13ー4 勉強と仕事と仕事と仕事
「ふぁ………」
「寝不足ですか?」
「寝不足なんですかね………? ちゃんと寝てるつもりなんですが」
缶コーヒーを傾けながら苦笑する天宮城。
隣に座る女性もそんないつも通りな様子の天宮城に笑みを浮かべながらお茶を飲む。
「ここ最近しっかり休めてないからですかね…………」
「仕事?」
「ええ。一応。こんな風にサボったりしないとやってられないですよ」
クスクスと笑う天宮城だが、なんとなく背後からは黒いオーラが漂っているように見える。
「いや、知り合いにどんどん仕事を押し付けられてて………まさにブラックなんですよ、ふぅ………」
幼馴染みたちに不満があるらしい。
「ご、御愁傷様…………」
「やめてくださいよ………余計悲しくなりますから…………」
落ち込むような様子を見せるが、いつものことである。
「あの、ずっと聞きたかったことがあるんです」
「なに?」
「気分を悪くされるかも知れないのですが」
「別にいいですよ?」
「……………では、ハッキリと言わせていただきます。どうしてそんなに辛そうなお顔をしていらっしゃるのですか?」
たっぷりと言うかどうか迷った後で恐る恐るそう聞く。
「辛そうに見える?」
「ええ。会ったときから、ずっと」
「………ねぇ、私も思ってたことがあるの」
「なんでしょう」
「君、ここで働いてるでしょ? それも、結構上の立場」
何度もここで会っている二人だが、未だに互いの名前すら知らない。正確には明かしていない。
知ってしまったらこの生温い適当な関係が終わってしまうと、そう思ったからである。
「ええ」
「そう。もしかして、詳しかったりしますか? 能力のこと」
「まぁ、仕事柄色んな能力の人と触れ合いますので」
天宮城はわざと自分の事を隠さなかった。隠せば、彼女が辛そうにしている理由も聞き出せないだろうから。
「ここに、人の思い出を消せる能力者っていますか?」
「思い出…………記憶ですか。何故?」
「私の友人に、自殺しようとした人がいるんです。その理由は彼氏の二股で………その彼氏はもうその二股してた相手と結婚して、それで」
たどたどしく、彼女は話し出した。
彼女の幼馴染みの友人が同じく幼馴染みの男子と付き合っていたのだが、彼が二股をしていたことが発覚し、別れていないのにその彼と相手はつい先日結婚したらしい。
友人はそれが酷くショックだったらしくマンションの3階から飛び降り自殺をしようとしたのだが、運が良かったのか悪かったのか、外にたまたま大量に置かれていた燃えるごみの山に突っ込んで助かったらしい。
意識も取り戻したのだが塞ぎこんでしまい、いつまた自殺するかわからないような状態なのだそうだ。
「それで、何故思い出を?」
「彼のこと忘れられたらあの子はどれだけ幸せか………そう思っただけです」
「……………」
思い出を消すという能力に心当たりがない訳ではない天宮城が事態の重さを感じ取って口を開く。
「…………完全に消すことはできませんが、思い出すことを封じ込める能力なら確認されています。ふとした時に思い出さなくなるだけのもので、少しでも思い出そうとすれば簡単に思い出せてしまう物ですが」
「そんなのがあるんですか!」
「一応あります」
天宮城もこれを言うかどうか迷ったのだ。彼女なら、直ぐにやってくださいというだろうから。
「でも、多分無理です」
「お金なら少し位は………!」
「お金ではないです。簡単な糸さえ見つけてしまえば思い出を手繰るのは簡単です。それに幼馴染みということはかなり人生に関わってきているのでしょう?」
「え、ええ」
「写真を見ただけで思い出してしまう、使ってた物を見るだけで思い出してしまう。そうなりますが、大丈夫ですか?」
写真なんていくらでも出てきてしまう。人生に関わりすぎたというのが大きな欠点なのだ。
「その瞬間にまた自殺を図ったら、次は助からないかもしれませんよ」
「……………」
「…………一つだけ。心当たりがあります」
「心当たり?」
「ピンポイントに記憶を消せて、思い出したという報告が上がっていない………実質、本当の意味で忘れられる。そんな能力。ない訳じゃないです」
ぐいっと缶をひっくり返す勢いでコーヒーを飲み干して席を立ち上がる天宮城。
「ありはしますが、大変危険な方法です。よくお考えを。…………それでも、もし、本当にその方が忘れたいのなら………ここに連絡を下さい。ただし、僕は責任はとれません。何があってもです」
空き缶をゴミ箱に放り投げながら踵をかえす。ゴトン、と箱のなかに缶が落ちる音がした。
「乗り越えられるなら、それが一番ですから。では、失礼します」
振り返りもせず、そのまま去っていった。
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「それで良かったの?」
「どうだろうな。まぁ、決めるのは俺じゃない」
パリパリとクッキーを頬張りながら雑談をする天宮城とアイン。話題は休憩所の彼女の話だ。
「んー、私はやってあげた方が良いと思うけどな」
「なんで」
「だって自殺だよ? 自分で死ぬなんて馬鹿なこと」
「そうなんだけど………俺の世界じゃ自殺で死ぬ人割りと多くてさ………縁起でもないこというけどさ………」
ぐでっと炬燵に突っ伏しながら大きな欠伸をする。
「俺が突っ込む話でもないのかなぁ、って」
「それもそうね。第一に会ったこともないものね」
「そうなんだよ」
バンバンと床を叩いて同意する天宮城。ノリは完全に酔ったオッサンである。
「よっし、じゃあ気を紛らわせるために勉強するわよ」
「えー⁉」
「はい、ちゃんと座る!」
「アインって何気に勉強好きだよな………」
そういいつつ直ぐにノートとペンを取り出すところ、天宮城もそこまで嫌いではないようだ。
「今日は10氏族の話ね」
カリカリ、と天宮城がペンを動かす音がなる。
「10氏族っていうのは神様を抜いた一番最初からいる種族のことよ。10氏族って呼ばれてる種族は大抵自分の国を持っているの。他種族は認めないって考え方の人が多いわね」
「ふむふむ」
「まず、人族。人間族とも言うわね」
天宮城が人族=人間族とメモする。
「次に魔人族。魔力が高くてその代わりに少し身体能力は低いわね。特徴は褐色の肌に銀髪よ」
「褐色肌に銀髪…………いや、なにも言うまい」
がっつりファンタジーな外見を思い浮かべながら特徴をノートに記していく。
「次に森人族。とはいっても10氏族として扱われるのはハイエルフだけね。寿命がとっても長くて1000年位は生きるわ。ハイエルフは数千年単位らしいわね」
「わー、すっげ。ねぇ、耳って長い?」
「え? ええ。よく知ってるわね?」
「やっぱそうなんだ」
ノートにエルフ、外見は定番。と書く天宮城。
「次は虎人族。身体能力、それも夜の間の戦闘力はピカイチよ。特徴は黄色と黒の縞模様ね」
「特徴大雑把すぎないか」
「こんなもんでいいのよ」
「あ、そう…………」
なにか因縁があるらしい。天宮城は虎人族、アインにはあんまり話さない方が吉、と書く。
「で、次が竜人族ね。特徴は両手足にある黒い鱗と尻尾、普段は隠してるけど羽もあるわよ」
「ドラゴンかぁ」
「? アレクの近くにもいつもいるじゃない。今日はいないけど」
「そうなんだけどそうじゃなくて」
あのちびドラゴンは現在空の散歩を楽しんでいる。