16ー3 記憶消去、請け負います。……200万で
明日からテスト週間始まってしまうので更新を勝手ながら一時的に遅らせていただきます。
数分後、こんがりと焼けたホットサンドとコーヒーが同時に出てきた。
普通に大きい。300円だというからには本当に小さい物が出てくるのではと心配していたが、杞憂だったようだ。
天宮城は熱々のそれを指先でつまんで千切る。中からチーズやトマトソースが垂れそうになったので急いでそれを口に入れる。
「……………」
暫く無言で口を動かす天宮城。
「あんまり美味しくなかったですかー? 私は好きなんですけどねー」
「いえ………こんな美味しいホットサンド、初めて食べました」
料理を頻繁に、というかほぼ毎日作っている天宮城。それなりに研究もしているのでちゃんと美味しいものは作れている自負がある。
だが、これはそれを優に越えている。どこにでもありそうな材料。トマトソースとチーズ、それと少しの野菜、たったそれだけなのに、どうやったらこんなに深みが出るのだろうか。
「それは良かったですー」
「自分も少しは料理をしますが………これを作れと言われても無理だと思います」
別に天宮城は料理人でもなんでもないのだが、なんだか圧倒的な敗北感に襲われる。
世の中にはこんな物があるのかと驚愕した。
「ここ立地条件が悪いのでー、もうお店閉めようかって話しになってたんですけどねー」
「立地条件は確かに悪いですね………僕もここ見付けたの奇跡みたいなものですし………」
一応この辺りも都市部なので土地代もかなりかかる筈である。
「もっといい場所あればいいんですけどねー」
「いい場所………………………あ」
確かにこんな見えないように作られたような店など、天宮城のように奇跡に近い見つかり方でしか探したって難しいだろう。
そう考えた瞬間、物凄い立地条件のいい場所が頭に浮かんだ。
土地代はほぼゼロ、人も頻繁に訪れる。
そんな場所が。
「あの、いい場所、あるかもしれません」
「?」
「少し離れたところに公園があるのをご存じですか?」
「はいー」
「そこの大通りに面した場所に………店を開ける場所があるかもしれないです」
コーヒーも飲んでみたが、豆がいいのかこの店の淹れ方が上手いのか、これも美味しい。
あの店には悪いが、有名チェーン店のコーヒーとは比べ物にならないほどのものだ。
勿論あの店のも好きだが、天宮城はこっちの方が絶対に好きである。こんな店が潰れるのはちょっと………というか、かなり勿体ない。
「大通りに面した場所ってー……あそこはなんとか協会の本部ですよー?」
「そこです」
「はぇ?」
カフェテリアは建物内にあるが、職員と会員専用みたいになってしまっている。一般客も入れるのだが、どうしてもそのイメージは拭えないのだ。
もう一軒入れるかどうかは前々から藤井たちと話していたことである。もしかしたらすんなり話が通るかもしれない。
「僕、あそこで働いてるんですが」
財布から名刺を取り出して渡す。おばさ―――女性はそれをマジマジとみて、
「てん………みやしろ?」
「あ、それ、うぶしろって読みます」
「うぶしろ、りゅういちさん? 第ニ隊隊長………? これ、凄いんですかー?」
「す、凄いんでしょうか………?」
そういわれるとなんとなく不安になる天宮城。
「おまっ………⁉ 第二隊隊長だって⁉」
それまで無言だった男性が走ってきた。今の今まで存在を忘れていた程静かだったので天宮城は一瞬ビクッと体を震わせる。
「マジかっ⁉」
「ええ、一応………」
「まさかあの会見の人だとはなっ‼ 会えて嬉しいぜっ!」
勝手に手をとられてブンブンと上下に揺さぶられる。天宮城が一番混乱していた。
「えっと、僕のことを?」
「勿論だっ!」
「この人ー、超能力に憧れてるんですよー」
「は、はぁ………」
それからその男性は超能力のなにが格好良いのか、何が凄いのか、どんな能力は何ができるのか、怒濤の勢いで話し始めた。
「俺もいつかはっ‼ いつかは何かの能力が使えるようになりますようにっ‼」
「いつもこんな感じなんですか………?」
「そうなんですよー。煩いから仕事中は黙ってろっていってるんですけどねー」
それで静かだったのか、となんとなく納得する天宮城。
「あそこで‼ 聖地で働かせてもらえるのかっ⁉」
「聖地って………そうですね。前々から何らかのカフェかなにかは入れようかという話が出ていたので僕の方から秋兄……じゃないや、藤井会長達に話を通せばあるいは」
「頼むっ‼ 俺、あそこで働くの夢なんだよっ!」
土下座しそうな勢いで懇願する男性。ゆったりしすぎの奥さんと熱すぎる夫。温度差が激しすぎて相手するのが大変そうである。
「は、はい……とりあえず話しはつけてみます。僕もここのコーヒー気に入っちゃったんで」
場所ならば提供できる。そこでどれだけやっていけるかどうかは本人達の腕にかかっているが、先程の味であの値段ならば確実に繁盛すると言い切れる。
「お願いしますー」
「お願いしますっ‼」
ゆっくりとニコニコしながら軽く頭を下げる女性と残像でも残っているかのような速さで頭を90度に下げる男性。
この人達も面白いな、と小さく笑い、
「はい。話が通るように頼んでみます。どちらにせよここにはまた来るつもりですので、またよろしくお願いしますね」
五百円玉をカウンターに置いて店を出る。200円多いが、天宮城は最低でもこのくらいは出さないと、と思っていたのでその金額を置いていった。
この夫婦、最初は興奮していて(主に、というか旦那だけだが)天宮城が多く金を置いていったことに気づかなかったのだが、暫くしてカウンターに目をやり、置いてあったそれをみて、「俺もいつか懐のでかい男になりてぇな」と呟いたそうだ。
残念ながら天宮城はまだ18歳であり、その男は38歳という、20も離れた相手だったということは知らせない方がいいのだろう。
天宮城にも、男性にも。
「あー、帰りたくない………」
ぽろっと口から出た本音を隠すように欠伸をしながらごしごしと目を擦る。
先程の店を出てからまた暫く歩いているのだが特に何もない散歩に飽きてきた。飽きてきたが帰るのも面倒である。
適当に見付けた服屋に入ってみた。
…………そこで、本人にとってはあまり喜ばしくない事に気が付くことになるとは知りもしないで。