12ー2 覚醒の段階
「どういうこと?」
「琥珀ちゃんがずっとなにかを言ってきてるんです。遠すぎて判らないけど………」
目を細めながら言う水野。本人にどう見えているのかはわからないがこのままでは本当に天宮城が危険なので今はそれに賭けるしかない。
「龍一をここに持ってくればいいんですね?」
「はい」
「わかりました。少し待ってください」
ゴキリと指をならして再び藤井が突っ込む。が、またしても透明な壁に阻まれる。しかも先程よりも固く、ほんの少し入ったヒビも直ぐに再生してしまうという厄介さである。
それでもめげずに何度も拳を叩きつける藤井。何度も轟音が響き、その度に藤井の手が傷ついていく。
ポタポタと手の甲から血を流しながらも何度も何度も壁を殴り続ける。
上田も自分の能力を壁に直接叩き付けて障壁を脆くしていく。いつの間にか戦闘系能力を持たない者も全員、壁を殴り始めていた。
しかし、相手もかなり本気である。
何度か天宮城の石を血で削って飲み、ドーピングを繰り返していた。
すると突然東雲が倒れた。限界が来たのだ。
「おっらぁ!」
バキン、と耳に刺さるような音をたてながら障壁が破壊され、天宮城のもとに水野が駆け寄る。
そうはさせない、と賢介が動くがそれを止めた者がいた。
「ごめんよ賢介。僕、その子が気に入っちゃったんだよね」
「ヨイチ……この、裏切り者」
「裏切り者? 違うなぁ」
暗い笑みを浮かべて賢介を羽交締めにする吉水。
「最初から、仲間じゃない」
そう言って天宮城にすぐ近づけないように遠くへ引き剥がす。
「秋人くん! こっちは何とかする‼」
「わかった! 逃げんなよ‼」
「逃げないよ⁉」
その言葉を最後に、両者の拳がぶつかる音が響き始めた。
水野は天宮城の傍に行き、
「龍一君!」
傍らにいる琥珀にどうしたらいいのか、と訊ねようとした瞬間、周囲の空気が変わった。
空気が張り詰めた、とかそんな次元ではない。
冷気が漂い、この世のものとは思えない異様な雰囲気が一瞬で辺りを支配していく。
水野はこの感覚に覚えがあった。
「まさか………」
チラ、と少し周囲に走らせていた視線を天宮城に向けると、髪が真っ赤に染まっていた。
「チッ、石を使われ過ぎたんだ‼ みいな!」
「わかってる!」
亜空間作成の能力者、川瀬みいなが柏手を打ち、その手をなにかをこじ開けるように動かす。
「開いた!」
「入れるぞ‼」
空中に開いた黒い空間の裂け目。そこにかなり乱暴に藤井が天宮城を放り込む。その直後、その入り口は閉まってしまった。
「閉めちゃった⁉」
「良いのかい⁉」
「死にゃしない。寝てるときで良かった。起きてたらマジで半殺しになるまで叩かなきゃいけないし、あいつ滅茶苦茶強いからな………」
かなり雑な対処に驚く小林と吉水。に、これが当然だ、みたいな顔をする幼馴染み組。
「秋兄。縛ったよ」
「おお、サンキュ。ところであんたはどうなったんだ」
「これ?」
「おおぅ………グロい」
力の使いすぎで倒れた東雲を能力者専用の手鎖や縄でぐるぐる巻きにした結城をみて、賢介の方はどうなったんだっけ? と吉水に聞いてみた藤井はそれをみて少し後悔する。
腕がおかしな方向に曲がっており、鼻や口から血が垂れている。
まさに満身創痍、というか重傷だった。流石は赤髪状態の天宮城を押さえることができるだけのことはある。
「まぁ、これで一旦………⁉」
ビキビキ、とどこからか聞こえてくる。金属が力任せに圧し曲げられているかのような、そんな音。
「あ、秋兄‼ ヤバイよ‼ 勝手に開いちゃう!」
「は⁉」
必死に胸の前で亜空間を閉じようとする川瀬だが、それも虚しく内側から抉じ開けられた。
中から出てきたのは、天宮城の体をしている何かだった。
「琥珀ちゃんがいない………?」
かなり遠くに見えた天宮城の肩を見て怪訝な顔をする水野だが、それ以前に色々とおかしいことに気づく。
「顔に…………ヒビ?」
陶器の人形の顔のように、大きな亀裂が左の頬に刻まれている。目や髪は今までのように真っ赤だったが、どこか色合いが落ち着いたものになっており、赤と言うより紅と言った方が近いように感じた。
暴走しているとき、焦点の合わない目でただただ虚空を見詰めるだけだった天宮城だが、今は真っ直ぐ前を見ており危なっかしさは感じられない。
