2ー1 お使い様
「!????!!??」
「どうされましたか?」
「う、天宮城君……?その肩に乗ってるのは……?」
「肩? 何か付いてますか?」
ついているというより、乗っている。
「ど、ドラゴンが……」
「え?」
「見えてないの……?」
「何が見えるんですか?」
「その、小さくて白いドラゴン……」
「え? ……バクが見えてるんですか……?」
「え?」
二人の動きが固まる。天宮城の肩からスルスルとドラゴンが降りてパタパタと飛ぶ。可愛らしい。それを自然と目で追う水野。
「見えてるんですね……」
「見えないものなの、これ」
「今まで僕ずっと肩に乗せてましたけど……?」
「あ、じゃあ見えてないわね……」
互いに呆然と会話というより情報交換をする。
「すみません」
「え? なんで謝るの?」
「その、覚醒してるみたいです。水野さん」
「え?」
「使いを見る力に」
悲しいほどの沈黙が流れる。
「後で、昨日のところに来てください……明日はお仕事は」
「ないわね」
「そうですか。では泊まる用意もした方がいいかもしれません」
「わかったわ……」
お通夜みたいな雰囲気になってしまった。水野はその後天宮城からポテトを貰い、バイトの時間も丁度終わったので一緒に能力者協会に向かうことになった。
「あの、これが見える前ってなんか兆候ありましたか?」
「目がショボショボしてたわね……」
「そうですか……」
肩に乗っているドラゴンが気になって仕方がない水野。
「触れないの?」
「はい。実体はないんです。それと水野さん。ご自分の肩には?」
「へ?」
チラッと自分の肩を見るとリスが乗っていた。
「エエェェェエエエ!」
「気づいていませんでしたか」
「いつ!? いつから!? って言うか触れない!?」
「ずっと乗っていたと思いますよ。僕は自分のバクしかみえませんが」
「バクって……?」
「あ、着きましたね」
能力者協会に着いたので一旦会話を中断し、中に入る。広いエントランスホールには暖房がよく効いていてとても暖かい。
天宮城は受け付けに向かい、カードのようなものを出す。それを見た瞬間受け付けに座っている人の顔が見るからに引き締まった。
「はい。わかりました。本日はどのようなご用件で?」
「藤井さんに会いたいんですが、いらっしゃいますか?」
「会長室にいらっしゃいます。呼びましょうか?」
「いえ、自分で行きます。ありがとうございます」
カードを受け取り、エレベーターの方に向かう。
「そちらの方は?」
「付き添いの方です」
「そうですか。注意事項等は?」
「大丈夫です」
「判りました」
二人はエレベーターに入って最上階まであがる。
「あの、さっきのは?」
「僕がここの最重要関係者になっているので、客としてみられるんです。ここで働いてないのでああやって入るときに色々と手続きの必要があるんです」
「大変ね」
「いえ。だからこそここで働けと口を酸っぱくして言われてるんですが」
胸の辺りを押さえて少し寂しそうな顔をする。
「守りたいものも守れなくて何が最高の力でしょうか」
ドラゴンがしょんぼりして涙を流す。
「ドラゴンが泣いてる」
「ふふ。こいつは敏感でして」
ちょんちょん、と撫でる仕草をする。実際は触れないので空をつっついてるだけなのだが、その手に頭を押し付けるようにドラゴンがくりくりと手にくっつく動作をする。
「可愛い」
「興味津々ですね」
「この子が夢の中に出てきた白いドラゴン?」
「はい。……と、着きますね。その話はまた後でしましょうか」
チーン、と軽くよく響く音でベルがなり、エレベーターが最上階に到達する。
「えっと、確かこっち……」
かなり広い廊下をくねくねと歩いていく二人。
「ここです。秋兄? いる?」
「ああ。龍一か? 入っていいぞ」
一際大きい部屋に入る二人。会長室だ。
「今日はどうした?」
