15ー4 彼が人を信じれない訳
本当はもっと面倒くさい内容だったのですが、面白くなかったので省きました。
なので話が途中、無理矢理直した感が強いです。
それでも良ければどうぞ!
「龍一が話したのは両親のことでした。大人には聞かれたくないと先生と警察の人を追い出して、ですが」
藤井は当時のことを思い出すようにそう言った。
「………俺のおかあさんは有名な女優なんだ。だからあんまり家には帰ってこない」
「お父さんは?」
「知らない。話したこともないし会ったとこもない」
父親の事は本当になにも知らなかった。ただ、母親のことは絶大な信頼と尊敬の念を抱いており、まるで神のように崇めていた。
最初はお手伝いの人を雇って生活していたのだが、仕事が忙しくなった上にその人が自分の母親の介護にいかなければならないという理由で手伝いをやめてしまった。
そこで現れたのが、
「俺のおかあさんの弟の叔父さん。なんか沢山お金を借りてて、おかあさんにお金頂戴っていつも頼んでる」
そこで天宮城の母親が天宮城の面倒や家を管理する代わりに借金の肩代わりを申し出たのだ。
これに叔父は飛び付き、天宮城は叔父の家に引っ越した。
だが、ヤバかったのはその後暫くしてからだった。
「段々、ご飯がもらえなくなった。朝御飯がなかったり、異常に少なかったり。その代わりにお酒の瓶がどんどん増えていった」
叔父は、天宮城の生活費として母親から受け取っていた金を徐々に酒に注ぎ込み始めたのだ。
そしてそれは更にエスカレートしていく。
「その内ご飯がなくなった。二日に一回とか、酷いときは三日に一回。家のなかに入れて貰えなくなって倉庫に段ボールを敷いて寝るようになった」
僅か5歳の男の子が生きるのに必死だった。
そしてそんな天宮城を嘲笑うがごとく、事態は悪化の一途を辿っていく。
「突然、倉庫から引きずり出された。痛いって泣いたら思いっきり殴られた。それが週に一回、二回って増えていって、気づいたときには毎日蹴られてた」
その辺りからよく覚えていないらしい。どうやらあまりの辛さに記憶が曖昧になっているようだ。
「なんで蹴られてるのかわからなくて、でもどうしたら良いのかもわからなくて、ただひたすら耐えた。おかあさんが帰ってくるときはお金がもらえなくなるのは困るからって叔父さんは俺を蹴らなかった」
倉庫で暮らしているのを「倉庫でよくかくれんぼをして遊んでいる」というのに無理矢理言い換え、もらったお小遣いは全て酒に変わった。
「でも、こっそり少しずつお金を抜いてポケットにいれるようにしてたんだ。それで汚さない用の服とかタオルとか買った」
あのタオルでさえ、叔父を何とか出し抜いて必死で貯めた財産だった。
「この前、おかあさんが帰ってきたときに足の傷がバレたんだ。ちょっと血が滲んで服に付いていたのを見られた。なんとか誤魔化したけど叔父さんが俺のせいで金がなくなるところだったってもっと酷くなっていって………」
「それで倒れたのか」
無言で頷く天宮城。話は相当ショッキングなものだったが誰も目を逸らさずに聞いていた。
「なんで大人に言いたくないんだ?」
「おかあさんに………気付かれたくない。心配させたくない」
余計に殴られるから、という理由とかではなく単に母親に心配をかけたくないという気持ちから来るものだったようだ。
「でも、このままあそこにいたら本当に死んじゃうよ」
冗談などではない。今回倒れたことは寧ろ幸いだった。後数日同じことが繰り返されれば死ぬまで蹴られていてもおかしくなかったのだ。
「どうするの?」
「どうもしない。おかあさんにも言わないし先生にも言わない。俺の帰る場所は、あそこだから」
「でも………」
本人が別に蹴られることを気にしていないという少し異常な状態の場合、どうするべきなのか。
「蹴られるのも殴られるのも別にもうどうも思わないけど………おかあさんが悲しむのは、嫌だ」
実際、天宮城は一年近くも暴行を受けているせいで痛覚が非常に鈍くなっていた。軽くカッターで切っていてもそれに気づけないほどにはそれは悪化していた。
