11ー3 異文化交流
「第二次ラグナロクは、元々私達が勝手に始めた戦争だったの。それが神様を巻き込むようになったのは戦争が始まって5年たった頃ね」
「神様も戦ったのか?」
「んー、っていうか、テトラリア帝国っていう国が大殲滅魔法を行使して世界が焼け野原になっちゃったのよ」
テトラリア帝国という国は武力至上主義国家で、とにかく強い魔法やら武器やらが大量に産み出されていた国らしい。
その帝国が放ってしまった魔法が不味かった。
核爆弾の如く連鎖的に膨大な熱量を産み出し、魔力を根刮ぎ吸い上げ、そのエネルギーでまた熱量を産み出すというとんでもない魔法を作ってしまったのである。
核爆弾の威力を遥かに越える力を持つその魔法をただ発動する為だけに数百人もの命を使った最悪の犠牲魔法。
それはたとえ術者が死んでも周囲に影響を与え続ける恐ろしい物だった。
「それで、この世界の半分が消えてなくなったの。あとの半分が崩壊して無くなるのも時間の問題だった。そこで現れたのは白竜を従えた赤い目の神様よ」
アインがキラキラした目で天宮城と琥珀を見る。
「赤い目の神様はその力で魔法の進行を食い止め、世界を元の形に戻した。白竜はその莫大な魔力で荒れた土地に作物や豊かな水源をもたらした。そういわれてるの。その神様と白竜は今もこの世界をどこかから見守ってくれているっていう伝説が残っているのよ」
「変なところ俺と被ってるのな………」
目が赤いのは片目だが。白竜もいる。
頑張れば作物や水なども作れるだろう。頑張れば。
「それで、俺のこと神様かって聞いたんだな」
「うん。で、その辺どう?」
「的外れもいいとこだよ。俺はただの人間だ」
「その人間っていうのが神様なんだけどね」
「ちがう。こっちは知らんが俺の住んでるところは人間ばっかりだよ。っていうか種族としては人間しかいないし」
「え、どういうこと」
唐突に質問タイムが始まり、互いによくわからない疑問を話し合って二人は確認した。
互いの世界は、全く違うものだということを。
「わぁー!」
「ごめん………も、無理…………ゼェ、ゼェ」
ぐったりと机に突っ伏する天宮城。周囲には大量のお菓子や食べ物が置いてある。天宮城が出したのだが、量が量なので相当疲れた様子である。
「美味しいね、これ」
「いや、俺、味わう気力もないわ………」
あの後、互いの世界の話になったのだが、アインが食い付いたのは文字通りお菓子や食べ物の話だった。
片っ端から食べてみたいと言い出し、天宮城がなんとか出し切って疲れきっている。
天宮城はもう一度ステータスを見る。
未だに名前の欄は?が並んでいる。
「アイン。これ、なんだと思う?」
「? 名前、無いの?」
「いや、ちゃんとあるけど」
「それ真名でしょ? 仮名は?」
「?」
噛み合わない話を整理してみると、この世界には仮名というものが存在するらしい。
真名は本来の名前で、昔あった魔法でそれを知られると命をとられるような重要性を持っていたらしく、仮の名前、仮名を普段は名乗るそうなのだ。
「私のアイン・ラピスラズリも仮名だよ」
「へぇー。仮名ってどうやって決めるの?」
「好きに」
「適当だな」
「だってそういうもんだし」
つまり、名前を考えなければならない。
「ねぇ、アレキサンダーは?」
「長すぎじゃないか? しかもちょっと恥ずいし」
ちら、と見ると名前欄にアレキサンダーと表示されていた。
「…………………なぁ、これ」
「おめでとう」
「なにが⁉ 変更できないし⁉」
アレキサンダーという表示が消えてくれない。
「おい、これどうするんだよ」
「え? もうそのままなんじゃない?」
「は?」
「だって、一回しか選べないでしょ。確か」
「なんだと」
呆然としていると一瞬表示が掠れ、
「あ、消える⁉」
少し喜んだ天宮城だったが、
【名前】 アレキサンダー・ロードライト
と表示されたのを見て、机を思いっきり殴り付けた。
「なんて恥ずかしい名前なんだ…………」
「なにが恥ずかしいの?」
「俺の世界に、ずっと昔の王様がアレクサンドロス大王ってのが居てだな………」
「別にいいじゃん」
