17ー2 初めての外界へ!
「それにしても迷いの森って言われてるのにこんなに早く進んで大丈夫なの?」
「ん? ああ、それなら大丈夫だ。ここに来る前にちゃんとルートは調べてあるから」
ここが迷いの森と呼ばれるのは昼から次の日の朝にかけてかかり続ける霧と移動する木のせいである。
木が移動する、というのはこの世界の植物は魔力の濃い方へと育つ傾向にあり、この森はルペンドラスという世界樹があるせいでそれがあり得ないほど濃い。
それは植物の成長をとてつもなく早める効果を齎し、結果的に突然なかった筈の木が生えていたりあった筈の大木が枯れていたりすることが原因だ。
普通ここを通ろうと思ったら木などを目印にするのだがこの辺りはそれが全く通用しない。
しかも未知の森を越えるときは迷わないようにとゆっくり進むのが鉄則なのだがこの森は地形すら徐々に変わっていくために時間をかければかけるほど迷いやすくなるのだ。
だが、天宮城には通用しない。
ルペンドラスと魔力的に繋がっているお陰で自分が今どの辺りに居るのかなんとなく判る上にこの辺りの地図は全て頭に入っている。
要するにルペンドラスとは真逆の方向に突っ切って行けば良いだけなのだ。
「そのうち麓に着くだろうさ。ああ、迷わないように全員紐持って歩くぞ」
美しい網目の命綱程もある紐を全員に持つように渡す。
綱引きでもするような格好になってしまい、正直あまり美しくはないが霧が前も見えないほどに立ち込めることを知っているので見た目の悪さなんて我慢である。
全員それはわかっているのでそれを持って歩を進めた。
小一時間ほど経つと前にいる筈の仲間の姿の視認すら難しいほど目の前が白く染まる。
「アレク、これ本当にちゃんと進めてるの?」
「たぶん問題ない」
「不安な返事だな………」
「きゅ………」
掌に感じる紐の感覚だけが頼りだ。これがあって本当に良かったと心底安心するアイン。最悪遭難しても天宮城がいる。食べ物も幾らでもなんとかなるし接近戦は全くと言っていいほど出来ないが遠距離攻撃はほぼ無敵である。
こういうとき本当に心強い。
「一日置いた方がいいんじゃない? 霧払いの魔法は範囲固定されるし、それで一晩明かした方が………」
「いや、それをやると地形が変わる。申し訳ないけどさっさと降りた方が吉なんだ」
「なんでそんなこと知ってるの?」
「なんでだろうねー」
「話す気ある?」
「あんまりないかな」
ルペンドラスの事と凛音の種族は内緒にしてある。それで大丈夫なのか? と不安になった天宮城だが、凛音は鑑定偽造というスキルがあり、それでステータスやスキルまで全て嘘の情報にすることができるのだ。
なにそれ欲しい。と呟いた天宮城だが残念ながら天宮城には使えなかった。
因みに凛音は小人族ということにしてある。意外だったがドワーフはこの世界でもかなりの人口を占めているようで割りと沢山いるらしい。
『あとどれくらい?』
「体感的に………三十分くらい?」
「え、そんなに歩いたっけ?」
「ショートカットしてるし、ほとんど立ち止まってないからね。そこまで距離はないんだよ」
急な坂を慎重に降りながら天宮城がそう言う。互いの顔は全く見えないが手首に巻いた紐から伝わってくる振動でちゃんとついてきているかどうか判断している。
前は全く見えないのだがルペンドラスの反対方向へ真っ直ぐ、ひたすらに真っ直ぐ進んでいるので迷いようがない。
天宮城はそれを知っていても少し不安なのだ。ここまで目の前が見えないのは久し振りだからだ。
(…………ん? ここまで霧がかかったことなんて今まであったか……?)