それが日常になってしまっている今、寧ろ蹴られるのが当たり前になってしまっている。受けない方がいいとはわかってはいるものの、もうどうでもいいように感じるようになってしまっている。
その後全員で何が一番良いのかを話し合ったが、いい答えが出るはずもなかった。
「それで、どうなったんです?」
「こっちが答えを出す前に、叔父に虐待されていたっていう事実だけで叔父が逮捕されました」
「ってことは」
「はい。龍一の意見なんて誰も聞いてやくれなかった。結果的に母親に心配をかけることになってしまい、龍一は余計に人間不信になっていきました」
自分で答えを出すはずが、気づいたら全部望まない形で終わらされていたのだ。恨むのも当然なのかもしれない。
再び別の家に引っ越し、また手伝いを呼んで暮らすことになった。叔父と母親はきっぱり縁を切ったらしいのだが、それは天宮城にとってはどうでもよかった。
母親に心労をかけたくないと思えば思うほど負担を背負わせているようで、自分の殻に閉じ籠るようになってしまっていたのだ。
「でも、俺たちの事は信用してくれるようにはなりました。一年経った頃には皆で泊まりに行ったりすることも増えました」
人間不信に陥りつつも、ちゃんと自分を変えていこうとする姿勢も見てとれたらしい。
このまま数年経てば、もしかしたら普通に人と関われるようになるかもしれないと皆期待した。
ほんの少し、少しずつ笑みを見せるようになっていった。
藤井と片山は6年生になっていた。卒業後はここからかなり離れた中学校に通う必要があり、バスを乗り継いで往復4時間もかかる場所に毎日通わなければならないのだが、遠方から来る中学生も少なくない田舎だ。学生寮がある。
つまり、中学からは寮に行くことになるのだ。
そこで、提案したのだ。
「タイムカプセルを。これがここにある間、絶対にお互いの事を忘れないように。会うことが減らないようにって」
これは天宮城のためにした提案だった。人間不信の天宮城に安心していいという場所を作るためにしたものだった。
皆、快くそれに賛同した。建前としてはまたいつかここで会うために、というものだったが、本当は天宮城に安心できる場所を提供するためだったのだ。
「皆自分の大切なものをそこにいれたんです。本当に大切にしているものを埋めたら、取りに来るしかないだろ、って龍一に言って」
天宮城も勿論埋めた。自分への手紙と母親にもらった小さな扇子を。
「俺と梨華は中学の寮に入って、そこから数年後、小学校が廃校になるって聞いて予定よりはかなり早かったけど一応掘り出しておくことにしたんです」
掘り出したら天宮城の家の花壇に埋め直す予定だった。
皆が埋めたはずの場所に行くと、どれだけ掘ってもタイムカプセルは出てこなかった。
場所を間違えたのかと思ったのだが、藤井ならともかく天宮城が間違えるはずもない。
誰かが出してしまったのだろうか? と首を捻るが誰も出した記憶はない上に、教師もここに埋まっていることは把握しているので取り出すはずがない。
「ん? なんかある。…………石?」
腕を掘った穴のなかに突っ込んでいた天宮城がなにかに気付いて素手でその周りの土を退かしていき、引っ張りあげる。
「「「?」」」
天宮城が出したそれはリンゴほどの大きさの、黒曜石のような石だった。
真っ黒なのに透明感を感じるそれはズッシリとしていた。
「元々ここにあったんだから埋めとけば?」
「うん。なんなのかわかんないし」
討論の結果、もう一度埋め直すということになった。
すると、バキン、とその石の中央に大きなヒビが入り、一気に砕け散った。その瞬間、辺りを光が包み込む。
藤井が眩しさに瞑っていた目を開けると、天宮城が倒れていた。否、天宮城だけではない。
上田や風間、葉山も倒れていた。他の面々も立っているので精一杯のような辛そうな表情をしていた。
「おい、皆大丈夫か⁉」
なんとか天宮城と風間を担ぎ上げ、家まで送った。へとへとになって実家に帰り、ソファに座り込んだ瞬間に眠ってしまった。