12ー3 覚醒の段階
「ん、うぅ………」
目を開けると目が覚めるような青空と花がポツポツと咲いている野が広がっていた。
横になっていた目線を上にするとアインと目が合う。
「………アイン?」
「アレク! 起きた? 大丈夫? 痛いところは?」
「……ああ、大丈夫」
体の調子を確かめてから上体を起こすが、軽い目眩を感じてふらつき、手を地面につける。
「まだ大丈夫じゃないじゃない」
「いや、少し立ち眩み…………」
「もう少し寝転がってなさい。時間はまだまだ沢山あるんだから」
起き上がっていた頭を無理矢理膝の上にもう一度乗せさせるアイン。
「琥珀は?」
「琥珀? ………ああ、白竜ね。さっきアレクが寝たくらいの時に戻ってきて今はどこかに飛んでいったわ」
「………そっか」
「アレク」
「ん?」
「お願いがあるの」
「何?」
どこに目をやったらいいのか迷って色んな所に目線を動かしていた天宮城はアインに目を向ける。
「私、ここに住んじゃ駄目?」
「…………」
質問の意味がわからず、暫しその言葉を頭のなかで反芻させ、
「…………え?」
数秒経って出てきたのは言葉ですらなかった。
「駄目、かな」
「………なんで?」
「私、光の巫女でしょ?」
「あ、ああ。そうだったな」
ステータスを思い出しながら首を縦に振る天宮城。
「それで、今儀式用の巫女服でしょう?」
「えっと? ………そういえば装備のところにそんなこと書いてあったようななかったような」
「そういうことなのよ」
「どういうこと」
何がそういうことなのだろうか、と悩む天宮城。
「知らないの?」
「知るわけない。俺別世界から来たし? 常識無いし」
「………光の巫女ってね。神様に一番近い職業なんだって」
「へぇ。そういえばここって神域って言うんだっけ? …………俺汚しまくってるけど大丈夫なのかな。天罰下らないかな」
これで天罰下ったら本当に最悪である。
「………それはどうかしら。まぁ、それは置いといて、儀式の話よ」
「そうだったな。で、それがなんだって?」
「500年に一度、光の巫女はその身を神様に捧げるっていう風習があるの。結婚とか、そんな形で」
「………つまり、神様の嫁としてってこと?」
「そうなるわね」
どんな風習だ、と開いた口が塞がらない天宮城だが日本でも過去に同じようなことがあったなと思いだし、不思議と納得する。
「そうなったらどうなんの」
「ここで一生を過ごさないといけないのよ。それにこれまでだって殆ど外に出してもらえなかったし………」
「一生⁉ でもここ食うものなんにも無いぞ⁉」
「ええ。許嫁なんて表向きの理由。ただの生贄よ、私は」
「生贄………」
なんのために、誰がそれを開始したのか判らない。だがその風習だけは嫌なまでに残ってしまっていた。
「もう、ただの形式になってるのに、誰も私を庇ってくれなかった。当然のようにおめでとうってそう言ってこの山に放り込んだのよ………」
「…………」
なんて言葉を返したら良いのか本気で迷う天宮城。
ただ無言でアインの背をトントンと軽く叩く。
「………俺さ。気の利いたことはできないし、メンタル弱いし、物理的にもそんな強くないし………皆に迷惑かけるし。自分の事嫌いでさ」
少し顔を歪ませた。笑っているようにも泣いているようにも見えるその顔は、アインに見えているのだろうか。
「アインは、好きな人、いる?」
「いないよ。いちゃいけないし」
「神様の花嫁だもんな。じゃあ好きな食べ物は?」
「アップルパイ」
「嫌いな食べ物は?」
「野菜」
「なんかかなりざっくりとした回答だな………じゃあ好きな色は?」
「水色」
「そっか。俺も」
空を見上げて、
「青は好きだ」
目一杯空気を吸い込んでからゆっくりと立ち上がる。
「嫌いなものも好きなものも、知らなきゃ増やしていけばいい」
「?」
「だからさ、俺に色々教えてくれ。この世界のこと。それで、俺が外に出ても恥ずかしくないくらいにまでなったら………」
アインに手を差しのべながら笑顔を見せ、