「いや、うん………もういいや」
ガッツリ厨二ネームになってしまったのをもう仕方ないと割りきる天宮城。
「でもアレキサンダーって長いよね」
「誰が決めたんだよ」
「愛称アレクにしよっか」
「唐突だな」
何故アインがアレキサンダーという名前にしたのか、この時の天宮城は知る由もなかった。
天宮城が厨二ネームに悶えていると地面が大きく揺れた。
「キャッ⁉」
「地震っ⁉」
食べ物や机を全て消して、体を低くする天宮城。
「ちょっと、食べてたのに⁉」
「今そこ気にするべきじゃないだろ。っていうか太るぞ」
「う、煩い!」
周囲に物がないのが幸いした。被害はほぼ無い。
「一体、何が―――っ⁉」
「アレク⁉」
グッと胸を掴んでその場に倒れ込む天宮城にアインが駆け寄る。
「大丈夫⁉」
「う…………ぐぁ……くっ」
苦しそうに呻く天宮城は薄目を開けて、完全に声に変換しきれていない息を喉から絞り出す。
「こ、はく………様子を……たの、む」
『判った。なんとか耐えろ』
バサッと翼を広げ、空に落ちていくような速さで急上昇し、何処かに消える琥珀。
それを見ていたアインは天宮城の胸ぐらを掴んで服を思いっきり破った。
脱がせようと思ったのだが洋服の脱ぎかたが理解できなかったらしい。
「これは………死のエンブレム……?」
「な、にを………?」
「ちょっと待って。回復できるか試してみる」
天宮城の胸の石を見て少し固まっていたアインが天宮城の言葉で我に返り、光の巫女として持っている力を存分に発揮するため、あるものを呼び出す。
「来て、フィリア!」
一瞬、辺りが閃光に包まれる。視界が戻った頃にはアインの腕に一本の黄金に光を放つ錫杖が握られていた。
アインの専属武器、フィリアである。
専属武器というのは、人各々が持っている魔力や魂を武器に変えるものだ。
これはある場所で儀式を行うことで魔力さえあれば誰でも武器と契約を結ぶことができる。
ただこの武器、具現化する本人の魔力、魂の質は勿論、趣味嗜好や癖にあった物が選ばれる。
なのでかなりノーコンな人が弓と契約してしまったり、魔法使いなのに剣が出てきたりすることもあり、かなり賭けの要素が強い。
出てくる武器の比率としては、剣が50%、槍等の長物が20%、杖等の魔法補助系の物が10%、弓や投擲具が5%、鎚等の打撃武器が4%、ごく稀に盾など上記に含まれない物が1%の確率ででてくる。
じゃあ皆とりあえず武器を契約すればいいじゃないかと思うかもしれないが、世の中そんな甘くはない。
一度武器を登録すると他の武器が扱えなくなるのだ。正確に言うと、他の武器を使おうとした瞬間、勝手に武器が手元に召喚されるのである。
面倒なことこの上ない。
自分の狙っている武器が来ればそれでもいいのかもしれないが大抵の確率で外れるので契約を結ぶ人は早々いないのだ。
そう考えるとアインの錫杖はかなり運が良かったといえる。
「治癒!」
そう叫ぶと錫杖の先から淡いオレンジ色の光が出て、天宮城の体を包む。若干天宮城の顔色がよくなり、呼吸も安定し出した。
「よかった、これで…………っ⁉ なんでっ⁉」
だが、それも一瞬だった。光を吸い込むように黒い靄のようなものが天宮城に纏わりついていく。
天宮城が先程よりも激しく呻きだした。
「そんな、どうすれば………」
フィリアを掲げ、もう一度魔法を掛けなおすが全く効果がない。
「あ、いん………」
ゼェゼェと呼吸を繰り返し、ポタポタと汗を滴らせる天宮城は震える手でアインの錫杖を掴む。
「アレクッ、大丈夫⁉ 今、回復魔法を…………!」
「いや………いい………多分、無駄だ………」
「教えて! どうなってるの⁉」
「俺の………体、が………危険な、状態………なん、だ………と思う………」
「体⁉」
「………頼みが、ある………」
目を見張って懇願するような視線を向ける。
「私………どうすればいい?」
「ここに………居てくれ………。恐い、んだよ………」
ガクッと力尽きたように倒れる天宮城をそっと支え、
「うん。………ここに居てあげる」
その手をそっと握って天宮城の頭を膝に乗せた。
「…………龍神、リュウイチ様」