16ー4 記憶消去、請け負います。……200万で
よく効いた暖房が店の中から溢れてくる。厚着をしていたら少し暑いくらいだ。
「……………」
チラ、とマネキンが着ている服を見る。その瞬間、金縛りにでもあったかのように目がそこから話せなくなった。
(材質はウール………ここでワインレッドのワンポイントが入るより絶対薄めの紺で刺繍を入れた方が映えるだろうし、ここにボタンをつけるよりかはチャックの方が時間がないときは手間がなさそうだ………俺が作るなら肩幅をもう少し広くして上の服のポケットをとって………)
「あの、お客様?」
「………え、ぁ、はっ⁉」
全くその場から動かなかった天宮城に店員が話しかけていた。しかもそれに全く気づけなかった。
「えっと、大丈夫でしょうか?」
「は、はい………すみませんでした……」
顔が熱くなるのを感じながらそそくさと店の奥へ逃げるように去る。
「恥ずかし………」
店の奥で顔を冷ましながら、ふと我に返り、
「………あれ? なんで材質わかったんだ、俺………?」
刺繍の色とかなら確かに変えたらいいのに、と思わないこともないかもしれないが、一瞬服を見ただけで何の布なのかなどわかる筈がない。
少なくとも天宮城はその辺りは詳しくはない筈なのだ。
「ま、さか………」
真赤だった顔が徐々に青ざめていく。震える手で近くの服を手にとって観察すると、
(これは………ポリエステルだな。袖口が少し狭すぎる気がするな………あ、ここを少し切ってボタンを付けるタイプに変更すればその辺りは解消できるか。腕捲くりするときとかはそっちの方が楽………)
ハッと我に返り、考えていることを振り落とすようにブンブンと首を横に振る。
「何を考えてるんだ俺は………」
微妙に落ち込みつつ、タグを見る。そこにはポリエステル100%とハッキリ表示されていた。
「…………」
そのとなりの服を見る。嫌な予感しかしない。
「綿………100%」
タグを見る。綿100%と記されていた。
「いやいや、そんな筈は」
まさかね、と思いつつ電池を手に取る。絶対に、わかる筈はない、そう信じながら。
(多分インドネシア産のアルカリ乾電池……水銀は不使用……ってなに考えてんだ俺は)
恐る恐る表記を見る。インドネシア産だった。
「…………」
開いた口が塞がらない。乾電池の輸入の主流がインドネシアだとか、そんな風に知識として知っているならまだしも、今初めて何処産なのか見たくらいである。知る筈がない。
寧ろ、『インドネシアで電池作ってるんだー』くらいの感覚である。
スッと電池をもとの場所に戻し、何事もなかったかのようにその場を去る。
だが、その足取りを見れば誰だって思うだろう、『あの人大丈夫か?』と。
なんども躓き、足がもつれる。今にも倒れそうなのだが。
店から出た瞬間、ある方向へダッシュする。
そして辿り着いたところの扉を思いっきり開け、
「どうしよう………! 全く制御できない………!」
「………いや、何の話」
助けを求めた。
天宮城が取り乱したのは、夢の中で手に入れた【鑑定】と【デザイン】のスキルが半ば暴走しかけているからである。
鑑定のスキルは鑑定対象に向かって興味を強く持つと勝手に発動してしまう微妙に厄介なもので、天宮城もこれを抑えるのに相当苦労した。
そしてもっと厄介なのがデザインのスキルである。レベルが上がったことによって手に入ったスキルだが、こっちの方が厄介でなんでもかんでもこれが反応してしまうのだ。
止めるには思考そのものを止めるしかないのである。
また、適応化のスキルは単純に言えば『物を最も自分にとっていい状態にする』というものだ。簡単に言えば少し古くなった布を新品同様にしたり、逆に新品同様のものを少し古くなったように加工することも可能である。
デザインと同時に使うことでその威力はかなりなものになる。とはいっても全て服作りにしか関係はない。
天宮城はアインの事をぼかして夢の話をした。
「どうすればいいと思う⁉」
「いや、そんなこと言われても。そもそもこっちでもそれは使えるのか?」
「さっきやってみたら出来た」
天宮城自身も使えるとは思っていなかったのだが、発動したのだから出来るのだろう。
「でもそれで僕のところに来るのはどうかと」
「え、駄目だった?」
「駄目じゃないけど。お客さんいたらどうすんの」
「ここ誰もいないでしょ」
「おい」
ぐでっとカウンターに身を投げ出す天宮城の前に紅茶が差し出された。
天宮城はそれを口に含んで、
「渋っ⁉」
「ここの店に客が来ないとかほざいたからだ」
「今の時間は人来ないだろって、そういう意味で言ったんだよ⁉」
滅茶苦茶渋い紅茶に顔をしかめる。
「どちらにせよこの時間は開いてないんでしょ?」
「なのになんでお前は入ってくるんだよ」
「いいじゃん、べつにさぁ」
「よくはない。仕込みがあるんだけど」
「別に俺のこと気にしないでいいよ」
「気にするわ」
疲れきったようなため息を吐きながら天宮城の前に座る。
「で、俺に相談しに来たってことは」
「判るだろ? これとは別件だよ。ちょっと愚痴が溜まってたから吐き出したかったってのもあるけど」
「ここはカウンセリングする場じゃないんだけどな」
「はいはい。んで、これが資料な」
天宮城が鞄から取り出した資料に目を通す。
「ふーん」
「どう?」
「できない範囲じゃないな。これは?」
親指と人差し指で輪っかを作り、天宮城に向ける。
「がめついなぁ。………そうだな、60で」
「まぁ、それぐらいがいいか。………それにしても、お前はどうやっていつも値段設定してくるんだよ。いつも値段交渉すらする必要がないギリギリのラインなんだけど」
「さぁね。こんなもんかなって思うだけさ。っぁあ! 渋い‼」
一気に紅茶を飲み干し、少し気持ち悪い舌触りを無視して水で流し込む。
「なんだ、全部飲んだのか。律儀だな」
「だってもったいないじゃん」
昔は紅茶一杯が高級品のような感覚だった天宮城。お残しは絶対に許さないのだ。
「そうだ、会長から聞いたぞ。また無茶したんだって?」
「無茶ではない」
「無茶だろ。どれくらい使った?」
「使われた、な。大分削れてたから………ざっと10人分くらいか」
「三人で死にそうな声あげてたお前が?」
「だって、これは普通の痛みじゃないんだって。痛覚とかの過程全部すっ飛ばしてダイレクトに脳に痛みが伝わるんだぜ? 最初使ったとき一瞬で気絶したし」
胸の辺りをぎゅっと握りながら表情を曇らせる。
「そうか。………先生に診て貰えよ。性格はちょっとあれかもしれないけど腕は相当いいから」
「ちょっとじゃねぇよ」
「お前は大変だな」
「他人事だと思って………」
先生、とは魚住のことである。あの医者はあまり思い出したくなかった。
「ま。またこいよ。紅茶くらいなら出してやる」
「渋いのはごめんな。んじゃ、それは頼んだ」
封筒を置いて店から出ていった。