16ー11 記憶消去、請け負います。……200万で
「落ち着いた?」
『……ん』
グシグシと真っ赤な目を擦りながら頷く凜音の頭を優しく撫でてやる天宮城。
文字を読めたのは魔力に馴れてきたからだったらしい。魔力はこの世界では生命力そのものとして扱われる。
そこには様々なものが溶け込んでおり、記憶や智識なんかも中に入っている。
ルペンドラスの魔力にあった記憶が身に付いてきたのだ。
「んー、自分じゃない人……じゃなかった木の記憶があるって恐ろしいな……」
もしこれが一気に頭のなかに流れ込んできたら頭痛どころでは済まない上に記憶の混濁が起こるのだろう。
ゆっくりと馴染むように入ってくるので自分は自分、木は木、とちゃんと理解できるようだ。
今まで苦戦しまくっていたこの世界の文字がすんなりと書ける。よくわからない文字もいくつか書けるようになってしまっているが。
「どうする? まだ居るか?」
『ううん。行く』
首を横に振って石碑に触れる凜音。名前のところを触ってから、
『ありがとう、父様。私ここから出る』
呟くように言ってから天宮城を追いかけて走っていった。
広場には旅立ちの門出をひっそりと祝うように一陣の風が吹き抜けていった。
穴を頑張って潜りながらやっとの事で外に出た天宮城だがここですっかり忘れていた問題に直面した。
「あ。アインになんて言おう」
悶々と言い訳を考えるもいい案が全く出てこない。
「ま、なるようになるか」
なるはずがないのだが、もう考えても出てこないのだから当たって砕けろである。
この当たって砕けろ作戦が後にアインと凜音の間でとある溝を作る原因となってしまうのだが、それはまだもう少し先の話だ。
スラ太郎に激しく揺さぶられ帰宅。
「き、気持ち悪い……」
『大丈夫?』
「俺に近づかない方がいいぞ……吐くかも……」
口を押さえて青い顔をする天宮城。今にも吐きそうだ。
「あ、アレク! どこ行って………? その子誰?」
「アイン、今話せる余裕ないかも……ウッ……」
もうそろそろ本気でヤバイかもしれない。
『凜音。よろしく』
「リンネちゃん? う、うん。よろしく……?」
ぐったりと地面に倒れている天宮城をガン無視して握手する二人。元のスライム形態に戻ったスラ太郎がツンツンと天宮城をつつくが反応がない。
「おいおい、酔ったのか。情けない」
「あ、そこ持つとマジで吐くかも……ウグッ」
「とりあえず目立たない所に連れていってやるからそれまで耐えろ」
人間形態の琥珀が天宮城を肩に担いで茂みに移動する。
暫くしてげっそりした天宮城が戻ってきた。
「怠い………吐いたのに……」
「それハッキリと口にしない方がいいと思うぞ」
家の前にいるアインと凜音。睨みあって今にも殴りあいの喧嘩を始めそうな雰囲気である。
「えっと、どうした?」
「ちょっとアレク。この子なんなのよ?」
「は?」
『アレキサンダーは私のもの。渡すはずがない』
「フルネームで呼ばないで⁉」
反応する所そこ? とスラ太郎と琥珀が天宮城を見やる。
『じゃあアレク』
「そっちならいいけど……っていうか何の喧嘩?」
『私はアレクの物。だからアレクも私の物』
「? どういうこと?」
いまいち理解していない天宮城。
「一体なんなんだ。騒々しい」
「騒々しいって………アレクは私のものよね?」
「いや、なんでそうなる」
琥珀の問いかけに平然とアインがそう答える。
「俺は誰の物でもないんだけど?」
「ああ、あんたはそういう性格よね………」
『ん……期待して損した』
「なんで俺は二人に責められてるんだ……」
クイクイ、と服の袖を引っ張られたのでそっちを見るとスラ太郎が先ほど渡したままだったノートになにかを書いて見せてきた。
【ご主人様はよく異性に好かれるのですな】
「好かれてる……というより弄りの対象にされやすいだけだろ」
「自覚はあるのだな?」
「自分で言ってて悲しくなってきたから止めてくれ」
とりあえず寒い。さっさとなかに入りたいのだがこの状態の二人をスルーしたところで捕まるだろうし入り口に向かう前に妨害を受けそうだ。
「俺寒いんだけど」
「我慢して」
『待ってて』
女性に言われると強く出られない性格なのでその場で待機することを選択してしまう自分が憎い。
天宮城が早くこの騒動が終わらないかなとか考えている内に二人が徐々に天宮城に接近していた。
「アレクは?」
『どっちなの』
「へ? ごめん。なんも聞いてなかった」
「『…………』」
ダメだこいつ。全員がそう思った。その瞬間に女性二人の熱も冷める。
「なんかバカバカしいことやってる気分になってきた」
『ん……とりあえず休戦』
「?」
ただ一人全くわかっていない天宮城の肩にスラ太郎がよじ登る。
【ご主人様は女心を学ばなければなりませぬな】
「お前そんな言葉どこで覚えてきた?」
スラ太郎はそれを聞いて大きなため息をついたのだった。
「全員忘れ物はないな?」
「なーい」
「あってもすぐに取りに来れるだろう?」
「こういうのは一回は確認するものだろ?」
遠足に行くような気楽さの漂う野原。目の前には背の高い木が真昼であるはずの場所を暗く閉ざしている。
天宮城が足を踏み入れたことのない場所。外だ。
ここも一応外なのだが天宮城にとっては未知の場所である。
ジャングルと言っても過言ではないその場所に、そしてその先に初めて出てみるのだ。帰ってくる予定は暫くない。本当の意味で旅に出るのだ。
天宮城はやっと、というより、とうとう来たか、とそう思っていた。
「いつかはここの外に行ってみようってずっと思ってた」
『ん。私も』
外を知らない者同士、なにか思うことがあるのだろうか。今までずっと暮らしていたところを少し名残惜しそうに見て、すぐに前を向く。
「………行こうか、皆」
「うん」
『ん』
「うむ」
【御意に】
天宮城がバズーカを何処からともなく召喚し、肩に担いだ。ここから先は何があるか分からない。
見たことのない土地への期待とほんの少しの不安を感じながら歩き出したのだった。
やっと引きこもりのような生活から外に行けました!
次回から本格的に異世界っぽくなりますよ!