洒落しているのかと勘違いされたようだがもうどうでもいい。勘違いしていればいいのだ。
直ぐに近くの手洗い場で手を洗ってコンタクトレンズを取ってもとの部屋に戻る。
「すみません。お待たせしました」
「全然大丈夫で………⁉ あの、その、まだとるものがあるんじゃ………?」
「……すみませんこれ裸眼です……別に好きでこんな色している訳じゃないんです………」
片目だけ赤というのが余計に厨二っぽい。
「えっと、いいと思いますよ! 凄く!」
「励まさないでください……」
余計に精神的ダメージを負った。事情は何となくぼかして能力のせいでこうなっている事を事細かに説明してやっと本題に入った。結局時間がかかった。
「では、改めて」
写真を見るとそこに見える筈のないものが目に映りだす。何枚も捲りながらそれを見比べ、幾つか分類していく。
ほぼ瞬きしないまま全ての写真を分け終えた。
「とりあえず今ここに纏めたのは同一人物が能力を使ったあとでしょうね。ただ、あり得ない点が幾つか」
数枚ずつになっているそれを真ん中に集め、二人に見せる。
「これと、これは恐らく精神干渉。これは転移、これは何かしらの身体能力増強。これら全てに同じ癖が見えます」
「癖?」
「はい。僕達は自分の能力を使うとき、波長を出して自分以外のものに干渉します。楽器を弾くようなものと考えていただければわかるかと思いますが、それには一人一人個性があって同じ能力でも若干の違いが出ます」
波長の強さ、波長の強弱の間隔。それは適当でも癖が出るのだ。
「能力者が似た系統の能力を覚えるのは能力の波長に使う質が同じだからです。使う能力各々に色のようなものがついていて自分のもつ波長の色に沿った能力を使えるんです」
「君は?」
「僕は………黒ですね。他人の能力を使うのでどんな色も混ざった色になっています。会長の藤井は完全に白です。身体強化に特化しているので。その代わりに他のものは全く使えないんですけど」
強化系は白に精神干渉系は青にと各々色が違う。希に色が混ざったような色をしている人がいるが、その人ほど多くの能力に目覚めやすい資質を持っている。
天宮城は真っ黒だが。たまに気色悪いと自分でも思ってしまうほどに真っ黒である。
「それで、問題なのはこの写真です。同じ様な癖が出ているのに全部色が違う」
「どういうことですか?」
「以前お話ししたように、本当に人の力を奪えるような人がいるのかもしれません。波長の色はどうやったって変わらない筈なんですから」