「それが、水野さんが覚醒しちゃったみたい……」
「お前のそれが原因か?」
チラ、と藤井が天宮城の心臓の部分……あの黒い石のところを見ながら言う。
「元から素質があったみたいで……これが反応したみたい」
「そうか。何の能力だ」
「多分使いを見る力。レベルは7」
「え? 私レベル7なの?」
「はい。恐らく」
「今更だけどレベルってどうやって決められてるんですか?」
水野が藤井に向き合って訊ねる。
「レベルを設定しているのは龍一なんです。龍一の同調者で判別しているんです」
「……? どう言うことですか?」
「立ち話もなんですのでこちらへどうぞ」
藤井が席を立ち、近くに置いてある革張りのソファに座るよう促す。すると、天宮城の肩からドラゴンがぱたぱたと飛んでいきソファにピタッと張り付く。
その光景を見て和んだ水野は緊張も薄れたようで、ゆっくりとソファに座る。するとそれを見た天宮城は少し顔を綻ばせてからその隣に座る。
どうやら今のは緊張している水野の気を抜かせようと天宮城がやったことだったようだ。
「そうですね。龍一の同調者にはいくつか制約があるんです」
「制約、ですか?」
「ここからは龍一が自分で説明した方がいいだろう」
「うん。僕の能力は相手の波長を感じ取ってそれを真似る物です。その波長は捉えにくいものから一瞬で捉えられるものもあります。それを捉えられるまでの時間でレベル設定してるんです」
波長を見た瞬間に大体わかりますけどね、と付け加えながら、
「大体の目安としては、レベル1がほぼノータイム、2が3分、3は5分、4は10分、5は20分、6は35分位です。7は波長が滅茶苦茶で全く捉えられません」
サイキッカーに襲われたときにまず逃げたのは波長を捉えるためだった。
「私の波長は滅茶苦茶なの?」
「ええ。正直これを真似るのは不可能です。とは言っても力の強さ的には1と言っても良いくらいの物ですけど」
「あ、凄くはないんだ……」
「殺傷性がないので強さで分けられないんです」
レベル分けは意外とアバウトだった。
「それから、普通は1をファースト、2をセカンドと言いますね。非能力者に悟られないようにしているだけですが」
「例えば秋兄の場合、シックスの身体強化、結城の場合、シックスの転移、といった感じですね」
「なに言ってるのか分かんないね」
「分かんないように作ってますので」
天宮城は、あ、と思い出したように水野に向き合い、
「多分水野さん、今なら秋兄の使い見えるんじゃないですか?」
「使いってなんですか?」
「あ、ご存じありませんでしたか」
そこからか。というモーションをドラゴンがとる。
「こいつを見てもらうと判ると思いますが使いは『お使い様』とも言われる人の写し鏡のような存在です。内獣とも言いますかね」
「内獣……」
「なんか今日は嫌な予感がするなって気がしてそれが当たったりしたことありませんか?」
「んー。あるかも」
「こいつらは天からの使いとも言われていて、人に危険を教える力を持っています。普段ずっと肩に乗っていて何かあったら勘として人に危険を知らせてくれます」
な。とドラゴンを見ると、胸を張ってどうだ、と言わんばかりのモーションをとる。
「こいつらは素直です。付いている人の中身を晒け出してしまう」
「つまり、使いを見ればその人が何考えているか大抵判る、と」
「そうです。それと種族もその人の性格を現しています」
ドラゴンがぱたぱた辺りを飛び回る。藤井が全く気にしないところから見ると見えていないのだろう。
「狐はずる賢い、猫は自由奔放、蟻は従順。他にも様々な種類があり、その人の性格を反映しています」
「私は?」
「リスでしたね。確か、好奇心旺盛だったかと」
「好奇心旺盛……」
秋兄を見てみてください、と水野に提案する天宮城。
「んー? なんか居るような……? わっ!」
「どうしましたか?」
