16ー1 記憶消去、請け負います。……200万で
藤井が三人に天宮城の過去を話しているのと同じとき、天宮城は自販機の前で女性二人に語りかけていた。
「僕は、ずっと過去を抱えて生きていくのが人間だと思ってます。過去があってその上に今と未来が積み重なっている。その自分の足跡、消したらどうなるでしょうか」
手の中にある紙をギュッと握り締めながら、
「僕も忘れたいことはありますが、覚えているのが大切だと、そう思っています。本当に、本当にいいんですか?」
「………………はい」
「そうですか。では、こちらからも条件を出させていただきます」
天宮城はもう一つの紙の束を女性に手渡す。
「なにがあっても責に問わないという同意書、それと今回の事にかかる費用です」
「費用………………⁉」
「200万円…………………⁉」
「記憶を消すんですよ? それくらいの準備は必要なんです。安全のための経費につぎ込んだらお金使いきるくらいです」
とんでもなく高すぎる数字に固まる。そんな様子の二人に、
「今ここで決めてもらわなくとも結構です。いつでも大丈夫ですから。もし無理だと思ったらやめていただいて構いませんし、本当にやる気なら費用と同意書の準備をお願いします。では」
さっさと歩いていく天宮城。だが、女性の目は200万という数字に釘付けだった。
部屋に帰ってさっさとカラーコンタクトをとる天宮城。赤い目を隠す為とはいえ、どうしても気になるようだ。
後ろに気配を感じたが、誰なのかわかっているので振り向かない。案の定、その相手は話しかけてきた。
「ズルーい」
「………また聞いてたのか」
「いいじゃん。それにしても龍一も悪くなったねー? ほぼお金かからない事に200万って」
「…………それだけの覚悟があるのか見るだけだ。別に苛めたいわけでも金がないわけでもない。もしやるってんなら貰ってそのあと返却するけどな」
盗み聞きしていた風間に呆れたようにそう返す天宮城。
「後は彼女の決断だ。俺としては、消さない方がいいと思うけどな。じゃ。俺ちょっと眠いから寝る」
さっさと部屋に入っていく天宮城を見送り、
「こんな時までそんな顔しなくてもいいのに…………」
そう一言呟いてから外に出ていった。
天宮城は椅子に座って机にある本を一冊手に取る。数年前にベストセラーになったそれは自身の母親が書いたファンタジー小説である。
なんども読み返してもう表紙などボロボロになっていて所々字が掠れていて読みづらい。
内容など、目をつむっても朗読できるほど覚えた。それでもこの本は絶対に手放さない。普段は会えない母親と一緒にいられる気がするから。
「………………バカだな」
それを元の棚に戻してベッドに倒れこむ。ぼんやりとただ天井を見詰め、静かに目を閉じて、深い思考の海へ、堕ちていく。
「龍一のこと、大分端折りましたがこんな感じです。というか、これ以上は本人から直接聞いてください。俺が言えることではないです」
少し申し訳なさそうに藤井がそう告げる。
「いえ、教えていただけただけで十分です」
「そうだね。天宮城君はこんなこと話さないだろうし」
「下手に地雷を踏むことは無くなったかもしれないからね」
三人は各々藤井に礼を言い、頭を下げる。
「俺達からも、龍一のこと、頼みます。あいつが俺たち以外の人と関わろうとするなんてもう何年も無かったことですから」
天宮城は自分の事を極力周囲に判らせないように人との関わりを避け続けていた。それも、不自然ではない程度に、だが。
今回世間的に自分の事を晒し、能力を隠す必要がなくなったという吹っ切れた所もあるのだろうが、それでもその姿勢はいつもとは全く違う。
「少しずつで大丈夫です。あいつの人嫌いを治してやってください」
冗談めかして笑いながら、そう言ったのだった。
三人はそのまま部屋を出て、協会内にあるカフェテリアに入った。
「これからどうする?」
サンドイッチを頬張りながら唐突に話し出したのは吉水だ。
「どうって?」
「龍一君、演技しているように見えた?」
そう言われ、二人も考えてみる。いくら思い出しても演技じみた表情は無かったと思うが、笑顔ではないタイミングがほとんど無かったことを考えるとそうとも言いきれない。
「よくわかんないな。水野さんは?」
「うーん、わかんないなぁ」
そう、結局よく判らないのだ。精々一緒に過ごした時間など水野は数ヶ月、小林など一ヶ月やそこら、吉水に至っては数日だ。
「ねぇ、今度龍一君を外に出す時にやってみたいことがあるの」
まるで引きこもりを家の外にだすような言い方ではあるが実際に引きこもりっぽい生活を送っているので間違いではないのかもしれない。
本人、働き過ぎでいつか過労死しそうな状態ではあるが。
「だからね、二人にちょっとお願いしたい事があるの」
悪戯を考える子供のような笑みを浮かべて、二人に耳打ちをするのだった。
「はっ⁉ …………なんか悪寒が」
天宮城は得体の知れない寒気に襲われて目を覚ます。まだ日は高く、眠っていたのも数時間のようだ。
小さく欠伸をしてぼんやりと周囲を見回す。
部屋に合わせて作ってもらった本棚は天井近くまで本がぎっしり詰まっており、その大半が天宮城が自分で稼いだお金で買ったものだ。
また、ベッドの上には風間達が持ち込んでくる大量の縫いぐるみ。風間達はクレーンゲームが好きなのだが、やることそのものが好きなのであってとるもの自体にはほとんど興味はない。
結果として全て天宮城に回ってくるのだ。
机の上にはノートパソコンや仕事で使う書類がきちんとファイルに纏められて並んでいる。
天宮城はその内のひとつを手に取った。
やけに古いクリアファイルには天宮城の顔写真が貼られた書類が入っていた。それに手をいれかけた瞬間、扉がノックされる。
心臓が飛び出るかと思うほど驚いた天宮城は反射的にそれを急いで棚に戻した。
「龍一、この人なんだけど………何やってんの?」
「いや、別に」
変なポーズで固まっている天宮城に怪訝な目を向ける葉山だが、直ぐに気を取り直してカードのようなものを見せる。
「この人、見覚えある?」
「んー? …………わかんない。無いかも」
「龍一がわかんないなら本当に無いかもね。この人の能力、思考力向上なの」
「思考力向上? そんな珍しい能力だったら、俺覚えてる自信あるよ」
「だよねー。偽造だなぁ」
このカードは運転免許証のように身分証明の代わりになる大切なものだ。それがあっさり偽造されているとは、本来あり得てはいけないはずなのだが。
「前の流出でカードの製造方法バレちゃったからなぁ」
「そこだよな。新しいデザインの目処は?」
「立ってはいる、けど。実用にはもう少し時間いるよ」
「そうか」
以前、カードの作り方が漏れた。正確には金に目が眩んだ人がデータを持ち出してしまった。
これにより偽造カードが大量に出回り、一時は大混乱だった。
そこで協会の信用が落ちなかったのは管理者パスワードのみでしか開けない、会員の個人情報がのっているデータだった。
このパスワード、知っているのは幼馴染達のみで、しかも全員が使用許可を出さなければ天宮城や藤井でも勝手に見ることが出来ない。
あり得ないほど厳重に守られているために、偽造カードを見つけるのもそう難しくなかったのだ。
「とりあえずハッキングしてみて。無理だったらいいや」
「了解」
天宮城がカードを見ながらパソコンに何かを打ち込み、片目を瞑った。
「どう?」
「無理。ガッチガチにロックされてる。相当自分達の事、知られたくないみたいだな」
カチカチとマウスをクリックしながら、そう呟いたのだった。