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67ー3 でーと?

 柏木が先頭を歩き、その後ろを二人がついていく。


 到着したのは若干古風な甘味処だった。


「どうよ」


 こそっとリュウイチにドヤ顔を見せる。


「……まぁ、悪くはないと思う」


 少なくとも予想の数十倍はいいセンスだろう。今時の若者のセンスであるかは、微妙なところだが。


「へぇー、こんな場所あったんだ」


 小林はこういう場所が嫌いではないらしく、少し楽しげに外観を眺めている。


 木造の古い建物で、涼やかな風鈴の音色がどこからか聞こえてくる。


 外から見える限りでは、店内は騒がしい雰囲気ではない。


 引き戸を開けて中に入ると平家造りの店内は客が疎らに座っていて、見た所若い客はあまりいない様子だった。小林含め学生と言われてもおかしくない年齢の三人(柏木は学生)は若干浮いている気がする。


 案内された部屋は個室の座敷だった。あまり目立ちたくないので丁度いい。


 柏木に勧められるままあんみつを頼み、緑茶を飲みながら届くのを待つ。


 すると再び急に緊張してきたのか柏木が静かになった。


「「「………」」」


 暫し無言の時間が流れる。


「あー……晋也はなんでここを?」

「え? ぁあ、その、みゆりんがあんみつとたくあんが好きだって前のライブで言ってた、から」


 どうやら頑張って調べていたらしい。それにしても小林の好みが意外と渋かった。


「やっぱり私のために調べてくれたんだ。……ありがとう、柏木くん」


 ふわりと笑みを浮かべる小林に、柏木が頬を赤くして下を向く。


 なんだか居心地が悪い、とお茶を口に含むリュウイチ。もうだいぶ慣れているみたいだし、放っておいてもいいかと考え始めた。


 迷惑をかけるわけにもいかないので一応ついてきたが、若干後悔し始めている。


 昔から空気になることは苦手ではない。むしろ特殊な体質なので空気に溶け込む術を身につけている。本気で影を薄くすると、どこにいるかわからなくなるから止めてくれとすら言われたことがあるくらいだ。


 ちょっと個人的にもきつくなってきたのでスッと気配を消す。この気配を消す方法は、子供の頃叔父に虐待を受けていた時に身につけたのだ。


 うまいこと気配を消してどこか隠れれば、稀に虐待から逃れることができたのである。


 その次の日、前日分含めるくらい殴られるのであまり使わなかったが、母親がくる予定日の前日はなるべく痣を増やさぬように気配を消して岩陰に隠れたりした。


「………」


 机の端に体を寄せて極限まで気配を消す。


 段々と小林ですらリュウイチの存在を気にしなくなってきた様子で、二人で楽しく会話を始めた。もうあんみつ食べたら先に帰ろう、と決心したリュウイチの鞄が謎の音楽を大音量で流し始めた。