「突然はっきりと見えたものだから驚いちゃって」
「ふむ……能力に体が慣れてきた証拠ですね。で、秋兄の動物は?」
「あの……言っていいんですか?」
「? 秋兄。いいかって」
「此方は構いませんが……?」
「えっと、ゴキブリです」
「「「…………」」」
悲しいほどの静寂が訪れた。沈黙を破ったのは天宮城。
「ぷっ! くくく……」
「龍一! 笑うなよ!」
「だって、ゴキブリって……くく」
必死に声を押さえて笑いを堪えている。案の定というか、ドラゴンの方は大爆笑していた。声は出ないのだが。
「俺だって傷つくぞ!」
「あ、すみません……」
「いや、水野さんは何も悪くないですよ。龍一。ゴキブリの意味は?」
「くくく……確か、生命力」
割とそのまんまだった。
「そう言えば天宮城君。なんでそんなこと知ってるの?」
「そういうの調べるの好きでして。妖怪とか」
「そういうこと……あ。そう言えば天宮城君、私がその子を見えるようになったって言ったら最初バクって言わなかった?」
「言いましたよ。こいつは僕のバクであり使いなんです」
「バクって?」
天宮城はなんて説明したらいいのか、と一瞬考え、
「バクの伝承、ご存じですか?」
「えっと、悪い夢を食べてくれるっていう?」
「そうです。僕の夢使いの力は相手を夢に引き摺り込む物なんですが、夢世界を守ってくれる門番のような存在なんです」
夢世界だと巨大化しますけど。と付け足してドラゴンをチラ、と見る。ドラゴンは水野の肩のリスをずっと見ている。
「僕の夢世界から出るには死ぬか、僕が死ぬか、僕が外に出る許可を与えるか。後は僕が普通に起きたときもそうですね」
「死ぬかって」
「現実には一切問題ないので大丈夫ですよ。……心の傷は消えませんけど」
「………」
その後、水野は何枚か書類を書かされた。
「これは貴女の身の安全を保護するという保証書です。水野さん。貴女は能力を秘匿した方がいいでしょう」
「え? どういうことですか?」
「貴女の能力は心を覗く様なものに近い。なのであまり人に言わない方がいいでしょう」
「あ、はい」
会長室を出るために天宮城と水野が扉に向かう。すると藤井が、
「龍一。お前がなるべく能力を使いたくないのは知っている。だがお前の力はここに絶対に必要なものだ。よく考え直せ」
「………そんなの、俺が一番判ってる」
振り返りもせずそう言い、天宮城は外に出ていった。
「いいの? 会長にあんなこと言って」
「良いんですよ。僕達上司と部下じゃなくて友達関係ですし。それに僕はここの社員じゃないですから」
エレベーターに再び乗り込み、少し下の階に降りる二人。
「どこに行くの?」
「ここの職員は社員寮に住んでいることを知っていますか?」
「え、ええ」
「社員寮は別の敷地にあるんですが、急に覚醒した人を協会に連れて来たときに一時的に泊める事のできる部屋が幾つかあるんです」
「へぇ。そこに泊まるの?」
「はい。いつも空いていますし僕もたまに来たときはここで寝泊まりしてます」
エレベーターが到着すると、ホテルのような場所だった。
左右に扉がいくつも並んでいる廊下が向こうまで続いている。
「こんなに部屋要らないんじゃ……?」
「普段はそうですね。ですが警察では行えない事情徴収なんかもここで行われるので寧ろ足りないくらいではあります」
「詳しいのね」
「ここの設計したの僕達ですので」
「自分達で考えたの?」
「はい。専門家と意見を交えながら夜遅くまで話し合ってましたね」
肩のドラゴンがうんうんと頷く。
「っと、ここです」
カチャ、と扉を開けると本当にホテルの一室ような場所だった。
「綺麗ね」
「掃除はあまりしてないんですけどね」
お恥ずかしいですが、と付け足して中に入っていく天宮城。ドラゴンが一足先にぱたぱたと飛んでいく。
