15ー7 彼が人を信じれない訳
「はぁ、はぁ………行くよっ」
「結城………お前何回飛んだ」
「数えてない! けど後五回くらいならいける!」
「ごめん。頼んだっ」
風間は能力を使うときに体力を消耗するのだが、疲れすぎると思った通りの場所に飛べなくなり、それ以上になると歩くことすらままならなくなる。
今は相当限界が近い。それでもちゃんと目的地に着けたのは持ち前の粘り強さ故であろう。
「秋兄!」
「わかってる」
藤井の能力のひとつ、感覚増幅。五感のみならず触覚や第六感さえも強化できる能力だが、そのぶん負担が大きく、下手に町中で使ったりすると自動車のクラクション1発で他の音が聞こえなくなる。
その代わり、全ての感覚が強化されるのでほんの少しの空気の動きや静かな場所だと他人の心音すら聞き取ることが出来る。
「こっちだ。まっすぐ」
藤井の先導により全員が動き出す。その動きはまるで一心同体。
誰一人遅れることも前に出ることもなくほぼ同じスピードで動く。
山の中腹、少し開けたそこは広場のようになっており、申し訳程度の小さな山小屋が一軒、ポツリと端に佇んでいる。
藤井達はよく山菜採り等に来たときにここでいつも休憩がてら少し遊んでいた。
そんな憩いの場に背の高い女性をはじめとした男女5人が居た。そのうちの一人は見覚えがある。
「「「龍一!」」」
天宮城は地面に座り込んだまま動く気配がない。起きているかさえわからない。だが、藤井の耳には確りと呼吸の音と胸が上下しているのが見えたので一先ずそこに安堵する。
近くの女性が天宮城の頭の上に手を置いた。藤井達など気にすらしていないその行為に強く苛立ちを感じる。
だが、その感情は直ぐ様困惑に変換される。
手を置かれた瞬間に天宮城が目を開いて相手を真っ直ぐに見たのだが声を出すどころか口さえも開かない。
落ち着きすぎているその態度に風間達が固まっていると異変をいち早く察した藤井が叫んだ。
「伏せろっ!」
その瞬間、広場に殴り付けるようなプレッシャーが襲い掛かる。感覚が増幅されている藤井は相当な痛みを感じたはずなのだが、気にしないように無理矢理思考を切り替える。
大人でさえ1人が今ので倒れた。子供である自分達が直接受けていたらと思うとゾッとする。
「秋兄、これはなに⁉」
「わからない。けど、龍一がなんかヤバイことだけはわかる!」
答えになっていない答えを叫びながら藤井はゆらりと立ち上がった天宮城を見た。
先程伏せたのは第六感が上手い具合に働いてくれたからである。なんの根拠もない勘だ。だが、その勘が今はずっと警報をならし続けている。
今のものは攻撃でもなんでもない。ただ、空気が一変した。ただそれだけである。
それだけで殴られたような衝撃を伴うのだ。一体どんな仕組みだと問いたくなる。
天宮城はぼんやりと虚空を見つめ続けている。藤井はその目を見て、身体中の体温が一気に奪われたような感覚に陥った。
「目が………赤い」
まるで血の色。真っ赤に染まった瞳孔を虚空から目の前の女性に向ける。自分の事でもないのに心臓を握られたかのように感じた。
その目はなんの興味も示していなかった。否、徐々に人間らしい感情を抱き始めた。煮えたぎるようなそれは――――憤怒。
爆発的に膨れ上がったその感情に呼応するかのように髪が先端から少しずつ赤く染まっていく。
「おお………素晴らしい」
真横から聞こえた声に驚いて目を見開くと、先程からそこにいた男がなにかを手にもつ端末に打ち込む。
「なにを………」
「なんだ、ガキがいたのか」
まるで気づいていなかったかのような言い方である。否、実際に気づいていなかったのだ。
「龍一になにを………なにをやった」
「なに、だと? まぁ、教えてやってもいいか…………どうせ皆死ぬしな」
