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14ー5 戦いへの下準備

 天宮城はゆっくりと深呼吸をしてから手に持っている紙束を捲る。ペラ、と紙特有の音が静かな空間に響く。


「…………ぁ」

「来てくださってありがとうございます。場所の指定をしていなかったので少し心配でしたが」

「ここしかないじゃないですか」

「それもそうですね」


 女性が二人、連れだって天宮城の目の前に現れた。一人はいつもここで休憩している女性。もう一人は恐らく電話口で話した女性だろう。


「なんでここに呼んだんです?」


 怪訝な顔をして聞いてくる女性。


「簡単な話です。顔を見ないと話せるものも話せませんから」


 いつものベンチに座るように手で示すと二人はそこに座る。天宮城は予め買っておいたコーヒーを渡し、それと同時に手に持っている紙束を渡した。


「それは能力者の個人登録情報………簡単に言えばどんな能力はどんな力を発揮するのか、そのメリットとデメリット、力の強さなんかを数値化したものです」

「これ、持ってきて良かったんですか」

「どうでしょう? 見付かったらクビかもしれないですね」


 それは多分ないが。


 天宮城もここから出たいという気持ちはあるのだが、能力の強さやその他もろもろの事を考えると外には出られない。


「見つからなきゃいいんですよ。見つからなきゃ」

「そういう問題………?」


 そう言いつつも手元にある紙を二人で見ながら紙を捲る。


「それを見ていただければ判りますが、今、もし記憶を消したいと言うならばかなり色々と面倒なことになる可能性があります。書類とかは無断でやってしまえばいいんですけど」


 もうその辺は自己責任だ、と目で訴える天宮城。そこまで面倒は見切れないのが現状だ。


「幼馴染みというだけあって、記憶を消すのにはかなりのリスクが伴うかと思われます。消そうと思って記憶を消したことが先ずもって初めてなのでどうなるか判りません」


 天宮城が出したリスクを纏めると、


・それ以外の記憶が消えてしまう可能性がある

・全部消えないかもしれない

・いつか思い出してしまうかもしれない(現状では問題ない)

・無理矢理記憶を弄ると脳が異常をきたすかもしれない


 ということだった。


 まずやってみようとすら思ったことがないのだ。成功の確率は5割も無いだろう。


「それに………過去に蓋をするということは最悪人格が弄られてしまうかもしれません。さっきあったばかりの僕の記憶を消すのは簡単ですが、貴女の場合、相手と関わりすぎている」

「………止めろって言いたいんですか?」

「いえ。止めはしません。気持ちはわかるので。ですがお勧めはしません。どうなるか判らないのですから」


 天宮城はペットボトルのもう大分温くなってしまった炭酸飲料を口に含む。気が抜けてただただ甘ったるい水だった。


「これだけは言えますが………貴女の望むものは、今の自分を上回っていますか?」

「…………え?」

「確かに辛い経験というのは忘れたくなります。ですが、それを本当に忘れたところで幸せになれるかと問われれば僕は必ずしもそうではないと思うんです」


 天宮城は真っ直ぐにその女性の目を見た。


 女性の目は酷く疲れていてそれなのに説教じみたことを言う天宮城への怒りが見てとれた。


「辛いことがあるからこそ幸せを感じられる、そうは思いませんか? 僕だって何度も自殺を試みた自殺未遂常習犯ですので人の事は言えないんですけどね」


 困ったような目をする天宮城。


「死ねないんですよ、僕。笑っちゃうほど滅茶苦茶頑丈で。死にかけたことは幾度となくありますが、割りと死ねないもんです」

「なんでそんな話を」

「いえ、どうでもいいですよ。聞いてくださっても僕の一人言だと受け流してくださっても構いません。ただの一人言です」


 相手の言葉に被せるようにしてそう言う天宮城。二人はなにも言えなかった。


「貴女が今感じているのは諦めですか? それとも絶望ですか? …………若しくは、怒りですか?」







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







「来てくださってありがとうございます」

「いえ、今日は休みだったので………。どうかされたんですか?」

「龍一のことで、お話が。こちらへどうぞ」


 水野が呼び出されたのは天宮城と最初に訪れた藤井の執務室。そこには小林と吉水の姿もあった。それと、強面のグラサン男の近藤も。


「思った通りに話していただければ結構です。………龍一の態度に何かを感じたことはありますか?」

「「「?」」」


 何を聞きたいのだろう、と全員が首を捻るが、言われた通りに天宮城の普段の態度を思い出してみる三人。


「いや、別に………?」

「不思議なところは、特には」

「無いかなぁ?」


 特に思いあたらなかった三人はそう口に出す。


「そうですか………。いえ、この質問自体にそう意味はないんですけどね」

「?」

「龍一は本当はあんなに感情豊かではありません」

「「「え?」」」


 突然言葉を引き継いだのはそれまで黙っていた近藤だ。


「龍一に初めてあった頃、あいつは10歳を少し過ぎた頃でしたが………まず笑わない子供でした」


 三人が顔を見合わせる。寧ろ逆に天宮城が笑っていないところはほとんど見ていない。


 本当に緊迫した状況や痛みに絶叫しているときの表情はさすがに違うが、それ以外の状況では基本常に笑顔を絶やさない。


「………あいつの演技力は本当に凄いもんだ」

「…………演技?」


 藤井が大きくため息をつく。


「それを今からお話しします。あいつのために、聞いてくれますか?」


 頷く三人を確認してから藤井が口を開いた。


 藤井は、天宮城が絶対に口に出さないであろう事を、ゆっくりと話始めた。


「あいつは昔からなんでもそつなくこなす奴でした。それには理由があるんですが、多分あいつはこの話をするのを酷く嫌がります。だから、あいつにはいまここで話したということを内緒にしてもらっても?」

「それは、大丈夫ですけど」

「よかった」


 本当にバレたくなかったのかホッとした表情になる藤井。


 藤井が近藤に目線を送ると近藤も頷いた。能力を発動させたか、という合図なのである。


 今現在、この部屋の中の音は近藤の能力のサイレントによって外に漏れないようになっている。


 それほどまでに徹底する話、それは………


「あいつは誰も信じれないんです」


 いつも笑顔で何事にも前向きに対応する天宮城の、本当の顔。


 何年も昔の、過去の話である。

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