17ー1 初めての外界へ!
むき出しになっている木の根に躓き、盛大に顎を地面で打つ。
「痛い‼」
「なにやってんだよアイン………」
「逆になんでそんなスイスイ行けるの⁉」
「いや、勘というかなんというか。俺は山育ちだからこういうところ歩くのは慣れてるし」
頭をかいてそう言う天宮城。顎からは汗の滴がポタポタと垂れている。
『私平気。偉い?』
「ん? ああ、偉いぞ」
自分に振られるとは思ってなかった天宮城。適当な返事を返す。
「それにしてもここは暑い……もう少しなんとかならんのか」
「俺に言わないでくれ」
白髪でトパーズのような黄金色の目をした天宮城そっくりの男、琥珀が天宮城に文句を言う。
「きゅい」
『楽しい』
楽しめているのは一人と一匹だけだろう。
「とりあえず頑張って。道に出るまでは歩きしか方法ないんだから」
「……飛んではいけないのか?」
「最初から目立ってどうすんだ」
ガチャン、と肩の上のバズーカを担ぎ直しながら服の袖で汗を拭う。
「も、駄目……休もう?」
「まだそんなに歩いてないんだけど………まぁいいか。丁度昼時だし開けた場所で休憩しよう」
天宮城がそう告げると狼少女と竜男が血眼になって開けた場所を探し始めた。
その様子に苦笑しながら凛音にこっそり耳打ちする。
「凛音。どこにあるか教えてくれ」
『ん。訊く』
凛音が近くの木に手を触れ、しばらくその状態で止まっていると、
『あっち』
「ありがとう」
斜め前を指差す。凛音はドライアド、木の精霊なので植物や動物と会話できたりする。だから天宮城達にもちゃんと声が届いているのだ。
厳密に言えば凛音は喋っていないのだがそう聞こえるようになっている。原理は不明だ。
「お、広いとこ着いたぞ」
天宮城が声をかけた瞬間に二人がそこに雪崩れ込むように突入する。
「もうダメ、暑すぎよ………」
「それは同意だ………」
「お前ら元気じゃんか」
敷物を広げてその上に座る天宮城。横には凛音がぴったりとくっついている。
その様子にムッとしたアインが天宮城の横に座り、勝ち誇ったような笑みを凛音に向ける。
凛音も凛音で天宮城の手を取って抱き付くようなポーズをとってどや顔をする。
それに負けじとアインが胸を天宮城に押し付け、挑発的な笑みを浮かべる。
「あのさ。暑いんだけど」
とばっちりなのに誰も助けてくれない悲しさを感じながら独り言でも呟くようにそう言う。勿論互いを牽制しあっている二人には届く筈もなく。
休憩時間なのにほとんど休めなかった。休憩とはなんなのだろう。
「暑い……」
「そう何度も連呼するなよ……こっちまで暑くなってくる」
いつまでもぶつぶつと言い続けるアイン。天宮城はバズーカを肩から下ろしてカチャカチャと弄り始める。
「何をしている?」
「んー、出来るかどうかわかんないんだけど………お!」
なにかしらのツマミを弄ったかと思ったら歓喜の声をあげる。
「よっしゃー! キタコレ!」
『なに?』
「触ってみろよ、これ」
言われるままに凛音がその表面に触れる。
『冷たい?』
「ああ。装填できる弾の中に冷凍弾ってのがあったからリロードしてみたんだよ。砲身も冷たくなるかなって」
「あ、気持ちいい!」
「おお、なかなか」
暑がり二人がぴったりとバズーカにくっついた。
「あのさ。俺結局暑いんだけど」
「我慢せい。我等が涼まなければな」
「そうよー、ああーひんやりして気持ちいい」
専属武器は天宮城の手を離れると消える仕組みになっているので手を離すわけにもいかない。
それでも砲身の冷気でその辺も涼しくなった気がする。気のせいかもしれないが、気の持ちようだ。
「っ、何かいる」
何かの音に気づいた天宮城が二人からバズーカを引き剥がして音の聞こえた方へ構える。
最近アインに鍛えられ過ぎて過剰反応を示すようになったのだ。主に精神面でとても強くなっただろう。自分でも理解できるほどまでに。