ホテルの一室のようだが靴を脱ぐスタイルの部屋らしく、靴を脱いでから上がる二人。
ベットが三つありかなり広々としている。
「ホテルね」
「ホテルです。結城が面白がって和室を作ろうなんて言い出したこともあって。予算の関係で止めさせましたけど」
ドサッと鞄を床に置いてベットに座る天宮城。
「さっき藤井さんが言ってた『よく考え直せ』って」
「ここに入れという話でしょう。秋兄は僕の事を買い被り過ぎなんです。こんな力、何の役にも立たないのに」
天宮城はグッと胸を押さえる。
「死にたい、とか思ったりすることある?」
「ええ、何度も。実際自殺未遂事件起こしてしまいましたし」
「嘘……」
「本当ですよ。その時は包丁でこう、心臓を石ごと刺そうしました。……でも、出来なかったんです」
「怖くなったの?」
「まさか。こいつが邪魔をするんです。一切の自傷行為が取れないんです。やろうとすると発作の兆候なく体の主導権が握られる」
心臓辺りをとんとん、と叩く。コツコツ、という人間の体ではない音がする。
「間接的にも出来なかった。屋上から飛び降りるとか、裏の世界で有名な暗殺者に頼んだ事もあります。それでも、駄目だった。気付いたら全て無かったことになっている。能力ならいけるかもと数千度の火の中に飛び込んでみたり水を扱う能力者に頼んで溺死させて貰うよう頼んだり」
ドラゴンがシュンとした様子でベットの上でぺたんと横たわる。
「全部、全部無傷でした。一瞬熱いと感じても気付いたら何事もなかったようにその場に立っているとか。意味判んないんです。僕の体。人間のものじゃない」
天宮城はそこで一旦言葉を切る。ドラゴンが心配そうに天宮城の腕に頬擦りした。
「僕の力は複数あります。夢に入り込む力、同調して相手の能力を真似る力、あり得ないほどの回復力を持てる力。等」
「回復力を持てる力……?」
「はい。僕の体、包丁で切った瞬間に回復するんです。塵の一片も残さず焼き払っても生き返れてしまう。その代わりその時の意識は完全に無くなるんですがね」
泣きそうな顔で水野に向き合う天宮城。
「僕は、人間でしょうか? ……僕は恐くて仕方ないんです。幾度となく狙われてきました。僕は、何のためにこの力を持ったのでしょうか。それをずっと考えてきました。……答えなんて出る筈がないのに」
ドラゴンが丸くなって震えている。
「人間でしょ? 何言ってるの。君が人間じゃなかったら私も人間じゃないわよ。勿論藤井さん達もね。君の力を始めてみたとき、驚きも勿論あったけどそれ以上に綺麗だって思ったわ」
天宮城は水野をじっと見つめる。
「そんなに良いもの持ってるんだもん。大切にしなきゃ」
「そう……ですかね」
「そうよ。ね?」
ドラゴンに同意を求めると、丸まっていた状態から首だけを起こし、パアァァッ、と花の咲いたような笑顔を見せる。
「ふふ。ありがとうございます。元気出ました」
「そう。それと、敬語止めない?」
「え? 何でですか?」
「藤井さん達には普通に話してるのに私だけ他人行儀なのがなんか気になっちゃって」
「そうでしょうか?」
元気が出たドラゴンがベットの上をぴょんぴょん跳び跳ねる。何が楽しいのやら。
「ですが、水野さんは9歳も年上ですし」
「9歳なんて誤差よ。誤差の範囲」
「そうでしょうか……」
「そうなの。だから使わなくていいの」
「そうですか……。では、僕の事も下で呼んでください」
「え?」
「僕だけ変えるってのは何となく……。それにあまり天宮城って言われないものですからあまり慣れてないんです」
ドラゴンが跳ねるのをやめて水野の肩のリスを見つめる。
「そうね。じゃあ龍一君。これからもよろしく」
「そうですね……じゃなかった。よろしく。水野さん」
少々はにかみながらそう言った。
水野は自分の使いが天宮城に見えない事を本当によかったと思った。リスが肩の上で顔を押さえて転がっていたからだ。