その言い方は、自分も死ぬような言い方だった。しかも、それをさも当然のように口に出している。
目の前の天宮城とは違った意味で、恐ろしさを感じた。
「思い出させたのさ。『今までで一番怖かったこと』をな。子供なんて単純だ。泣き叫んで暴走するかと期待したんだが、予想を遥かに越えたエネルギー量だ………」
暴走させる気でそれをやった。天宮城の能力はこれまでにも数度暴走を繰り返している。だが、それは一瞬先程のような軽いプレッシャーのようなものに襲われるだとか、そんな感じのものだった。
今回のこれは、規模もそうだが根本的になにかが違う。正確に言えば、それを引き出している原因だ。
いつもは力の使いすぎで起こっていたのが、今回は感情で無理矢理に力を暴走させている状態である。何が起こるかわからない。
周りをみると、藤井以外全員が気絶していた。皆耐えられなかったようだ。
天宮城に視線を戻すと血の色に染まった目と髪の他にもある変化が現れ始めた。
左手が徐々に少し透明感のある烏の濡れ羽色のようななにかで徐々に覆われていく。
バキバキとそれに伴って何らかの音がするのだが、藤井にはプレッシャーに耐えるだけで精一杯でその辺りには集中できなかった。
天宮城の半身をまるで鎧のように覆っていくそれは、つい最近目にしたものとよく似ていた。
「あの宝石か………?」
天宮城の心臓にくっつくようにして現れたそれとそっくりだった。
やがて半身全てを覆い尽くしたそれは背に何かを形成していく。それは片方だけではあるのだが、立派な大翼のようにみえた。宝石のようなもので出来た羽は一枚一枚が鋭利な刃物のように尖っており、近付くもの全てを拒絶するような形であった。
「ユル………サ………ナイ」
ひと言、そう一言発した瞬間、藤井の隣にたっていた男が叫び声をあげながら倒れて動かなくなった。
黒い羽が全身に刺さっており、幾つか貫通していた。かなりグロかったがなるべく見ないようにして天宮城のほうに無理矢理視線を戻す。
今の一瞬で射出された羽は徐々に新しいものがでてきていた。まるで鮫の歯である。それも、とてつもなく凶悪な。
よくよく見ると、腕を覆い尽くしている鎧のような物の隙間から赤黒いものが垂れてきている。それは真下の草を赤く染め上げては濡らしていた。
天宮城がとてつもない形相で少し遠くで立っている男を目に捉える。その瞬間にその体が消えた。
「グハッ―――」
その直後には、その男の腹を左腕で貫通していた。今のたった一秒で数十メートル離れた男に接近し、ただ1発殴るという行為で死体を作る。
その頬に付いた血は、男のものなのだろうか。それとも、天宮城のものなのだろうか。
天宮城は無造作に腕に刺さっている人間だったものを引き抜いてその場に捨てる。黒い鎧は徐々に覆う場所を広げていっており、もう右側も徐々に肌が直接見えるところが少なくなってきた。
その時、藤井は心臓が止まったような感覚に陥った。ピタリと、天宮城と目があってしまった。
血の色に妖しく光る目は何も映しておらず、磨りガラスのように反対側が見えない。
「龍、一…………」
天宮城の背にある羽が上へと持ち上がり、完全に攻撃体勢に入っている。だが、藤井には見えた。そして、聞こえた。
その作りものにしか見えない羽と手が、小刻みに震えていたこと。藤井の名前を、譫言のように唱えていたこと。
そして一瞬ではあるが、天宮城の目の色が黒に戻った。
「そこで、もう大丈夫かと思ってしまったんです。俺が知る、龍一なんだと。でも、龍一は大丈夫じゃなかった」
「………そもそもどうして、天宮城君はその人たちに怒りを?」
「龍一も、覚えていないそうです。どうせなら、全部忘れてくれれば良かったのに………」
小林の問いに答えられないと首を横に振る藤井。その表情にはどことなく諦めが見てとれた。