16ー6 記憶消去、請け負います。……200万で
天宮城は一先ず勉強を終え、外に出る。ただただ広い草原が広がっていて遠くには林が、少し離れたところには湖が見える。
「どうしたの?」
「今更の話なんだけど……アインってその、山から降りても大丈夫なのか?」
最近知った新事実。ここ、山だった。
地形だとかを勉強していたとき、ここが相当高い山の頂上だったことを知った。そりゃ誰も来ないわけだ。富士山並みの高さがある上にここは神山と呼ばれていて限られた人しか登るどころか麓に行くことすら許されないのだとか。
この辺りは天宮城が好きなように改造しまくっているので人が来たらそれはそれで不味いのだが。
「バレなきゃ大丈夫よ」
「そういう問題なのか? っていうか俺の混ざりモノの件もそうだけど割りとその辺の規則適当なんだな」
「そりゃ自分の種族を知られたくない人だっているし、私みたいな人だっているもの」
「そうかもしれないけど」
人間しかいない場所しか知らない天宮城からすればあまりピンと来ない。アインはそれだけ話したら寒いと言って家のなかに戻ってしまった。
「俺のこれもそうだし、色々とよくわからないんだよな……」
専属武器である神解き(バズーカ)をその手のなかに呼び出す。
天宮城からすればプラスチックのような軽さなのに他人が持てば数百キロというとんでもない代物なのに、この世界ではタダで手にはいるのだ。色々と危険な匂いが漂っている。
「ん? ここ、こんな模様入ってたっけ?」
何もなかった筈の筒の部分に小さいが花のような模様が彫られている。手の込んだ家具にありそうな柄だ。
「気づかなかったのかな。まぁ、いいや」
別に気にしても仕方ないか、と思い直して神解きを拭く。こうしてやるとなんだかこの武器が喜んでいるような気がするのだ。本当に気がするだけなのか喜んでいるのかは分からないが。
そんな風に一人でキュッキュキュッキュやっていると、もにょん、と何かが背に当たった。
「スラ太郎か?」
「キュッ」
プルプルした雫型の小動物(?)がやって来た。
「あ、そうだ、スラ太郎。お前どうする? 降りるとき」
「キュ」
ぐぐっと体に力をいれたかと思うと一気に巨大化し、立派な黒馬になった。
「おおっ、それぐらいじゃ魔力消費もないのか?」
「ブルルル」
鳴き声までそっくりだ。これはスライムだと言われないと分からないだろう。
天宮城の4倍以上も強いスラ太郎である。馬くらいはほぼ消費なしで擬態できる。
「ブルルル」
「え? いや、ムリムリ。俺乗ったことないし」
乗って。そう言っているのが目でわかる。天宮城が渋っていると背から青透明の触手が数本生えてきて天宮城を優しく掴む。
「ファッ⁉ ちょっ⁉」
「ヒヒーン!」
理解が追い付いていない天宮城を無理矢理背の上に乗せて触手で固定し走り出す。
「わぁぁあああああゆれるぅぅううううう⁉」
予想以上の衝撃に揺さぶられながら天宮城も必死にしがみつく。
「着いたのか………?」
数分スラ太郎(馬バージョン)の背にのって―――というか乗せられて―――たどり着いたのは小さな広場のような場所だった。
鳥が中央の木に集まり、優しく差し込む木漏れ日の光を浴びに来た動物達がそこらじゅうに散らばっている。
しかも、その木があり得ないほどデカイ。何せ木の幹の横幅で10メートルは軽く越えているようにみえる。
天宮城は微妙にグロッキー状態になりながら片目を瞑る。
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【世界樹】 ルペンドラス
この世に3本あると言われ、世界を支えている世界樹の1本。巨大な幹や葉、根に至るまで全てが万能薬の材料になる。
幹からでる樹液には毒を消す力があり、魔除けなどにも使われ、葉を一枚食べればその年は絶対に病気にかかることはない。