自分の考えていることに疑問を持つ天宮城。だが、考えて足元がお留守になっても困るのでとりあえず前に進むことだけを考えることにする。
感覚だけを頼りに山を降り、そこから数十分後。
「霧が晴れた………!」
「本当に着いちゃった………!」
アインがちゃんと山の麓に着けたことに感激の声をあげる。
「ん? そういやアインってこの山に登ってきたのに帰り道判らなかったんだ?」
「だって本当は絶対に戻っちゃいけないもの。道なんて覚えてないわ」
「そ、そうか……」
なんか地雷を踏んでしまった気がする。
天宮城が空を見上げると空はかなり赤みが増していてあと少しで日が落ちそうだ。
「今日はもう少し進んだところで休もうか。疲れてはいないかもしれないけど急いでも仕方ないしな」
天宮城の提案で森から少し離れた平原にテントを建てて野宿の準備を始める。
日が落ちきる前に準備をしないと後々面倒になるのでこういうのは早めに済ました方がいいのだ。
「アイン。火くれ」
「はいはい。火種」
アインの指先から放たれた小指の先くらいの大きさの火が枯れ木に着地し、パチパチと音をたてながらその火を大きくしていく。
「森の中はあんなに暑かったのになんで外はこんなに寒いのよ……」
「焚き火がなかったら本当に寒いな」
追加の枯れ枝を拾いに行っていた琥珀が帰ってきて指先を火に翳して暖める。
「まぁ、あの森は年中暑いからな」
天宮城が鍋の中をかき混ぜながらそう答える。
「今日はなんだ?」
「スープカレー」
それ匂いが周囲に広がらないか? と思ったが別に広がっても特に問題ないことに気付いて口をつぐむ琥珀。
動物がやって来ても特に問題はないし襲われたとしてもここにいるメンバーは全員かなり強い。天宮城は遠距離に特化しているが。
襲われたところで襲い返せるくらいの力は皆持っているのだ。
「それで、これからどうするの?」
「ベートリック街道を通って首都に行ってみるかな。港町だって話だし、船も買えるだろ?」
「金はあるのか?」
「ないけどさ」
ただ、金を作る方法は幾らでもある。とりあえず本業である程度稼いでから別の国を渡り歩くのも悪くない。
「よっし、こんなもんかな」
全員の皿に取り分けて各々スプーンと一緒に配っていく。
スラ太郎には深めの皿にたっぷりと注いで地面においてやる。すると綺麗に中身だけ溶かして飲むのだ。というより取り込むのだ。
ジュワァァァ、という音を聞きながら全員でスープを飲む。
「あ、これ思ったよりアッサリしてるね」
「前出したやつはちょっと濃いって不評だったからちょっとだけ弄ってみたんだ。味は大丈夫?」
『ん。うまうま』
種族柄なのか個人的なものなのかわからないが凛音はかなりの大食いである。
天宮城がドン引きするほど。
『お代り』
一人で大鍋食べきってまだまだというのだ。その量はいったいどこにいっているのか謎である。
天宮城はこの世界で暮らしていくにあたって幾つか面倒なことがあった。
まず一つ目は眠ってしまうともとの世界に帰ってしまうこと。これはもうどうしようもないのだが帰る際に体が消えるように見えるらしく他人に見られたら最悪である。
これはルペンドラスが何とかしてくれた。
魔力という繋がりができたために体はこの世界に残せるようになったのだ。要するにただ寝ているだけに見えるようになったのだ。
そして面倒なのがもう一つ。船だ。
この世界はほぼ全ての国が島国なので船がないと移動が出来ない。そしてその船は国の承認がないと買えないのだ。
さぁここで大問題がおこる。
天宮城一行は
・引きこもり世間知らず
・何故か誰よりもこの世界を知っているが人とほぼ対話したことがない竜
・役目を放り出して出てきてしまった巫女
・世界樹の精霊だが竜と同じく対人経験なし
・努力家だが生まれて間もないスライム
である。しかもほぼ全員が神域の外に出たことがないというおまけ付き。
こんな怪しさ満載の一行に船を買う許可など降りるのだろうか?