『ん。来る。大きい』
全員が天宮城の後ろに隠れるようにする。この中で遠距離攻撃ができるのは天宮城とアイン、それと凛音も少しならできる。
が、火力があり得ないほど高い天宮城とは違い、アインも凛音も一撃必殺、位の魔法を打つと反動がそれだけ大きくなってしまう。
こういう場合は最悪接近戦も出来なくはない天宮城が前に出ることになっているのだ。
「グァアアアア!」
「………猪ってあんな鳴き方するっけ?」
それは猪だった。ただ、サイズがとんでもないくらいに大きいことを除けば。あと、鳴き声。
「なんだっけ………ああ、グリーンボアだっけ?」
「違うわよ。いや、違わないかも」
「どっちだよ」
『ハイグリーンボア。上位種。進化系』
「そういうことか」
バズーカの引き金を引くと猪の脚が凍った。否、それだけではない。
猪の全身から周囲の木まで着弾地点から半径二メートル程の範囲が一気に氷に閉ざされたのだ。
「「「…………」」」
先程まで望んでいた筈の冷気がサーッと清涼な風となって森の奥に運ばれていく。
「やり過ぎましたかねー、ハハハ………」
「どうするのよ、これ」
頭をかく天宮城。アインが凍っている範囲のギリギリまで近づいてそれに触れる。ガッチガチに固まっていて溶ける気がしない。
「いや、どうするもこうするも……水に漬けときゃ溶けるんじゃないか?」
「きゅ………」
スラ太郎までもが哀れな目をして天宮城を見つめる。
ステータスや接近戦はゴミレベルでも遠距離攻撃なら右に出るものはいないだろう。ここまで多種多様な弾を撃ち、しかもそれはかなりコスパが良い。
そんな人早々いない。しかも戦闘職ではなく生産職で、だ。
「とりあえず持っていくか………?」
「売れるならいいんじゃないか………?」
「いや、ここまで状態良かったら絶対売れるわよ」
これをどうやって持っていくか疑問に思った人もいるだろう。しかし天宮城達はこれを解決していた。割りと早い段階で。
「じゃあ容れますか」
天宮城が手を触れるとあれだけ巨大だった猪が消えた。
そして全員何事もなかったかのように歩き出す。
「それにしてもそれは反則よね」
「なにが?」
「収納庫」
「確かに楽だよなー」
「あんたそれの有用性あんまり理解してないんでしょ」
収納庫というのは天宮城の専属武器、神解きの針状態の時の効果である。
天宮城は神解きをバズーカ、ブーメラン、鉄扇、それと針に変型させることができる。
バズーカはそのままだが、ブーメランは弓程の大きさである意味ではバズーカよりも危険なほど殺傷力が高い。一発当たれば滑らかに切り口を切断、飛んでくるときに遠心力で血も吹き飛ぶので汚れない恐ろしい武器だ。
ブーメランなんて玩具じゃね? と思っていた自分を殴りたいくらいの衝撃的な威力だった。
鉄扇は打撲武器。正直もう一つ使い方はあるのだが恐くて一度も実践したことがない。
鉄扇はパッと見は黒い金属バットだが、それが四角くなったものと考えてもらえば良いだろう。
因みに町に行くときは基本鉄扇か針の形態しておくつもりだ。ブーメランならまだしもバズーカなど注目の的どころではない。
そして最後の針。これは別に巨大ではない。本当に普通の縫い針だ。ちょっと変えたら刺繍針にもできる。
これは仕事用なのだが最も便利だ。
糸を出さなくとも縫えるように糸やものが幾らでも収納できる収納庫や針仕事には地味に嬉しい勝手に糸を通してくれるよくわからない機能までついている。
とは言っても普段縫うのはミシンなので手直し程度にしか使わないが。
「よし、行くかー」
自分達の価値に気付かない天宮城一行は山を下っていく。周囲には霧が立ち込め始めたがこの辺りの地形が全て頭に入っている天宮城には問題なく、スイスイと迷いの森とも言われる森を抜けていったのだった。