16ー2 記憶消去、請け負います。……200万で
「っ、頭痛い………」
静かに痛みを訴える頭をグリグリと押し、眼鏡を外す。
「どうだった?」
「多分相当なハッカーじゃないと無理だと思うよ。これ。少なくとも俺は無理だね」
溜め息をつきながらデータの入ったUSBメモリを渡す。
「とりあえず調べてみたけどそんな人いない。で、本人は?」
「逃げちゃった」
「マジか」
偽造カードがどこから来たのか知りたかったのだが、と考えるがこれ以上頭を痛ませる悩みを増やす必要などないだろう。
天宮城は気晴らしにとばかりに外を見る。
まだまだ夜は寒いが、昼間は長袖一枚で十分なポカポカした陽気である。散歩くらいいいだろう。
「どこ行くの」
「散歩」
「行きたいなー」
「仕事は」
「あるけど」
「ダメに決まってるだろ」
文句を言う葉山に呆れた視線を向ける。
「上司がそんなんで部下はついてこないだろう」
「うちの子達は優秀だもん」
「第5部隊は…………うん。そうだな……」
あまりにも濃すぎるメンバーが頭のなかに浮かんできた。
こびりつくイメージを頭を振って振り落とすような動作をし、とりあえず今はあそこの人たちの事は考えないようにする。
話すだけで疲労が溜まる人たちの集まりなのだ、あそこは。
「じゃ、行くから」
有無を言わさず外に出た。
人によっては涼しいと思うかもしれないし、寒いと思うかもしれない、そんな冷たさをほんの少し孕んだ空気が天宮城の頬を撫でる。
天宮城は寒さには強い、というか強くならざるを得なかった暮らしを一時期強いられていたのでこれぐらいなにも感じない。
特に目的の無いまま適当に歩いていると、見知った顔に出くわした。
「咲だよな………?」
「お、龍一君ではないかー」
茶化すような言い回しでそう言ったのは元クラスメイトの朝日 咲である。
「なに、まさか顔を忘れてて半信半疑とかそんなんじゃないよね? ちょっと泣くよ?」
「いや、違うから。その………髪の毛、どうしたの」
朝日の髪が、金色になっていた。
「染めたんだよー、どう? 惚れた?」
「惚れねぇよ………っていうか早くないか? 学校卒業してからそんなに経ってない気がするけど」
「一ヶ月も待ってられないよー」
「そんなに経ってたっけ…………? ああ、寝てたからか」
寝てたから、というより割りと下手したら死んでたレベルの騒動があったのであまり日が経っていないように感じる。
理由が理由なので話すことも出来ないが。
「なんだなんだー? まさかニート? ニートになったのか!」
「ならねぇよ。仕事しすぎて心配されるレベルでやってる」
それにしてもとんでもないイメチェンである。勿論、高校卒業と同時に髪を染める人も珍しくはないのだろうが、それにしても思いきったカラーである。
「もっとこう………茶色とかにするのかと思ってた」
前々から染める染めると聞いていたのだが、まさか全部金髪にするとは思っていなかった、と付け足す天宮城。
「いやー、私も最初はね? 茶髪の予定だったんだけど、今は金髪が流行りらしいからね」
「初耳だな、それは………」
「それにもう染めちゃったしねー」
たはは、と頭をかきながら笑う朝日。
「天宮城殿は? どうなのかね?」
「どうっていわれてもな……………」
ここ最近のことを思い出してみた。
「……………碌なことがねぇ」
とりあえず騒がしいのはいいのだが、兎に角面倒くさい連中である。
「でもいいなー。就職氷河期の今に就職先すんなり決まるって」
「それもそうかもしれないけど…………俺は幼馴染とは仕事したくなかった」
「格好良い人多いじゃーん、可愛い人も」
「見た目の良し悪しじゃない。とりあえず皆悪質なんだよ。根がな。根が、な!」
大事な事なので2回言った。
「わかったわかった。楽しいのはわかったから」
「誰もそんな話ししてないんだけど」
自分解釈で突っ走る女、それが朝日である。
「まぁ、頑張ってね。大変そうだけど、楽しそうで良かった」
「楽しいなんて言ってないけど」
「雰囲気でわかるよ。なんか前の天宮城は焦ってたもん。今の方が格好良いよっ! じゃねっ、失礼つかまつりまつる!」
風間に似たようなところがある彼女を見て、
「言葉間違ってないか………?」
クスクスと笑う天宮城だった。
朝日と別れ、散歩を再開する。そろそろお腹が空いてきた。
「そういや朝御飯食べてないな…………そりゃ腹も空くか」
腕時計を確認すると、午後一時である。
もうこの際どこかの軽食屋かコンビニで済ませようかと考え始める天宮城。時間的にも店はそろそろ空いてくる方だろう。
とりあえず適当に歩いて見つけたのは注意して見ていなければ見つからない、寧ろ探していても見つからないような場所にあった喫茶店である。
まるで壁と壁の間に埋め込まれているかのように見えるその店の前には小さな黒板が出され、それがなければ誰もが皆ただの通路としか認識しない、そんなような店。
「やってるよな………?」
openと書かれた看板が扉のノブに引っ掛かっているところを見ると、ちゃんと営業しているようだ。
黒板には玉子サンドをはじめとした定番のメニューが書かれており、その値段はかなり安い。
この店、大丈夫なのか? と一瞬心配になった天宮城だが、腹も減っていたので恐る恐る店内に入ってみた。
カランカラン、とベルが可愛らしい音を立てる。
「……………」
「……………」
奥の厨房にいた店員とはっきり目があった。なのになにも言われない。天宮城もどうしたらいいのかわからず、その場に立ち尽くしていた。
「あ、お客さんいるじゃないの。いらしゃいませー」
いらしゃいませ、となんとなく軽い挨拶をしながら奥から恰幅のいいおばさ―――女性が出てきた。
「お好きな席どうぞー、とはいってもカウンターしかないんですけどねー、ハハハハー」
よくそんなに息が続くな、と思うほどに声を伸びさせながら女性が豪快に笑う。
「どれにしますー? なんでも美味しいですよー、ま、それなりに、人気って呼ばれるほどじゃないですがー、はーい」
あまりの勢いについていけない天宮城。
「あー、お勧めはですねー、ホットサンドのピザですよー? なかなかいけるんですよねー、これ」
「あ、じゃあそ――――」
「はーい。ホットサンドのピザいっちょー」
「………………」
言い終わる前にさっさと作り始める。気が早いにも程があるが、どうせそれを頼もうと思っていたので問題ない。ただ、このおばさ―――女性の勢いが凄いだけで。
値段の方も格安である。
ホットサンドを頼むとコーヒーも一緒に付いてくるようなのだが、それで300円である。どんな大きさなのかはわからないが、普通の大きさだとしたらコーヒー付きでこれはかなり安い。
他にお客が見えないこの店でそれは大丈夫なのだろうか?