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「……………え?」
世界樹。それ自体は勉強した覚えがある。
この世界は陸続きの国が殆どなく、ほぼ全ての国が1つの島に対して1つの国家を持っている。地球では世界の70パーセントは海だと言われているがこの世界は90パーセントが海だと考えていいだろう。
それほどまでに陸地が少ない。
そして先程のほぼ全ての国、に当てはまらないところがある。それが複数の島からなるキラトセトラ諸島と呼ばれる諸島だ。
この国は元々キラトという国とセトラという国で全く別々の国だったのだが、世界樹が存在していたのだ。
万能薬の材料になる葉や樹液、枝などを狙われてその二つの国は疲弊、同盟を結び今の名前になったのだった。
世界樹そのものを奉る宗教もあり、キラトセトラは宗教国家として世界に君臨する大国になっている。
因みに、キラトセトラ自体は島の名前で国の名前はない。これは宗教国家として国が出来たときに名前をつけることそれだけで争いが起きたという歴史があるからなのだそうだ。
話は戻して目の前の世界樹である。
世界に3つある世界樹。キラトにあるものを『アフェンドラ』セトラにあるものを『タールジット』、そしてどこにあるかも分からないものを『ルペンドラス』とそう呼ぶ。
ルペンドラスは誰も見たことがない世界樹として有名だ。なのに何故これが存在すると思われているかというと、世界樹の根がそれを示していた。
世界の中心から真っ直ぐ根をはる世界樹の根がはられている範囲を研究者が調べたところ、一本だけどうにも見つからない場所に生えているらしいことが判明したのだ。
天宮城は口をポカンと開けたままただそれをボーッと見つめる。ここに来るまでに上下にガタガタ揺さぶられて大分気持ち悪かったことさえ忘れるほどの衝撃だった。
「スラ太郎………これ、知ってた?」
「キュイ」
いつの間にかスライム形態に戻ったスラ太郎が褒めて褒めてと言わんばかりに目を輝かせながら天宮城の手に頭を擦り付ける。
「ちょっと待って、え、なに、は? どゆこと」
そんな余裕等ない此方は何度も世界樹を見上げては混乱している。それでもスラ太郎の頭は撫でてあげるのだからもうこれは無意識なのだろうか。
しかもこの辺り、暖かいのだ。天宮城は他人より寒さには強いのだがちゃんと暖かいか寒いかくらいは判断できる。ここは暖房でも入っているかのような暖かさなのだ。
それよりも気になることがある。
「なんでこんなデカイものを見落としてたんだ……?」
そこである。天宮城は夢使いの能力を手に入れてからすぐにこの世界で自分が動ける範囲を探索したのだが、たとえスラ太郎に乗ったとしても数分でつくような場所にこんな大きなものがあったら気づかない筈がない。
一番上が全く見えないほどの高さなのだ。遠目で分からない筈がない。
「凄いな………」
木の幹にそっと触れてみる。少しざらついていて幹の質としては硬い。
木の幹の周りを1周してみたら巨大な穴があった。掘られているわけでは無さそうなので自然にできた穴なのだろう。
「熊でも住んでんのかな………?」
穴の大きさからしてそれぐらいだろうと推測し、その場から離れる。これ以上ここにいて動物達の憩いの場を荒らしたくなかったのだ。
「きゅ?」
『行っちゃうの………?』
「ああ、こんな綺麗な場所を荒らすのは悪いしな。アインにも内緒にしようか。琥珀は………あいつならもう知ってそうだけど。うん」
スラ太郎に馬形態になってもらうように告げる。
「きゅい」
『もうここに来ないの?』
「ん? そうだな。ここは俺が来ていい場所じゃないかもしれないし…………って、え?」
普通にスラ太郎と喋っているような気がしていたが、先ずスラ太郎は喋れない。じゃあ、誰と?
背後を振り返る。
『もう、来てくれないの………?』
ぽろぽろと涙を流すほぼ全裸の緑色の髪をした少女が穴から顔を覗かせていた。