「この世界を見て回ろう。二人で色んな所に行って、好き嫌いを増やそう。嫌なものは嫌、好きなものは好き、それでいいじゃないか。ああしろこうしろっていうやつももう居ないんだ。今まで見れなかったものを胸はって見れる。そうだろ?」
アインが掴んだ手をグッと引っ張る。軽い体をぐいっと力任せに引っ張って立たせる。
「でも私、弱いよ? 常識も知ってるだけで殆ど使わないし」
「俺のほうが弱い。レベルは1だし、魔力とやらは0。メンタルは豆腐以下だし常識すら知らない。でもさ」
力を足に込め、一気に解放すると野原が一気に花畑へと変わっていく。
「ふぁ………!」
目を輝かせるアインに右手でピースをしながら悪戯を成功させた子供のように無邪気な笑みを浮かべる天宮城。
「俺はアインが知らない景色を。アインは俺が知らない景色を知っているのならそれを足せばいい。足りないなら補ってそれでも足りないなら寄り掛かって。たまに立ち止まったっていい。自由に進めばいい。方向性の違いに意見を交わすことも道を違える事もある。それはみんな一緒」
空に手を翳し、力を込める。するとゆっくりと空に虹が掛かっていく。
「俺もアインも神様だってきっとそう。だから俺の糧になってくれ。俺もアインの糧になれるように努力するから」
「………うん! ねぇ、アレク」
「ん?」
「下手な誘い文句だね」
「…………それは今言わないお約束だろ」
真顔でそう言い合い、どちらからともなく笑い出す。
「ぷっ! くくく」
「ふふっ、あははは」
うっすらと掛かる虹にぼんやりと太陽が重なって辺りを照らし続けていた。
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「……………?」
目を擦りながら回りを見ると、
「お。起きたか」
「秋兄…………? ここは?」
「覚えてないか。もう直ぐ協会に着くから」
「じゃあ事は終わったんだ?」
「まぁ、終わったというか、終わらされたというか………」
「誰に?」
「いや、なんでもない」
横になっていた後部座席に座り直してシートベルトをしながら外を見る天宮城。
もう真っ暗な時間のようだが、店や高層ビルからはまるで昼間のような明かりを漏らし、キラキラと街全体が輝いている。
「…………ごめん」
「どうした?」
「ごめん。迷惑かけた。俺が強かったらこうはならなかった」
「それは今更だろ? それに悪いことばかりじゃないし、龍一の能力は非戦闘系だからな。戦うことを求める方が間違ってる」
「なんか秋兄がおかしな事言ってる………」
「気を利かせてんの! 俺だって疲れてんの!」
そう言う藤井のハンドルを握る手には絆創膏が貼られている。
もっと酷かった怪我が何故絆創膏だけで済んでいるのか、それは天宮城(前世ver.)が普段表に出ている自分がそれを見たら罪悪感に苛まれるだろうからという理由で微妙に治していったのだ。
全部治さないところに性格の悪さが滲み出てしまっているがなんだかんだ言って優しい。
「もっと寝なくて大丈夫なのか?」
「んー、むしろ寝っぱなしだったから節々が痛い」
「年寄りみたいなこと言うな、お前………」
「それこそ今更でしょ」
コキコキと腕をならして欠伸をしつつ月を見る。これだけ周りが明るくても月は夜闇を照らす道標になる。
天宮城は月を見て、朧月だな、と考える。輪郭がぼやけ、強くも柔らかい光を地上に齎す古くからある言葉。
そういう歌もあるほど、月は昔から存在し、人々の心に留まる美しさを放っているのだ。そう、自分が生まれる前から、ずっと。
(………あれ? 俺は何を当たり前の事を? 生まれる前から月があるなんて当たり前………当たり前なのに)
いつもなら考えないようなことが頭のなかに浮かんでくる。
(今日の………いや、夢の中のアインに言ったこともそうだけどどうも俺らしくない………。あんな事、即興で話せるほど対人スキルは高くないし)
自分が何故こんな考え方をするのか、それを考えるのに悶々とする天宮城だった。