だが、なにかが違うのだ。纏っている雰囲気が、今までの少し人懐こい苦労人っぽい感じから、近寄りがたい荘厳な雰囲気に塗り替えられている。
本当に天宮城なのか、とそうハッキリと疑えるほどに。
「誰…………?」
その呟きに天宮城が水野を一瞥し、左手の掌を真っ直ぐに向ける。
「待てっ! その人は違う!」
「…………」
何かを確信したような顔をした藤井が手を広げて水野を庇うように前に出る。
「よく見てみろ、覚えているだろう?」
「…………無いわけではないようだ」
低く、それでいてよく通る声だった。いつもの天宮城の声は少し男性の中では高い方だったりする。
天宮城は興味のなさそうな目を向けて、藤井の手を見て目を細める。
「それはなんだ」
「お前を助けるために怪我したんだよ」
「私はそれを望んでいたのか」
「さぁ? 気絶してたしな」
明らかにいつもと違う天宮城に普通に対応する藤井。それもその筈、以前、これと同じことが起こったからだ。
「藤井さん、これは一体…………」
小林が上田の影に隠れながら小さく質問をする。
「これは………お前が直接言った方がいいんじゃないか?」
「何故私がやらなければならない。卿が話せば済む話だろう」
「お前でも俺でも変わんねぇよ。俺はちょっと疲れたし」
「………まぁいい。何から話せばいいか。簡潔に述べよ」
無駄なほど偉そうな態度をとる天宮城(?)は近くの壁に背を預けてため息をつく。心底面倒くさいと思っているようだ。
「簡潔にって………。えっと………誰なの?」
「…………確かに簡潔だが………まぁいい。私は卿が知っている私であり、そうでないとも言える存在だ。以上」
「それじゃわかんないだろ。もっと判りやすく」
「ならば卿が話せばいいだろう」
「あー! その面倒くさいところ本当に嫌いだよ!」
藤井が天宮城(?)を指差しながら苛ついたように頬を引き攣らせるが、本人は軽くそれを流している。
「えっと、判るように説明するとだな………あいつは龍一。それは間違いない。今喋ってるのも普段のも龍一だ」
「どういうことです………?」
「あいつが言ってたことだから本当かどうかわからないんだけど…………あいつは龍一の前世なんだそうだ」
「ぜんせ?」
幼馴染み組はこの状態の天宮城のことを知っているのか、全員が右から左へ聞き流している。
「前世って………死ぬ前ってことかい?」
「そうだ。ただ、普段の龍一は今のこいつのことを知らないし、こいつも意識して思い出そうとしない限り状態を把握できないらしい」
「あ、だからさっき私のこと………」
「こいつは見てわかるが極度の面倒くさがり屋だから、記憶をもう一回見直すってそれだけの手間すら惜しむんだよ」
別に構わないだろう、と不貞腐れたように呟く天宮城は別人にしか見えないのだが、なんとなく天宮城本人の面影を持っていた。
「で、なんで出てきたんだよ」
「それは私が知りたいところだな。記憶を見ても何も映らぬ。突然強烈な痛みを感じたところで切れている」
「やっぱり使いすぎか………。で、これからどうするんだよ。俺達はやっちゃったぞ」
「そのようだな。だが、体の崩壊が止まらない。どこかで発散しなければ私が持たないぞ」
徐々に天宮城の差し出した手に亀裂が入っていく。頬の亀裂も左側だけでなく右側も入り、見てわかるほどに少しずつそれが深く大きくなっていく。
「じゃあ人がいないところに結城にとんでもらうからそれでいいか」
「…………この体に転移は少々酷だと思うが………まぁいいだろう」
紅い目を小林と水野、吉水に向け、
「………そうだ。卿らに言わなければならないことがあったな」
そう言って今まで一瞥するだけだったのだが少し興味を持ったように体ごと真っ直ぐに見据える。
まるで氷のような冷たさを持っているが、監獄のように逃げることが敵わない惹き付けるなにかを秘めた目だった。
「私のことは普段の私には言うな。時が来れば私もこの私に気が付くだろう。…………そして全力で私を拒むだろう。そうなった場合、卿らに八つ当たりをする可能性がある。どうなるかは判らぬが………それでも卿らは私を見捨てないでやってくれ」
何故拒むと断言できるのか、天宮城に自分の存在を知らせないのか、この時はまだ誰も知らなかった。
水野達だけではなく、藤井や葉山達も。
この自称天宮城の前世だという偉そうな態度の男は一体過去に何を成したのか。この時は誰も、予想すら、出来なかった。