「「「!?」」」


 慌てて鞄の中を探ると、謎の音楽の発生源であるスマートフォンが着信を大袈裟に告げている。


 そこに表示されている名前を見て大きくため息をついた。着信の音量を下げるのも忘れない。


「すみません。ちょっと失礼します」

「別にここで出てもいいよ?」

「いえ、お邪魔するのも悪いので」


 二人に一旦部屋を出ることを伝えてから外に出てスマートフォンを耳に当てる。


「……急に何」

『いや、休みに悪いんだけど東海地方の支部の登録者ファイルが見つかんなくって』

「自分で探せ」


 容赦無く通話終了ボタンを押す。


 静かになったところで戻ろうかと踵を返した瞬間に再び電話がかかってきた。


 イラっとしたリュウイチだが、これを放っておいたら本当に電話を取るまでかけ続けてくるので仕方なく通話ボタンを押す。


『頼むよ龍一。お前しか覚えてないんだから』

「知るか。覚えないのが悪い」

『いやいや、どこの棚に何があるかを完璧に覚えきるなんてお前以外には不可能だから。頼むよぉ』

「気合でなんとかしろ。全部探しゃどっかにはある」

『ひどっ! 何時間かかるのそれ⁉︎』

「さぁな。運が良ければすぐ見つかるだろ」


 電話を切りたくて仕方がないリュウイチは根性論でなんとかしろと冷たく言い放つ。


『頼むから! この通り!』

「電話越しに頭下げられても見えん。っていうか……ホントいい度胸してるよね? 昨日の今日でまた個人情報のデータベース消したな?」

『……テヘッ♪』


 リュウイチは電話を切った。ついでに電源も切った。


 イラつきが収まらないまま店に戻る。


 座布団に座り直すと、イライラを感じ取ったのか恐る恐る小林が声をかけてきた。


「えっと、誰だったの?」

「……いえ、仕事の話です。お気になさらず」


 珍しく明らかにキレている。しかもそれを引きずっている様子のリュウイチに、どうしたらいいのかと二人が視線を交わす。なんだかんだ仲良くなっている。


 すると、今度は小林の携帯が着信を告げる。


「あ、いいかな?」

「どうぞ」


 別に聞かれることに抵抗がないのか、その場で電話に出る小林。


 二言三言話した後、困惑した表情で耳から携帯を離し、なぜかスピーカーモードにして机に置いた。


『おい龍一! 電源切るなよ!』


 スピーカーから聞こえてきた声は、先ほどまで会話していた相手だ。リュウイチの表情が引き攣る。


「……秋兄。なんで小林さんの携帯からかけてきてんの? バカなの? いや、バカなのは当然か。そんなに他人に迷惑かけたいの? バカなの?」


 もうかなり頭にきているのだろう。言葉がおかしくなってきている。


 しかもナチュラルにバカと罵っている。


『お前本当最近酷いな⁉︎』

「いやもうそろそろ俺マジでキレるよ? 自業自得な行いの結果なんだから巻き込むんじゃねーよ。俺の休み何日潰れたと思ってんの? しかもそれを? 消した? 本当にキレるよ俺。なんならもうキレてるよ?」


 リュウイチがここまでプッツンしているのには理由がある。


 以前から能力の判定は天宮城一人で行っていた。能力の波長を見るという特殊な目を使い、能力の強さや種類分けをしていたからだ。


 だが、ここ最近のあれこれで視力が下がったリュウイチは能力の波長を見ることができなくなってしまった(頑張れば見えないこともないが)ために協会全体で管理をすることになったのだ。


 今までリュウイチ一人に負担がかかっていたので、ちょうどいい頃合いだったというのもある。


 リュウイチは今まで書き溜めた能力者の個人情報を全てデータ化し、自分以外の人にもわかりやすく纏めてファイリングした。だが、やはり流出したらまずいので閲覧できるのは極一部の者だけである。


 紙に残し、その上で個人所有のパソコンやらからアクセスできるデジタル化した資料を作った。


 紙として残したのは、もし停電などでデータが飛んだ場合の非常用の意味も兼ねている。パソコンが苦手な人も居るので、その人にも配慮した結果だ。


 これを作るのに相当な時間を費やした。体がありえないほど丈夫とはいえ、精神的な疲労はかなり溜まる。もうやりたくない、と思ったリュウイチだったのだが。


 先日、出来上がったばかりのデータを藤井が誤って消してしまった。


 軽く絶望したリュウイチだったが、そこは持ち前の粘り強さでなんとかもう一度作り直した。


 流出が怖いので、毎回手作業で作るしかない。しかもネットはあまり信用できないのでバックアップも簡単なものしか取らない。生年月日などは最悪いいとしても、能力のあれこれが出回れば迫害を受けかねない人も居る。そのためあまり詳細なものは残せないのだ。


 やっと完成したそれを、絶対消すなよ、と昨日念押しした。


 念押ししたのだが。


 どうやらまた消されたらしい。しかもまた藤井である。キレるのも無理はなかった。


 一度目は許してやろうという気分にもなったが、正直二度目は許せない。もうこいつアクセスできないようにしてやろうかとも思うが、組織のトップが知っていないとマズイ情報もあるのだ。


 やるなと言ったことをしっかり実践するあたり、幼稚園児並みである。いや、賢い幼稚園児はやらないだろうから幼稚園児以下である。それかどこかのお笑い芸人。


『ホントにごめんて。マジで』

「……誠意が全く感じられない。あれ誰が作ると思ってんの?」

『いやだからホント悪かったから、今日の資料探し手伝ってください……。急ぎの案件なんです……』

「……飯三日抜きは確定な」

『嘘だろ⁉︎』


 悲鳴にも似た声が聞こえた瞬間、リュウイチはブツリと電話を切った。


「「「………」」」


 数秒、無言の時間が流れる。


「すみません。先に帰ってもいいですか?」

「う、うん……」

「なんていうか……御愁傷様……」


 別に誰も死んでないが、柏木の表現は合っていると言えなくもないだろう。藤井に言ってやる言葉として。

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