13ー2 勉強と仕事と仕事と仕事
「龍一君。ここなんて書けば良いの」
「ああ、そこは僕が書くから大丈夫ですよ。取り合えず用紙埋めれるところだけ埋めてください」
吉水に薄い紙を渡して自分のパソコンに送られてくるデータを纏める。
「よくそんな早さで手が動くね」
「慣れたんですよ」
「その年で?」
「この年で」
キーボードを叩く手は案外優しいタッチなのだが打つ言葉の量が半端ではない為に悲鳴をあげつつある。実はこのキーボード、16代目である。
キーボードだけ買い換え続けてそうなってしまった。
「丈夫なやつ買ってるつもりなんですけどすぐ壊れるんですよね」
「そんだけ叩いてたら壊れるよね………」
ズジャアアアアア、と適当に打っているようにしか見えない手付きだが、言葉はしっかりと丁寧に打ち込まれている。
「っ、また来た」
そうこうしている間にまた支部から連絡のメールが届いた。
「あー。もう。書いても書いても終わんない」
「お疲れ様…………ぅわぁ」
「なんですかその反応」
「それ全部能力者の?」
「はい。新しく協会に入った人、職員名簿、縁起悪いですけど亡くなった人の個人情報とか。全国のが僕のところに来るんですよ」
またパソコンがポロン、と軽い音をたてる。音とは裏腹に天宮城の表情はどんどん重くなっていく。
「また来たよ…………」
「なんで全部龍一君の所にくるんだっけ?」
「僕がレベル認定とかしてますからね。日本中の把握されてる能力者は全部僕の目に一度書類が通ります」
「なんか凄いね………」
レベルを認定する力は天宮城しか持っていないため、全国から来た情報が全て天宮城に回ってくるのだ。
「………喉乾いた」
さっき淹れたコーヒーはいつの間にか飲みきってしまった。マグカップを持ってキッチンに行く。
「ん? ない」
いつものところにあった筈のコーヒーメイカーが無い。
「さっきまでここに………?」
そこに小さなメモ用紙が一枚置かれていた。
【三階のやつ壊れちゃったから持ってくね 結城】
とかかれていた。
「持ってかれた…………あれ元々俺の所有物なんだけど」
いつの間にか藤井達が使い始め、とうとう職場に持っていかれた。
「お茶………もない⁉ なんで飲み物全滅してんの⁉」
冷蔵庫を漁るがお茶も缶コーヒーも見付からない。
「………水飲む? でもここの水あんま美味しくないんだよな………」
田舎育ちなので旨い水というものを飲み慣れている天宮城。都会の水は未だに少し苦手なのだ。
こう………匂いとか。
「………………自販機行くか」
水を飲むくらいなら自販機買いに行こう、とポケットに財布をねじ込んで部屋を出る。因みに目はもうどうにもならなかったので今のところカラーコンタクトで誤魔化している。
天宮城からすれば気になって仕方ないので直ぐに外したいのだが恥ずかしいのも事実なのでゴロゴロするのを堪えながら仕事に励んでいる。
外に出るなら制服を着ろとよく口を酸っぱくして言われている天宮城だが面倒なものは面倒なのだとばかりにそれを基本無視して私服で動き回る。
お陰で未だに観光客と間違われるのだが。
「自販機…………炭酸飲みたい」
さっきまでコーヒー飲もうと思っていた天宮城だが急遽炭酸飲料に変更し、自販機のある場所に向かう。
観光客と間違われるのも面倒なので少し社員が多い場所の自販機置き場に向かう。とはいっても一般の人も入れる場所なので観光客に間違われる可能性は消えたわけではないのだが。
そこは、所謂中庭の近くにある自販機で社員も知らない人が多い穴場休憩スポットなのだ。
天宮城はよく利用するのだが、いつもそこに人はいない。
観光ルートからも外れているし社員もそう立ち寄らない場所だからだ。
財布から小銭を取り出しつつ角を曲がると、ベンチに人がいた。
(ここ来る人って居たんだ…………)
勿論社員の中にも知っている人はいるが、観光客も入ってくるので地味に使いづらい場所にあるために利用する人が早々いないのだ。
相手も人が来たことに驚いているようで小さく口を開けたまま固まっている。
(ま、買って戻るだけだしいいか………)
いつもなら少しは休憩していくのだが仕事が文字通りの意味で山積みされているのでさっさと戻って取りかからないと膨れ上がる一方なのである。
ポケットから財布を取り出して硬貨を取り出した瞬間、見事に手が滑って財布の中身を全て地面にぶちまける。
「「……………」」
暫く無言で散らばった硬貨を見つめていた。
(か、回収面倒くさい………しかも落とすの見られたとかめっちゃ恥ずい………)
面倒くさがって両替をサボっていたのが仇になった。十円玉や一円玉が大量にコンクリートの上に落ちている。
相手もどうしようか少し迷っていたようなのだが、天宮城が拾い始めたのを見てそれを手伝い始めた。
「どうぞ」
「すみません、ありがとうございます」
よくこんなに入ってたな、と寧ろ感心したくなるほどの枚数の硬貨を集め終わり、天宮城はサイダーを買う。
ガコン、と音がしてペットボトルが取り出し口に落下し、機械の中に硬貨が落ちる音がした。
「………あの」
「え、あ、はい?」
唐突に話し掛けられて危うくペットボトルを落とすところだった。落とした炭酸飲料ほど悲惨なものはない。
「ここには、よく来るんですか?」
「たまに来ますかね………人があまり来ないので」
なんか話さざるを得ない雰囲気になったので天宮城もベンチに座ってペットボトルの蓋を開ける。
パシュ、と空気の漏れる音をたてながら蓋が回転し、天宮城は蓋をとって中のサイダーを喉をならしながら飲む。
「………観光?」
「観光………ではないですね。こっちで暮らして長いので。でも未だに都会は慣れないんです。3年こっちで暮らしてるのに田舎の癖が抜けなくて道路に普通に飛び出そうになったりとか」
観光客だとまた思われたようだ。天宮城は別に訂正する必要もないかなと思い、特に否定しない。
「田舎育ちなんですか」
「ええ。まさにド田舎って感じの」
天宮城はペットボトルの中身がなくなるまで彼女と話し合った。住んでいた場所のこと、友人のこと、好きな食べ物のこと。
気づいた時には数十分が過ぎていた。
「あっ! ヤバッ、メールの返信忘れてた! すみません、僕帰ります」
「そうですか。…………また、ここに来ますか?」
「そうですね………明日の昼頃ここにこれるかもしれません」
「じゃあ、また明日」
「ええ。また明日」
手を振りあって中庭から走り去る天宮城。だが、天宮城は忘れていた。
飲み物、飲みきってしまったのに買わずに戻ったことを後で後悔することになる。しかも仕事も時間と比例して増えていっていた。